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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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30/40

お手をどうぞ②

 最初のダンスはパートナーと、というのは常識だ。

「リードは任せてください」

 だから安心して身を委ねていいと優しい目を向けられて悔しくなる。

 元々ダンスで相手(パートナー)をリードするのは男性の役目だが、年下に任せるなどと、と思ってしまう。

 だが、実際にダンスがはじまると思った以上にリュートとは踊りやすく、ステップを踏む足が軽やかになった。

「お上手ですね」

 事前にそこまで得意ではないと申告していたためか、なんの問題もなく踊りこなしているラヴィアンを見つめ、リュートが楽しそうに笑いかけてくる。

「それは、リュート様が……」

 リュートのリードが完璧だからこそ、本来のレベル以上の力を発揮できている。

「ラヴィアンさんに素質があるからですよ」

 自分の力ではないというラヴィアンの主張はにこりと微笑んだリュートに制され、一曲目のダンスは終わりに向かっていく。

「ありがとうございます」

 なんだかくすぐったいけれど褒められること自体は嬉しくなり、ラヴィアンは素直な喜びを表してはにかんだ。

 ダンスを披露することは少しだけ憂鬱だったけれど、こうしてみると意外と悪くない気がした。

 むしろ、ちょっといいかもしれないと思ってしまう。

 具体的になにが、なのかはよくわからないけれど。

「ありがとうございました」

「リュート様の足を踏んでしまわないかとドキドキしていたので、きちんと踊れてよかったです」

 一曲目が終わり、紳士的な挨拶をしてくるリュートに、ラヴィアンはほっと胸を撫で下ろしながら柔らかな笑顔を向けた。

 ダンス慣れしたご令嬢たちには及ばないが、ラヴィアンとしては無事に踊り切れただけで合格点だ。

「お上手でしたよ」

 その言葉がお世辞だとはわかっていても、にこりと微笑まれて恥ずかしくなる。

 パートナーとしての最低限の役目はこれで果たされたはずで、リュートと最初のダンスを踊れただけで充分だった。

「リュート様は、このあと他の女性たちのお相手をなさいますよね?」

「え?」

 わざわざ周りを確認しなくとも、先ほどから感じる多くの視線でわかっている。

 ラヴィアンとのダンスを終えたなら、なんとかしてリュートに相手をしてもらえないかと、声をかける隙を窺っているご令嬢たちのなんと多いことか。

「わたしは離れた場所にいますから、ご自由になさってください」

「ちょ……っ、ラヴィアンさん!?」

 二曲目も続けて踊る夫婦や恋人同士もいるだろうが、ラヴィアンたちはそうではない。

 さすがにこれ以上リュートを独占するわけにはいかないと、さくさくその場を離れようとするラヴィアンにリュートの慌てた声がかけられたものの、さっそくその隙に割り込んできたご令嬢に声をかけられ、リュートはあっさり捉まってしまう。

「……ほんと、モテモテ」

 すぐに女性たちに囲まれ、「ぜひ私とも」と誘われているリュートを遠巻きに眺めながら、ラヴィアンはちょうど通りかかった給仕係から水の入ったグラスを受け取った。

 グラスを一口分だけ傾ければ、レモンの輪切りが浮く水は乾きかけた喉を潤してくれる。

 少しだけ体温の上がった身体に、水の冷たさが心地よく染み込んでいった。

「さて、と……」

 あとはもう壁の華にでもなってパーティーが終わるのを待つばかりだと歩き出したラヴィアンだが、ふいに悪意を感じ取り、辺りへ神経を巡らせる。

 すると、その直後。

「!」

 一人のご令嬢が擦れ違いざまにラヴィアンの足元へ己の足先を差し出してきて、ラヴィアンはまだ八分目まで水の入ったグラスを手に持ったまま、中身を零すこともなく華麗に障害物を避けてみせる。

「……な……?」

 相手の女性は目を見開き、つい洩れてしまったのだろう驚きの声が聞こえてきたが、ラヴィアンはむしろなにも気づいていないふうを装って、颯爽と歩みを続けた。

 この程度の悪戯に引っかかると思われているのかとおかしくなる。

 ラヴィアンは、警備団の中でも一目置かれるほどの実力の持ち主だ。これくらいの不意打ちを避けられないわけがないだろう。

(どう考えても、リュート様関係よね?)

 さっそく嫉妬の洗礼に遭ったと溜め息をつきたくなる。

 これくらいの嫌がらせは可愛いものだと流すべきか、きちんとお灸を据えたほうがいいのか、この手の駆け引きに疎いラヴィアンにはわからない。

 ただ、どちらにしても面倒くさかった。

 どうせ今回のダンスパーティーだけの付き合いだ。わざわざ事を荒立てることもないだろう。

 そう結論を出し、ホールの中央で華麗なステップを見せているリュートのダンスを見るともなしに眺めていると、人の輪の中から抜け出してラヴィアンのほうへやってくる一人の女性の姿が見えた。

 否、正しくはラヴィアンのほうではなく、壁際のラヴィアンの横にある空いたスペースに、だ。

「……は、ぁ……」

 壁に手をついて吐息を零すその姿は明らかに具合が悪そうで、さすがに見て見ぬふりをすることもできずにラヴィアンはそっとその少女の顔を窺った。

「大丈夫ですか?」

「すみません……。ちょっと、悪酔いをしてしまったみたいで……」

 口元を抑えてラヴィアンに答える少女の顔色は青白く、今にも場に崩れ落ちてしまいそうに見えた。

「吐きそうだったりしますか? 歩けます?」

「……ちょっと……、気持ち悪……」

 放っておけずについ声をかければ、少女からは口元を抑えたまま弱々しい声が返ってきて、ラヴィアンはどうしたものかときょろきょろ辺りを見回した。

「一度外に出ましょう」

 大勢の人がいるこんなところでは、人酔いをすることはあっても酔いが醒めることはないだろう。

 そう判断し、そっと少女の背中を押したラヴィアンに、少女は弱々しく顔を上げる。

「すみません。ありがとうございます」

 そうして会場から抜け出したはいいものの、このあとはどうしたらいいかわからず、とりあえず廊下へ出たところで足を止める。

 医者の元へ連れて行ったほうがいいのだろうか。

 だとしたならば、さすがにリュートに一声かけるべきだろう。

 廊下にはラヴィアンの顔見知りの警備兵たちもいて、伝言を頼めたりするだろうか。

「本当に、お手数をおかけして申し訳ありません」

「いえ、暇をしていたので大丈夫ですよ」

 恐縮して身を縮める少女へ、これ以上の不安を感じさせないよう、にっこりとした微笑みを返してみせる。

 とはいえ、手が空いていたことはたしかだが、ラヴィアンが病人の傍にいてもたいして役に立てるとは思えない。

「あ……。たしか、そちらは休憩室になっていたはずです」

 その時、ふいになにかを思い出したように会場に隣接する部屋を示した少女の言葉に、ラヴィアンはきょとんと瞳を瞬かせる。

「そうなんですか?」

 こういったパーティーに疎いラヴィアンには、会場を一時的に抜け出して休憩できる場所があるなどという知識がない。

 言われるがままにその部屋に向かい、扉を開けると、そこにはたしかにいくつかの椅子やテーブルが置かれている様子が窺えたものの、室内は薄暗く、誰かがいる気配はまったくしなかった。

「違うみたいですけど……」

 点灯すらされていないことを考えると、はじめからこの部屋は使われる予定がなかったということだ。

 だとしたならば、施錠されていないこの状況は、どう判断するべきなのだろう。

 ただ無警戒なだけなのか、ミスによるものなのか。後者だとしたら、警備担当の重大な過失にもなりえない。

「おかしいですね? 私の勘違いでしょうか」

「外の空気でも吸いに行きますか?」

 ことり、と首を傾げた少女に、ラヴィアンは新鮮な空気を吸えば少しは気分がよくなるだろうかと声をかける。

 見れば、随分と顔色はよくなっているように感じるから、そこまでの必要はないだろうか。

「……お優しいんですね」

「え?」

 ぽつり、と零した少女の口元が歪んだように見えるのは気のせいか。

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