お手をどうぞ③
俯いた少女をまじまじと見つめたラヴィアンの耳に、低く声色の変わった少女の呟きが飛び込んでくる。
「本当に、お優しくて」
「――!?」
その直後、ラヴィアンの背中に回った少女の腕に勢いよく身体を押され、ラヴィアンの足はよろめいて、そのまま部屋の中へと一歩二歩と踏み込んでしまう。
「な……?」
なんとか転ぶ手前で踏ん張り、後ろへ振り返ったラヴィアンの瞳には、すでに閉められた扉が映り込む。
それから間髪を入れずにガチャンッ、と鍵のかかる音がして、すぐに部屋に閉じ込められたことを理解した。
通常ではありえないが、どうやらこの部屋は外から鍵がかかる仕様のようで、ドアノブや扉回りを探しても、開錠できるようなものは見つからない。
「ちょ……」
なぜこんなことになっているのだと困惑するが、頭のどこかではわかっていた。
――おそらく、リュートに想いを寄せる誰かの嫌がらせだ。
「……」
扉を開けられないことを察してしばし唖然としたものの、ラヴィアンはすぐに回復する。
外から鍵をかけられて、扉から廊下へ出ることは叶わない。だからとて。
「しょせんはお嬢様育ち、ってところかしら……」
盛大な溜め息を吐き出して、ラヴィアンは大きめな出窓から差し込む月の光を頼りにそちらに向かって歩いて行く。
普通のご令嬢相手ならばいざ知らず、ラヴィアン相手にこんなことをしても無駄だとわからなくとも、それは仕方のないことだろう。
魔術学校では開錠術をはじめとした犯罪行為に繋がりそうな魔術を教えることは禁止されているため、さすがのラヴィアンも魔術を使って扉を開けることはできなかった。
だが。
「よいしょ、っと」
窓の鍵を開錠すると、ラヴィアンは窓ガラスを開け放つ。
部屋にある大きめな窓は、ラヴィアンがくぐり抜けるくらいは容易にできるサイズだった。
無風ではあるものの、夜の空気が部屋の中へ流れ込み、ラヴィアンの肌に優しく触れてくる。
星の瞬く夜空には、三日月が美しく輝いていて。
窓枠へ足をかけ、外へ半分ほど身体を乗り出しかけた時だった。
ガチャリ……ッ!
「!?」
扉の鍵が開く音がして、ラヴィアンは背後へ振り返る。
ラヴィアンの視線の先で、扉はゆっくりと開かれて。
「……なにをしてるんですか」
そこから姿を現した人物は。
「リュート様」
リュートが驚いたように目を見張り、それから若干表情を引き攣らせたのも無理はない。
ドレスの裾を捲り上げ、窓枠に足をひっかけようとしている姿は、とても貴族令嬢がする格好とは思えない。
「閉じ込められてしまったので、脱出しようかと」
だが、ラヴィアンは窓枠に身体を乗り上げかけたまま、涼しい顔で己の行動の正統性を口にする。
「それで三階の高さから飛び降りようとする御令嬢は、世界広しといえどラヴィアンさんくらいでしょうね……」
「これくらいは慣れっこですし」
呆れているのか感心しているのかわからない呟きを洩らすリュートに、ラヴィアンはこんなことはたいしたことではないときょとんとなる。
リュートとだって、家の屋根を翔ける追いかけっこをしたというのに、今さらなにを言うのだろう。
「そういう問題では」
はぁ、と深い溜め息を洩らすリュートには、頭の中で疑問符が回るばかりだ。
「とりあえず下りてください」
「はい」
近づいて来たリュートに手を差し出され、その手を借りてバランスを取りつつ窓枠にかけようとしていた足を下ろす。
「貴女という人は本当に……」
「?」
頭痛でも覚えたかのように頭を抱えているリュートは、ラヴィアンの令嬢らしからぬ行動に呆れているのだろうか。
だとしても、そもそもラヴィアンに女性らしい振る舞いを期待することがお門違いというものだ。
「なんでもないです」
もう一度溜め息を零したリュートは顔を上げ、今度は苦笑いを向けてくる。
「ただ、目が離せない方だなと思っただけで」
それは、どういう意味だろうか。
危なっかしい、ということを言いたいのだとしたら、ラヴィアンはリュートに心配されるほど抜けてはいない。これでも実力派魔術士として頼られている存在だ。
「ラヴィアンさん」
そこでふいにラヴィアンの頬に伸びた手が顔を上向かせてきて、ラヴィアンはドキリと目元を赤らめる。
「……ぁ……」
リュートがなにをしようとしているのか、もう理解している。
理解はしているのだけれど。
「逃げたらダメですよ」
反射的に逃げそうになっていたラヴィアンは、リュートの強い言葉と視線に動揺する。
ラヴィアンだってわかっている。だが、わかっていても、数度経験していたとしても、そう簡単に受け入れることも慣れることもできないのだ。
「……ん……」
それでも拒否することはできず、ゆっくりと近づいて来たリュートの唇がラヴィアンのそれに重なった。
――『一日に一度か二度。定期的にリュートの魔力に触れることが一番だ』
せっかく開花した能力を失わせないため。魔力を安定させるため。
これも仕事のうちだと自分に言い聞かせ、ラヴィアンは目を閉じると自らもリュートの首の後ろに腕を回してリュートの唇を受け入れる。
シャロルの言葉は本当のようで、身体の中のなにかの流れが刺激されるような感覚がした。
「……ん、ぅ……」
角度を変えて繰り返される口づけに、小さな甘い吐息が洩れる。
一つになった二人の影は、月明りに照らされ、幻想的に輝いていた。




