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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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密夜③

 段々と声高になって詰め寄られ、ラヴィアンは逃げる場所のないリュートの腕の腕の中で若干身を引いた。

「……黙っていれば」

 そのあたりのことは、あまり深く考えていなかった。

 と、いうよりも、ラヴィアンは未だに自分にそんな大それた力が備わっているという自覚がなかった。

 実際に、今、大聖女どころか聖女の力を使おうとも不発に終わってしまうことは間違いない。他の人(リュート)の手を借りなければコントロールができない力など、あってないようなものだろう。

 ならば、最初からなかったものとして。奇跡的に発動した能力のことなど口を閉じてしまえばいい。

 と、本気でそう思ったのだけれど。

「貴女にそれができるとは思えません」

 きっぱりと断言され、黙っていられない子供ではないのだからと一瞬カチンとなって反論しようかと思った時。

「困っている人々を見捨てられないでしょう」

 頬へ優しく指を滑らせながら苦笑され、どういうことかと動揺する。

「神殿で大聖女の役割を果たせなどと言うつもりはありません。ただ、今までと同じ、というわけにはいかないでしょう」

 聖女や大聖女がどのような役割を持ち、どんな地位にあるのか、存在が失われてしまった今、ラヴィアンには具体的な内容まではよくわからない。せいぜい史学や魔術の成り立ちを学んだ際に、神殿で祈りを捧げ、神に仕えていたと聞いたくらいだ。

 そして、〝誰か〟を救う力を持ちながら、それを隠してその〝誰か〟を見捨てるようなことはできないだろうと告げられて、ラヴィアンはそこではじめて事の重大さを理解したような気がした。

 もう、今までのように一介の魔術師として過ごしていくことは難しい。なによりも、周りがそうはさせてくれないに違いない。

「……殿下から求婚されるかもしれません」

 眉間に皺を寄せて洩らしたリュートの苦渋の呟きに、ラヴィアンは一瞬呆気に取られて目を丸くする。

「……はい!?」

 それから素っ頓狂な声を上げたラヴィアンへ、リュートは真剣な瞳を向けてくる。

「貴女にはそれだけの価値があります」

 子爵家のラヴィアンは王族に嫁ぐ身分はないが、大聖女ともなれば覆るらしい。

 とはいえ、物のような扱いに、ラヴィアンは半眼になってリュートの顔を見上げた。

「価値って……。申し訳ありませんけど、お断りです」

 元より結婚願望はないものの、愛してもいない――そして愛されてもいない相手と生涯をともにしたいなどと思えるはずがない。

 たしかに大聖女は偉大な存在なのかもしれないが、物のように勝手にラヴィアンの価値を決めてほしくない。

「将来の王妃ですよ?」

「興味ないですね」

 女性としての最高地位だと驚かれても、そこに魅力を感じていないのだから仕方がない。

 世の女性のほとんどがそういった地位を望んでいることは理解しているものの、ラヴィアンは地位にも名誉にも興味がない。

「元々結婚できると思っていないですけど、もし結婚するとしたら、その時はちゃんと自分のことを愛してくれる人と添い遂げたいですから」

 愛し、愛される人。今までも、これから先も、そんな人は現れないと思うけれど。

「リュート様はどうなんですか?」

 実は正当な王家の血を継ぐリュートは、その血を絶やすわけにはいかないだろうと問いかければ、にこりとした笑顔が返ってくる。

「そうですね。子供はほしいと思っています」

「ですよね」

 純粋な願い事に、ラヴィアンは納得の頷きを返す。

 家の存続は、なにも王家や特別な使命を持つリュートに限らず、誰もが願っていることだ。

 子供を望むことは,身分が高くなればなるほど強くなる傾向にあって当然のことだった。

「そうではなくて」

 リュートにも当然家を存続させる義務があるだろうと理解を示したラヴィアンへ、リュートは「誤解してますよね?」と慌てて訂正の声をかけてくる。

 誤解もなにも、ラヴィアンは世の常識を肯定しただけだというのに、なにをそんなに慌てることがあるのだろう。

「なにがですか?」

「家とか血とか関係なく、僕は普通に子供がほしいんです」

 ラヴィアンが不思議そうに瞳を瞬かせているとさらりと告げられ、思ってもいなかった返しに動揺する。

 遊び人であるリュートにとって、子供のいる未来像は想像できないものだと思っていたのだが、それはラヴィアンの勝手な思い込みだったらしい。

「そしたら、これからは真面目にお相手を見つけないと、ですね」

 すぐに衝撃から回復したラヴィアンは、少しばかりからかいの混じったアドバイスを口にする。

 来るもの拒まず去る者追わずの恋愛観を持ったリュートには、少しばかりハードルが高いだろうか。

「そう、ですね」

 リュートの笑顔が少しだけぎこちないように感じるのは、ラヴィアンの気のせいだろうか。

「まぁ、リュート様でしたらすぐに見つかるから大丈夫ですよ」

 お世辞ではなく心から慰めの声をかけたところで、ふいに眠気に誘われた。

 今にも零れそうになる欠伸を呑み込みながら、ラヴィアンはリュートへ微笑んで見せる。

「リュート様に想いを寄せられて靡かない女性はそうそういないと思います」

 それは、ラヴィアンの正直な感想だ。

 容姿に身分に性格にと、すべて上級レベルであるリュートを前にして心動かされない貴族令嬢はいないだろう。

「そんなことは」

 半分以上は恐縮し、残りの部分は女性たちの自分への評価を自覚しているのであろう苦笑いを浮かべ、リュートは意味深な瞳でラヴィアンを見つめてくる。

「……ラヴィアンさんも、ですか?」

 もう、限界だった。

 大きな睡魔に襲われて、思考回路が停止する。

「え?」

 ぼんやりする瞳と頭でなんとかリュートの顔を見上げたが、これ以上眠気には逆らえない。

「ラヴィアンさん?」

 自分の名を呼ぶリュートの声をどこか遠くで聞きながら、瞼が重く下がっていく。

「……」

「……」

 そうしてしばしの沈黙が流れた後、ラヴィアンが無防備にすーすーと立てる寝息だけが空気を震わせた。

「信用していただけるのは嬉しいんですけど、さすがにここまで無警戒だと……」

 リュートが困ったように呟く声が、なにを言っているのかわからない。

「本当におもしろい人ですね」

 身体に響く、リュートの声が心地いい。

「襲われても知りませんよ?」

「……」

 なにも知らない。なにもわからない。

 ラヴィアンはもう夢の中だ。

「……おやすみなさい」

 ほどよくついた筋肉の感触も肌を通して伝わってくるぬくもりも気持ちがいい。

 なんだか幸せな気分を感じながら、ラヴィアンはリュートの腕の中に包まれて、心地いい眠りについていた。

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