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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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39/40

first kiss②

 負った怪我は大事には至らないものの、割いた布地で軽く止血をし、リュートはくすりと笑みを零す。

「ラヴィアンさんが治してくれるんでしたっけ」

 突然自分の目の前に現れた不審者を怖がることなく、怪我を心配し、治してしまったのだと言っていたことを思い出す。

「昔からお人よしだったんですね」

 ラヴィアンにはなんの利もないどころか、あるものは危険だけだというにもかかわらず、リュートの求めに応じて協力してくれた。

 元々正義感が強いというのもあるだろうが、根本的に優しいのだろう。

 シャロルから、聖女の力は慈悲の心が源だと聞いた記憶があるのだが、まさにその通りだろうと思えた。

 ラヴィアンだからこそ開花した能力だ。

「幼いラヴィアンさんも、きっと可愛らしいのでしょうね」

 今はここにいないラヴィアンに向かって柔らかな微笑みを浮かべたリュートは、すぐに真剣な顔つきになると全神経を研ぎ澄ます。

「行きますか」

 最短経路、最短時間で王家の墓を脱出し、幼いラヴィアンのいるローズ家へ。

 軽い動作で地を蹴って、リュートは地上に向かって駆け出した。

 そうしてなにごともなく王家の墓を後にすると、ローズ家へ続く(そら)を優雅な足取りで翔けていく。

 すっかり日は沈み、雲の見えない夜空には無数の星が煌めいていた。その中でも最も美しく輝いているのは、奇しくもラヴィアンと初めて会ったあの日と同じ、そして数刻前に十年後の世界でリュートが見てきたばかりの満月だった。

「お邪魔します、ね」

 ローズ家の屋根の上で怪盗装束である黒いマントを揺らし、リュートはあらかじめラヴィアンから聞いていた部屋を一直線に目指して空を跳んだ。

 魔術を駆使して誰にも気づかれることなくローズ家の邸内に侵入を果たし、幼いラヴィアンの部屋の前までなんの苦労もすることなくあっさりと辿り着く。

 タイミングよく、廊下には誰もいなかった。

 思わずノックをしそうになった手を引っ込めて苦笑を零し、リュートは音も気配もなく扉を開けると室内へと足を踏み入れる。

 その直後。

「……だぁれ?」

 お行儀よく机の上に絵本を広げて座っていた少女――幼いラヴィアンだ――が振り向いて、可愛らしい疑問の声が上がった。

 就寝時間が迫っているためか、女の子らしいオレンジ色のドレス風の寝間着姿のラヴィアンを見て、不謹慎にも「かわいい」と感想が浮かんだ。

 その一方で、突然現れた黒ずくめの不審者を怖がる様子もなく、無邪気にぱちぱちと不思議そうに瞳を瞬かせる幼いラヴィアンを前にして、どう答えていいのかわからず無言になる。

 これでは警戒を抱かせるだけだと小さな焦りに襲われる中、幼いラヴィアンの瞳が驚いたようにリュートの腕を凝視した。

「けがを、しているの……?」

 おそるおそる窺われ、リュートは視線を下へ落とす。

 簡易的だがきちんと止血はしたはずだ……、と己の腕を見つめ、マントの下に隠れていて一瞬気がつかなかったものの、そこから血の赤い筋が流れ落ちているのが目に入って動揺する。

 幼い女の子にとって、血は恐ろしいものでしかないだろう。怖がらせてしまう、と狼狽えたのも束の間のこと。少しばかりの警戒を覗かせつつも、椅子から降りたラヴィアンがリュートに向かって近づいてくる。

「い、痛い……?」

 怖々と尋ねられ、少しでも安心させるように首を小さく横に振る。

 怪我を意識してしまったことにより、正直に言えば痛みを思い出してしまったが、そこは大人の対応で強がることしかできなかった。

 リュートが痛みを否定したことによって安心したのか、ラヴィアンはおずおずとリュートの腕に手を伸ばしてくる。

「こっち」

 手を取られ、ラヴィアンに促されるまま、素直に可愛らしいソファに腰を下ろす。

 改めてリュートの怪我を確認したラヴィアンはふるりと身体を震わせて、一瞬恐怖の色を見せながらも、リュートの腕に手を翳して目を閉じた。

 ぶつぶつと聞こえる呟きは、治癒魔術の呪文だろうか。

「痛いの痛いの、とんでいけー!」

 ぱっ、と目を開けたラヴィアンの子供らしすぎる魔法のかけ声に、思わず吹き出しそうになる。

 だが、そこをなんとか堪えてされるがままになっていると、ラヴィアンの掌が淡く発光し、傷口が優しいぬくもりに包まれていくのを感じた。

 魔術の中でも高難易度の部類に入る治癒魔術。

 ラヴィアンのこの年で使えるというのは驚くべきことだが、事前情報があったため、感情を表に出すことなく心の中だけで感嘆する。

 ラヴィアンの掌から溢れる白い光が触れた場所の怪我は少しずつ塞がっていき、ずきずきとした痛みも引いていく。

 そうして何十秒かの時間が流れた後には、リュートの怪我は綺麗に癒え、思わず完治した腕をまじまじと見つめて上下に動かしてしまう。

 完全回復だった。

「ありがとう」

 これ以上怖がらせることのないよう、にこりと優しい笑顔を向ければ、幼いラヴィアンの顔は嬉しそうに、ぱぁ、と華やいだ。

「どういたま(・・・)して……!」

 いいことをしたのだと信じてやまない純真さが眩しく、その子供らしさをとても愛おしく思った。

 大人になったラヴィアンのことも可愛らしい女性だと思っているが、目の前の可愛らしい少女がそのまま成長した姿だということを強く実感した。

「もう、行かないと」

 これだけの短い時間で離れ難く思ってしまい、リュートは苦笑混じりの微笑みを浮かべる。

 幼いラヴィアンの姿はそのまま十年後のラヴィアンの姿に重なって、一刻も早く戻って安心させなければと思った。

「行っちゃうの?」

 ことり、と首を傾けるラヴィアンの瞳が少しだけ寂しげに見えるのは気のせいだ。

「待っている人がいるんだ」

 ――十年後の、貴女が。

 幼いラヴィアンの顔を真っ直ぐ見つめ、心の中で声をかける。

 だから、寂しくない。

 また、会えるから。

 待っていて。必ず、会いに行く。

「そっか」

 仄かな笑顔で納得してくれた幼いラヴィアンに、それでも少しばかり後ろ髪引かれる気持ちになりつつ、別れを告げる。

「じゃ、ね」

「うん」

 ラヴィアンは素直に頷き、胸の前で「バイバイ」と小さく手を振ってくれる。

 ――十年後に再び出逢う時、貴女はこの日のことを覚えていてくれるだろうか。

 ラヴィアンの口からこの日の詳細な記憶を聞いているにもかかわらず、ふとそんな不安が胸に湧いた。

 ――忘れないで。必ず覚えていて。

 そのためには、どうしたらいいだろう。

 そう思った瞬間勝手に身体が動き、ラヴィアンの唇に自分のそれを近づけていた。

「……?」

 そっと唇が触れ合って、柔らかなぬくもりを感じた。

 自分の身になにが起こったのかわかっていないラヴィアンは不思議そうな顔をして、それでも幼いながらになにか思うものがあったのか、その数秒後、小さなラヴィアンの大きな目は見開いた。

「これで貴女は僕のことを忘れられない」

 一瞬前までラヴィアンの唇に触れていた唇で言葉を紡ぎ、口元には自然とくすりという嬉しそうな笑みが浮かんだ。

「追いかけてきて? 掴まえてよ」

 これは、ラヴィアンを自分に囚えるための魔法の言葉。

 ――忘れないで。覚えていて。ずっと自分を探し続けていて。

 ――いつか、必ず目の前に現れてみせるから。

 その瞬間、自分の身体が白い光に包まれていくのを感じ、この時代から自分の存在が消えていくのを理解した。

 ――貴方の唇を奪った不埒な男を、追いかけてきて。

「また、ね」

 最後に告げた言葉は、もうきっと届いていない。

 それでも願う。また会えることを。

 ――『リュート様』

 自分のことを呼ぶ声が聞こえる。

 ほら、また会えるから。

 ――帰らないと。

 すぐに戻ると約束したから。

 自分には、帰る場所が。待っている人がいるから。

 光が弾け、その瞬間、リュートは時空の渦の中へ吸い込まれるのを感じていた。

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