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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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first kiss③

 リュートが目の前から消えた直後。すぐに淡い光が出現し、ラヴィアンは目を大きく見張っていた。

「リュート様……っ」

 〝還る〟地点は跳んだ時と同じため、リュートが戻るまで悶々と待つというような時間がないとは聞いていた。

 だが、少なくとも半日以上を過去で過ごしているはずのリュートが一瞬にして戻ってくるという状況は、理屈を理解してはいても順応をすることは難しかった。

 ――『戻ったか』

 キラキラと輝く光が人の形を成し、光の中からリュートの姿が浮かび上がる。

 安堵を感じるシャロルの呟きが聞こえ、ラヴィアンは祈るような瞳でまだはっきりとしないリュートの輪郭を見つめた。

「ラヴィアンさん」

 靄の中に反響するような声が聞こえ、リュートがにこりと微笑んだ気配がした。

 白い光が上から溶けるようにして消えていき、存在が希薄だったリュートが姿を現した。

「無事、戻りました」

「リュート様!」

 正常な姿へ戻った世界に、ラヴィアンからは歓喜の声が上がる。

 ラヴィアンにしてみればほんの一瞬の出来事だったにもかかわらず、思わず緊張の糸が緩んで涙が溢れそうになってしまうのはなぜなのだろう。

「いや、違うな?」

 リュートは首を捻ってなにかを考えるかのように独り言ち、あらためてふわりとした柔らかな笑顔を向けてくる。

「幼いラヴィアンさんのおかげで無事に戻ることができました」

 幼いラヴィアンのおかげ(・・・)で無事だった、とは。

「それ、って……」

「はい。過去は変えられないみたいですね」

 思いあたることがありすぎておそるおそるリュートを窺ったラヴィアンへ、リュートからは苦笑が返ってくる。

「大丈夫……、ですか?」

「大丈夫かどうかは、ラヴィアンさんもご存知でしょう?」

 含みのある言い方でにこりと笑われて、ラヴィアンは少しだけ動揺する。

 十年前のあの日。突然自分の目の前に現れた不審な青年の怪我を治したことは間違いない。治癒の術はきちんと発動し、傷は綺麗に消えていたはずだ。

 ただ、幼いラヴィアンの感覚と現実の間に乖離がないとは限らない。

「覚えたてだったので。少し、自信がなくて」

 思えば、治癒魔術を使えるようになったことが嬉しくて、つい実践してみたくなってしまったようなところがあったのかもしれない。

 目の前の不審者に対する恐怖心よりも好奇心が勝った。純朴な子供だからこそできた行いだったようにも思う。

「完璧です」

 怪我を治すことができても、破けた衣服を元に戻すことはできない。マントを後ろへ払い、裂けた布地の下から白い肌が覗く腕を、調子を確認するかのように上下に動かしてみせるリュートの姿に、ラヴィアンは少しだけ複雑な思いを抱きながら微笑んでみせる。

「お役に立てたならよかったです」

 リュートが怪我を負ってしまうことも、それを幼いラヴィアンが治すことになることも、最初からわかっていた過去(ミライ)だった。

 どうにか避けられないものかとも思ったが、結局過去は変えられないというのなら、幼いラヴィアンが怪我をした不審者を自らの魔術の実験台にするという無邪気さを持っていてよかったとは思う。

 ――過去は、変えられない。

 そう思った瞬間、なにか引っかかるものを感じ、ラヴィアンは「ん?」と神妙な顔つきになった。

「どうかしましたか?」

 ささやかな機微を敏感に察するリュートが疑問の目を向けてきて、ラヴィアンは首を小さく横に振る。

「あ。いえ。過去が変わったかどうか、本当のところはわからないかなぁ、と」

 十年前のあの日の出来事について、リュートに話していないことが一つだけある。

 だが、それを口にできない以上、過去が変わっているのかどうかを確認する術はない。

 もし、あの過去も変わっていないのだとしたら、リュートがいったいなにを考えてあんなことをしたのだろうと、思考が迷宮入りしてしまう。

 過去が変わっていないのなら、ほんの数分前、リュートは幼いラヴィアンの唇を奪ってきたということになってしまう。そう考えると胸の奥がもやもやとして、精神衛生上よくない気がした。

「どういう意味です?」

「いえ、なんでもないですっ」

 不思議そうに目を丸くするリュートへ、これ以上思考のどつぼにはまってしまわないよう、余計な考えを追い出すべく頭をふるふる左右に振る。

「あぁ」

 だが、なにかを思い出したように上がったリュートの無邪気な明るい声に、ラヴィアンはぎくりと肩を強張らせる。

「そういえば、これでラヴィアンさんとはじめて会った時の反応に合点がいきました」

 はじめて、というのは、ラヴィアンが怪盗のリュートを袋小路まで追い駆けた時のことだろうか。

「な、なんのことでしょう?」

 にこにこと一人勝手に納得しているリュートの姿を前にして、ラヴィアンはなんとか話を逸らそうと、視線を不自然に宙へ彷徨わせながら惚けてみせる。

「いえ。ラヴィアンさんにとってはアレがはじめてではないんですよね」

 アレ、とはどちらの話だろうか。

 アレが初めての出逢いではないと訂正したいのか、それとも……。

「残念ながら、という言い方が相応しいとは思えませんが、ラヴィアンさんが考えている過去も変わっていないですね」

「……え、と……」

 背中に、たらり、と汗が伝い降りていくような感覚がした。

 邪気のないリュートの笑顔が怖い。

「僕は、〝はじめて〟だと思ったのですが、ラヴィアンさんにとってはそうではなかったんですよね」

 やはり、どちらのことを言っているのだろう。

 通常に考えて、「出逢い」についての見解だとは思うのだけれども。

「でも」

 リュートの瞳がラヴィアンを真っ直ぐ見つめてくる。

「っ」

 圧を感じ、リュートから思わず距離を取りたくなってしまう。

 なんとなく、これ以上この話を続けてはいけない気がした。

 けれど。

「貴女のファーストキスは、しっかり奪わせていただきましたから」

「な……?」

 にっこりと悪びれもなく暴露された行いに、ラヴィアンは一瞬言葉を失い、愕然とリュートを見上げた。

 もちろんラヴィアンは、幼いあの日の衝撃的な出来事を鮮明に覚えている。

 それでも、たとえリュートが天下の遊び人だとしても、幼いラヴィアンにそんなことをする意味があるとは思えないから、その過去だけは変わっているのではないかと期待していた。

 ――『追いかけてきて? 掴まえてよ』

 この十年、忘れることのなかった光景が頭の奥に甦る。

 もし、単純にその言葉だけを残されたのだとしたら、ラヴィアンはいつか()を掴まえようと今と同じ人生を歩んだだろうか。

 あの出来事があったからこそ、今の未来がある。

 そう考えると、過去を変えることはできないし、変えてはならないのだとも思った。

「僕は〝怪盗〟ですよ? 盗むのが仕事です」

 くすり、と楽しそうな笑みを零し、リュートは親指だけを立てた拳を軽く握り、指先で己の胸元を指し示す。

「それが、心だとしても」

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