密夜②
予想外の展開に驚いて、思わずリュートの胸元を突っぱねれば、リュートの身体は簡単にラヴィアンから遠ざかった。
「これ以上はなにもしませんから。そこは信用してください」
「……っ」
だが、上から顔を覗き込むようにして長い髪を撫でられて息を呑む。
元よりそういった心配はしていないが、改めて口に出されると変なふうに意識してしまいそうになるからやめてほしい。
「なんでしたらシャロルを呼びますか?」
ラヴィアンが湯浴みに行っている間に部屋から出て行ってしまったらしいシャロルは、リュートが呼べばすぐに来てくれるらしい。
たしかに、人間ではないとはいえ、人間と変わらない――むしろそれ以上の知能を持つシャロルの目の前でソウイウコトができるはずもない。
間違いなく抑止力にはなるだろうけれど。
「い、いえっ。信用はしてます、けど!」
そもそも、女性には困っていないだろうリュートがわざわざラヴィアンに手を出す理由がない。
顔も身体つきも平凡なラヴィアンに、女性としての魅力があるとも思えない。
そう考えると少し凹みそうになるものの、事実なのだから受け入れるよりほかはない。
よって、リュートと三晩を同じベッドで過ごしたからと、身の危険など感じてはいない。
「……それはそれでちょっと複雑な気持ちになるんですけど……」
「へ?」
ラヴィアンの気持ちを聞き、言葉通りなんとも言えない複雑な表情をして独り言を零したリュートに、ラヴィアンは瞳を瞬かせる。
「なんでもありません」
すぐに気持ちを切り替えたリュートはにこりと笑い、謝罪とともに苦笑する。
「申し訳ありませんが、この三日間が勝負なので」
「わかっています」
だからこそ、夜はもちろんのこと、日中もなるべくリュートの傍にいることを承諾したのだ。
すべては、時間遡行術を成功させるため。この国の、世界の平和を守るため。
「なるべく一緒に過ごさせてください」
「はい」
頬を優しく撫でながら告げられて、元よりそのつもりだと頷けば、リュートは複雑な微笑みを浮かべてそのままラヴィアンの隣に横になる。
「眠くなったら寝てしまってかまいませんから、このままお喋りしましょう」
「……え、と……?」
自然すぎるほど自然に己の胸の中へとラヴィアンを引き込んできたリュートの行動に、ラヴィアンの頭の中には疑問符が回る。
これではまるで、恋人同士の甘々ピロートークのようだ。
「なんですか?」
「これは、普通、です?」
ラヴィアンの中の魔力に刺激を与えるためにはリュートとの接触が不可欠とはいえ、果たしてこれは必要な行為なのか。
リュートの腕の中で困惑気味に視線だけを上に上げれば、リュートからはきょとん、とした反応が返ってくる。
「? 普通だと思いますけど……」
その瞬間、ラヴィアンの頭の中には「遊び人」という文字が浮かんだ。
「ソウデスカ……」
リュートとラヴィアンは恋人同士などではない。
たとえ接触行為が必要とされているとしても、これが〝普通〟という認識だとしたならば、これまでのリュートの女性遍歴はどのようなものになっているのだろう。
「シャロルからも濃厚接触を命じられていますし」
それはもちろん理解している。だからといってこれが「正しい」のかと疑問が浮かぶ一方で、ほんの少しだけズキリと胸が痛んだ気がした。
わかっている。リュートがラヴィアンにこんなにふうに接してくるのは、シャロルにそうしろと言われたからだ。
ラヴィアンの魔力を安定させ、時間遡行術を使えるようにするため。秘宝を手に入れ、魔王に挑み、人々を守るためだ。
リュート自身が望んでやっていることではない。
「あ、でも、どうしても耐えられないくらい不快でしたら言ってくださいね?」
くすり、と笑いながらどことなく愛おしそうな瞳で見つめられて動揺する。
勘違いしてはダメだ。リュートのこれらの言動は、過去の恋人たちにしてきたことをそのまま再現しているだけに違いない。
「それはさすがに……」
そういう言い方は狡いと思う。断れないようにさせる手練手管は、さすが人たらしだと感心する。
このままでは妙な感情に振り回れることになってしまいそうで、ラヴィアンは気持ちを切り替えようと慌てて別の話題を探す。
これからのことで、リュートと話しておきたいことはたくさんある。まずはなにから話そうと考えて、ラヴィアンは純真な質問をリュートへ投げかける。
「全部終わったら、リュート様はどうされるんですか?」
秘宝を集め、魔王に挑むことばかりに気を取られていて、「その後」にまで気が回っていなかった。
つい魔王との闘いに勝利することが終着点だと考えがちだが、むしろそこからが「はじまり」だと言っても間違いはないだろう。
「どう、とは?」
案の定、不思議そうな目を向けてくるリュートに、ラヴィアンは真っ直ぐ問いかける。
「ブライス伯爵家の次男というのは嘘なんですよね? ご実家に戻られるんですか?」
リュートは元々ブライス伯爵家の人間ではなく、国王や魔王に近づくために亡くなった次男に成り代わったのだと話していた。
つまり、リュート自身の居場所は別のところにあるわけで、すべてが終わった後には元の生活に戻ると考えるのが普通だろう。
「そうですね……。さすがに殿下方を騙し続けるのは心が痛みますから、その時には正直にすべてを話すつもりではいます」
リュートは申し訳なさそうな微笑を零し、やむにやまれぬ事情があったとはいえ己の責任の取り方について口にする。
周囲を騙していることに罪悪感がないわけではない。その時が来たらブライス伯爵家の人々にかけた洗脳もきちんと解くつもりだと言って、リュートはさりげない動きでラヴィアンの髪を撫でてくる。
「その後のことは、陛下や殿下次第、というところでしょうか」
今現在、国王は魔王の傀儡状態にあり、王太子も記憶の一部を封印されている状態だ。
正気に返り、リュートの本当の姿と行いを知った時、どんな判断を下すのか。
「元々は人格的にも優れた方々ですから。わかってくださると思っています」
「そう、ですか」
ラヴィアンは国王のことを直接は知らないが、王宮内で耳にする噂話を聞く限り、人格者だということだから、自国を救うために最善を尽くしたリュートを罰するようなことはしないだろう。
それは、王太子も同じこと。むしろ、真実を知ったなら、リュート一人にすべてを負わせて申し訳なかったと頭を下げるのではないだろうか。
そう考えると少しだけほっとして、ラヴィアンは心の中で安堵の吐息を洩らす。
どんな理由があろうと詐称罪は詐称罪だと罪に問われてはたまらない。願わくば、リュートがそのまま王太子の側近で在り続けてくれればいいと思う。
「ラヴィアンさんこそどうされるおつもりですか?」
頭に優しく触れてくるリュートの指先がくすぐったい。
真面目な顔でラヴィアンを見つめてくるリュートの質問に、ラヴィアンはきょとん、と横に首を傾ける。
「わたし、ですか?」
秘宝を手に入れ、魔王の野望を阻止したその時には。
「とくになにも変わらないと思いますけど」
ただ元の生活に――警備団の一魔術師に戻るだけだと告げたラヴィアンに、なぜかリュートはがっくり肩を落として悩まし気な声を洩らす。
「あー……、そうですよね。そうなりますよね」
なにやら頭を抱えて「わかってない……」などとぶつぶつ呟いているリュートの反応はよくわからない。
たしかにラヴィアンが魔術師となることを志し、警備団に身を置くことを望んでいたのは、十年前のあの日に逢った不審者を捕まえるためだけれど。
元々結婚願望も薄いラヴィアンにしてみれば、願いが叶ったからと警備団を引退し、普通の貴族令嬢として結婚相手を探したいとは思えなかった。
「なにか?」
だから、困り事はなにもないのだと、なにか問題でもあるのかと眉を顰めたラヴィアンに、途端リュートからは焦った声が上がる。
「ラヴィアンさんは、大聖女の力を発現させたんですよ? もはや聖女も失われた存在だというのに、その遥か上を行く奇跡の女性ですよ!? それがどういうことかわかってます!?」




