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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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満月のキスが起こす奇跡

 シャロルがこの日を選んだのは、偶然なのか、故意なのか。

 満月には、魔力を増幅させる力があるという。

 ――『いいか? 元の時間に戻るためには、その時代のこやつに接触する必要がある』

 ソファに腰かけたラヴィアンの膝の上に乗り、真剣な声色で最終確認をするシャロルへ、リュートからは苦笑が洩れた。

「一度聞けば充分だから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」

 過去へ飛んだ後はなにをして、どのようにして今の時間へ戻ってくるのか、一連の流れはすでにシャロルから説明を受けている。

 きちんと頭に叩き込んであると告げ、リュートは真面目な顔になる。

「王家の墓からローズ家までの最短経路も確認済だ」

 秘宝を手にした後は、すぐにその足で幼いラヴィアンに接触し、元の時間軸へ。

 時空を歪める魔術が世界にどのような影響を及ぼすかわからない以上、過去に留まる時間は必要最低限にするべきだというシャロルの忠告はもっともで、何度か実際のシミュレーションも行っている。

「その日、ラヴィアンさんは自室にいた、ということでお間違いないですか?」

「はい。間違いありません」

 深く頷いて、ラヴィアンははっきりと断言する。あの日の出来事を忘れたことなどない。たしかにあの日、ラヴィアンは一人で自室にいた。

「ですので、真っ直ぐ向かっていただければ家人に会うこともありません」

 リュートが幼いラヴィアンを探す時間を省くため、ローズ家の間取りも教えてある。

 魔術で直接ラヴィアンの部屋へ行けば、そこには一人で絵本を読んでいる幼いラヴィアンがいるだろう。

「王家の墓の中のこともすでに履修済だし、心配無用だ」

 王家の墓の入口から宝物庫までの道順についても、トラップ含め、すべて把握していると語るリュートの言葉を耳にして、ラヴィアンの脳裏に腕に伝う鮮血の映像が浮かび上がった。

 ――『い、痛い……?』

 怪我を心配し、青年の手を取った時のぬくもりを思い出す。

 ――『にゃらば残る問題は、時間遡行魔術が成功するか(いにゃ)か、じゃな』

 最重要事項を口にされてドキリとするが、それはそれとして心配事は他にもある。

 以前にも話したような記憶があるのだが、果たしてリュートはその時のラヴィアンの話を覚えているだろうか。

 そして、もしこれを忠告すれば過去を変えることにも繋がってしまうのではないかと思うのだが、それは許される行為なのだろうか。

「あ、あの……! リュート様っ」

「なんですか?」

 少しだけ悩んだ末に心配のほうが上回り、意を決して声を上げたラヴィアンへ、きょとんとしたリュートの顔が向けられる。

「これっ、話していいのかどうかわからないんですけどっ」

「? はい」

 もしかしたら、警告を聞いた上でのあの怪我だったのかもしれないという考えも過ぎる。なにも知らなければ、もっと大きな怪我をしていたかもしれない可能性もあるだろう。

 気をつけていたからこそあの程度の怪我で済んだ。これはこれでありえないと言えなくもない。

「くれぐれも、気を付けてください……!」

「はい。それはもちろんです」

 こちらは本気でリュートの身の安全を願っているというのに、柔らかな声色で「心配くださりありがとうございます」と微笑まれ、つい身を乗り出してしまう。

「そうじゃなくて……!」

 緊張している様子を感じさせないリュートは、未知の魔術を使って未知の行いに挑むことへの不安はないのだろうか。

「前に言ったじゃないですか! 十年前にわたしが謎の侵入者に会った時っ。その人は怪我をしていたんです!」

「え……」

 そこで思い出したのか、見張った目を丸くしたリュートへと、ラヴィアンは震えそうな声を上げる。

「だから……っ」

「わかりました。情報をありがとうございます」

「っ」

 言葉半ばでラヴィアンを安心させるかのように笑われて、思わず息が詰まってしまう。

「幼いラヴィアンさんを驚かせないように、気を引き締めていきますね」

 なぜ、リュートはここまで強くいられるのだろう。

 不安を抱いていないはずはないのに、こんな時でさえラヴィアンの気持ちに寄り添ってくれるリュートに、自分のほうがしっかりしなければと唇を噛み締める。

「お願い、します」

 なぜか、泣きそうになる。

 きちんと成功することを、十年前から知っているというのに。

「それでは、はじめましょうか」

 にこりとラヴィアンへ笑いかけながら、リュートの神経がぴりりと張り詰めていくのを感じた。

「……はい」

 まずは、ラヴィアンが奇跡を起こしてみせなければなにも始まらない。

 シャロルから時間遡行魔術の構成方法や呪符などは一通り叩き込まれてはいるものの、自然界の概念に働きかける術にかんしては、元々感覚的なものが大きく、(まじな)いなどは願掛けのようなもので、最終的には自分の感性に従うしかないという。

 窓から月光が差し込む中、リュートと向かい合って立ったラヴィアンは、リュートの両手を取って目を瞑る。

 精神統一のためにも呪いを唱え、額へ意識を集中させる。

 ――『もっと全神経を集中させろ』

 シャロルの指示が、直接脳内へ響いた。

「……っ」

 呪いは、魔術を組み上げるためのただの補助。教えられた通りに魔術を構成するものの、ラヴィアンの感覚が「そうではない」と告げてくる。

 いったいなにが足りなくて、なにが悪いのか。

 森羅万象。ラヴィアンの脳内には樹木が風に吹かれて葉を靡かせ、その葉が空へ飛んでいく光景が浮かび上がる。雲が流れる青い空の向こうにはさらに別の世界があり、星が瞬く真っ黒な空間が広がった。

 遠くに太陽が輝くその場所はなんだろう。

 魔力の奔流が身体の中を駆け巡り、コントロールを失いそうになる。

「ラヴィアンさん」

 その時、静かな声に名前を呼ばれ、ラヴィアンの肩からふと力が抜けた。

 水面に葉が落ち、さざ波が広がって。水を潜った先には海があり、水中植物が揺れる中で魚を中心とした海の生き物が泳いでいる姿が見えた。

 山が噴火し、見たこともない動物が暴れ回り、雨が降り、風が吹き、嵐になり。

 この世のすべての現象や存在が怒涛の勢いで流れていく。

「……ぁ……」

 一瞬、だめかもしれない、という弱気な思いが湧いた。

 ラヴィアンの手に余る力に、心身共に呑まれてしまいそうになる。

 だが。

「……ん……?」

 ふと、唇に柔らかなぬくもりが触れてきて、リュートの魔力を強く感じた。

 直後。

「――!?」

 月の下で、ぶわり、と白い光が膨らんだ。

 それはリュートの身体を包み込み、全身をきらきらと輝かせる。

 ――『成功にゃ……!』

 遠くで、シャロルの歓喜の声が聞こえたような気がした。

「ラヴィアンさん」

 それと同時に、光の中でリュートが静かに微笑んだ。

「いってきますね」

「……あ……」

 リュートの姿は光の中へと溶けていき、存在が薄くなっていく。

 ほんの一瞬、このまま消えていなくなってしまったらどうしようかと不安になった。

「待ってます……!」

 咄嗟に声が上がる。

「今のわたしも、十年前のわたしも」

 リュートがちゃんと十年前に辿り着くことも、秘宝を手にすることも、元の場所に戻っていくことも知っている。

 十年前のあの日。幼いラヴィアンはちゃんとそれを見届けたから。

 それでも。

「はい」

 ラヴィアンを安心させるかのように頷くリュートの姿が見えたような気がするのは気のせいか。

 光が弾けると同時にリュートもラヴィアンの目の前から完全に姿を消し、あとには静寂が広がった。

「……いってらっしゃいませ」

 まだ唇に残るぬくもりを感じながら、もうここにはいないリュートを送り出す。

 早く戻って来てほしい、と願いながら。

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