過去と現在の錯綜②
くすり、と笑った言葉の意味は。
「……つまり、そういうこと……?」
困惑からまだ抜けられぬまま、それでも少しずつ晴れていく思考に、ラヴィアンはぽつりとした呟きを洩らす。
まさか、そんなことがありえるなど。
「ラヴィアン?」
――『にゃんだ』
不思議そうなリュートの瞳と、訝し気なシャロルの瞳がラヴィアンへ向けられる。
「じゃあ、わたしがあの時会ったのは……」
ラヴィアンは視線を上げ、すぐ傍にいるリュートの顔をじっと見つめた。
「え?」
今、ラヴィアンの目の前にいるリュートと、ラヴィアンの記憶の中にある、十年前の青年の姿が綺麗に重なった。
それは、そのはずだ。
「わかりません?」
ぱちぱちと目を瞬かせるリュートへ、ラヴィアンは瞳に悪戯っぽい光を浮かべながら苦笑する。
「十年前に王家の墓から秘宝を盗み出した犯人は、十年後の未来から来たリュート様だった、ってことです」
「!」
――『!?』
驚愕に目を見開くリュートとシャロルの反応を前にして、本当に気づいていなかったのだろうかとおかしくなる。
「……そういうこと、か……」
「はい。これですべて合点がいきました」
愕然とした納得を洩らすリュートに、ラヴィアンはやっと胸の靄が晴れたと苦笑いしながら頷いた。
「だから、わたしの前に現れた……」
十年前の不審者が秘宝を盗んだ犯人だとして、なぜラヴィアンの前に現れたのかと思っていたが、あの青年の正体がリュートだというのならば納得がいく。
あれは、偶然などではなく、リュートが自らラヴィアンの元を訪れたのだ。
「それで、具体的にわたしはどうしたらいいんですか?」
思考がすっきりしたところでラヴィアンは身体ごとシャロルのほうへ向き直り、指示を仰ぐ。
ここまでの情報を組み上げれば、時間遡行魔術で過去へ飛んだリュートが、王家の墓から秘宝を盗み出すことに成功しているという推測が成り立った。
だが、現状、ラヴィアンの魔力は不安定で、そんな大それた魔術を使いこなせるとは思えない。
時間遡行魔術を確実に発動させるために、ラヴィアンはどんな努力をすればいいのだろうか。
――『まずは、早急に力を安定させる必要がある』
ずっと言われ続けていることに、それはわかっていると悔しさを抱きながら、ラヴィアンはきゅっと唇を引き締める。
「どうやって……」
魔力を安定させるための努力は日々している。それを「早急に」するためには、さらにどんなことをしろというのだろう。
――『とにかくリュートの魔力に触れろ』
そうすることによってまだまだ未熟なラヴィアンの魔力が触発され、安定に向かうだろうと、これまでと同じ説明を受け、ラヴィアンは動揺する。
ようするにシャロルは、今より接触密度を濃くしろと言っているのだ。
「シャロルじゃダメなんですか?」
リュートが有能であることはたしかだろうが、そういう意味では、永くを生きるシャロルのほうが導き人としては相応しい気がする。
だが。
――『儂とそなたたちとでは魔力の種類がちょいと違うからにゃ』
魔術は神々が使う魔法を模倣することによって生まれた、という起源が定説だ。つまりは、魔法を真似た〝偽物〟であって、神々が使う魔法とは似て非なるもの。
よって、神獣であるシャロルが使う力と人間のラヴィアンが使う力も異なるものということになり、相互作用が働かないとの説明を受け、ラヴィアンは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「ソウナンデスネ……」
とにかく、リュートと、できる限り、濃密に、魔力の触れ合い、を。
――『時間遡行の魔術を発動させるためには、今のお主では絶対的に魔力量が足りていにゃい。リュートのサポートが必要不可欠じゃ』
平素の魔力量ではとても時間遡行魔術を使えないと断言され、わかってはいても少し凹む。
だが、落ち込んでいる暇はない。今は本当に、一分一秒の時間も惜しい状態だ。
もはや手段を選んではいられない。この国の平和のためにも、早急に魔力を安定させなければ。
――『現状、お主一人で時間遡行を成功させることは不可能と言っていい。早く魔力交流に慣れろ』
「え……」
リュートのサポートなしに時間遡行魔術は使えないと断言され、ラヴィアンは言葉を失った。
そもそも、〝奇跡の結晶〟と言われるほどの大聖女の力をラヴィアンが使えるはずもない。それを無理矢理発動させるというのなら、それなりの対価が必要となって当たり前だ。
――ラヴィアンでは足りない魔力量を、リュートから補充する。
リュートの魔力を取り込んで、自分のもののように扱わなくては。
――『常に魔術発動のイメージを膨らませろ』
シャロルからの厳しい指導に、ラヴィアンはこっそりと深い吐息をつく。
頭では理解していても、心が――気持ちが追いつかない。
だが、無情の声はさらに続いた。
――『とにかくもう時間がにゃい。決行は三日後だ』
「は?」
突然定時されたタイムリミットに、ラヴィアンだけでなくリュートの瞳も丸くなって見開いた。
それまでにリュートと二人で時間遡行魔術を使えるようにしておけなど、無茶無謀ぶりにもほどがある。
――『いいにゃ?』
有無を言わせないぴりぴりとした重い空気が伝わってきて、ラヴィアンは小さく息を詰める。
こうなったら自棄にもなる。そのためならばもうなんでもしてみせよう状態だ。
「はい」
こくりと殊更ゆっくり重く頷いて、ラヴィアンは改めて気を引き締めるのだった。




