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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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密夜①

「だからといって、なぜこういうことになるのでしょう……?」

 ドキリと跳ねた心音を誤魔化すように、ラヴィアンは釈然としない疑問符をリュートへ向けていた。

 シャワーを浴びて出てきたリュートの髪はしっとりと濡れていて、シャツを羽織っただけの身体から滲み出る色気はラヴィアンがこれまでお目にかかったことのないもので、とても心臓にいいとは思えない。

 ドキドキと脈打つ心臓を落ち着かせるようにこっそりと細い呼吸をつきながら、ラヴィアンは逃げ出したくなっていた。

「その件につきましては、本当に申し訳ありません」

 だが、真摯に頭を下げてくるリュートを前にして、すぐに思考は切り替わる。

「あ、いえ、それは仕方のないことだと理解していますし、わたしの魔力が安定しないことに問題があるわけですし」

 できる限りリュートの魔力に触れているようにというシャロルの指導により、これから三日間の夜をリュートと過ごさなければならなくなってしまったことは、もはや仕方のないことだとはわかっている。

 過去の秘宝を手に入れるために。時間遡行術を成功させるためにそれが一番の近道だというのなら、逆らうつもりは微塵もない。

 ただ、どうしたって多少の抵抗感が拭えないことは許してほしい。ラヴィアンは今まで異性の誰一人ともお付き合いをしたことのない純真無垢な乙女なのだから。

「ラヴィアンさんのせいではありません。そもそも貴女を巻き込んでしまったのは僕たちの方ですし」

 ギシリ……、と小さなスプリング音を響かせて、ベッドの端に腰かけていたラヴィアンの隣にリュートが座ってきてドキドキする。

 意識するつもりがなくとも、ふわりと薫る石鹸の匂いに心拍数が上がってしまう。

 けれどそれに気づかなかったふりをして、ラヴィアンはリュートへ柔らかな笑みを向けてみせる。

「リュート様が申し訳なく思う必要はないですよ。協力したいと思ったから協力しているだけです」

「ラヴィアンさん……」

 口にした言葉は心からのもので、わずかに目を見張って感嘆の吐息を零すリュートには、もう少し肩の力を抜いてもいいのではと思った。

 たった一人でこの国の運命を背負わされて。ほんの少しだけでもその荷物を肩代わりできたらと思うのは普通のことだろう。

「ありがとうございます」

 にこりと微笑むリュートの身体から、少しだけ力が抜けたような気がするのはラヴィアンの願望だろうか。

「本当に、ラヴィアンさんは不思議な人ですね」

「え?」

 なぜか穏やかな瞳で苦笑したリュートの手がラヴィアンの頬に伸びてきて、ラヴィアンの意思に反して勝手に顔が熱を帯びた。

「……ぁ……」

「嫌ですか?」

 至近距離からラヴィアンの意思を確認するように瞳を覗き込まれて動揺する。

「……あ、いえ。嫌とかいう問題では」

 リュートと触れ合う距離でいなければならないことも、よって、同じベッドで眠らざるを得なくなったことも、さらには口唇接触の必要性も理解している。

 ダメだとか嫌だとか、それ以前の問題だ。

 けれど、リュートは。

「そうではなくて」

 困ったように眉を下げ、ラヴィアンの頬をそっと指で撫でながら真面目な双眸を向けてくる。

「純粋に、僕に触れられるのが嫌じゃないかどうかを聞いているんです」

「?」

 よく、意味がわからない。

 きょとん、と無防備な反応を返すラヴィアンに、リュートはわずかに目を見張ってから苦笑する。

「魔力を安定させるためとか、そういう事情を抜きにして、嫌じゃないですか?」

「え、と……?」

 そんなことを考えたことはなかった。

 やむにやまれない事情があって、どうしても必要な行為だと思ったから受け入れてきただけのことだ。

 嫌だとか嫌じゃないなどというラヴィアンの感情など関係ないと言おうとして、真剣すぎるリュートの瞳を前に押し黙る。

「嫌、ですか?」

 再度静かに確認され、ラヴィアンの瞳は迷いを見せて揺らめいた。

 リュートとの触れ合いが嫌ではないか。口唇接触――キスが、嫌ではないか。

 しばらく真剣に考えて、ラヴィアンが出した答えは。

「……嫌……」

 酷くゆっくり言葉を紡いだラヴィアンに、リュートの顔が少しだけ傷ついたように歪んだ直後。

「ではない、です」

 悩んだ末に導き出された最終結論に、リュートは身体の動きを止めて沈黙した。

「……本当に?」

「はい」

 ややあって向けられた疑いの眼差しに、ラヴィアンはこくりと首を縦に振る。

 嫌か嫌ではないかの二択なら、嫌、ということはない。

「そもそも、リュート様を嫌いな女性なんて滅多にいないんじゃないですか?」

 これだけ整った容姿をしていれば、少なくとも生理的に受け付けない、などという女性はいないのではないだろうか。

「え」

 率直に客観的な意見を述べただけにもかかわらず、リュートは驚いたように目を丸くして、困惑気味に苦笑する。

「そう言ってくださるのは嬉しいですが、それはさすがに買い被りすぎです」

「そうですか? あながち間違ってもいないと思いますけど」

 顔良し、身分良し、性格も……たぶん良し。これだけの条件が揃っている男性を嫌う女性がいるはずもない。

 コトリと首を捻って純粋な見解を口にするラヴィアンに、なぜか困ったように眉を寄せ、リュートはおかしそうに微笑する。

「本当におもしろい人ですね」

「普通です」

 これは決してラヴィアンの偏った意見ではなく、極々一般的な女性の総意だろう。

 好みか好みではないか、相性がいいか悪いかはあるとしても、不快に思うことはないに違いない。

「そんなふうに思うのは、今までリュート様の周りにいた女性たちが変わっている方々だったからじゃないんですか?」

 ふと純粋に抱いた意見を口にすれば、リュートは(むせ)たように軽く吹き出した。

「違う意味でどっちもどっちかもしれないです」

 どうやら耐え切れなくなったらしいリュートが声を上げて笑い出し、ラヴィアンはむっとなる。

「失礼な」

 ラヴィアンは〝普通〟だ。

 どちらが変かと言われれば、これまで「来るもの拒まず去る者追わず」な恋愛をしてきたリュートのほうが一般からは外れているに決まっている。

「ラヴィアンさん」

 そこでにこり、と微笑まれ、ラヴィアンはぴくりと小さく肩を震わせる。

「ぁ……」

 さらりとラヴィアンの顎を掬ったリュートの綺麗な顔が近づいてきて、覚悟を決めて目を閉じた。

「ん……」

 唇へ柔らかな感触が広がって、身体の中心からたとえようのない力が全身へ駆け巡っていくのを感じ、堪え切れない小さな吐息が零れ出た。

「ん、ん……」

 口づけの角度を変えながらリュートの手がラヴィアンの身体を支えるように背中へ周り、そのままゆっくりと背後のベッドへ押し倒される。

「ちょ……、リュート様!?」

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