怪盗の正体②
「悪いがあまり時間が取れなくてな」
二人の側近を後方に従え、ソファに腰かけた王太子が前に座る団長へ顔を向ける。
ファリスとリュートと同じように、ラヴィアンも副団長とともに団長の後方に控え、黙って二人の話を聞くことにする。
「それは重々承知しております」
多忙を極めている中で申し訳ないと団長が頭を下げれば、王太子はチラリとラヴィアンへ視線を投げてくる。
「人払いは必要ない……、か?」
団長と副団長とは、当然それ相応の付き合いがあるのだろう。とくに副団長に関しては、王太子と同じ年で、三人と旧知の仲だというような話を小耳に挟んだことがある。
つまりここで王太子が警戒している相手は、初顔合わせとなるラヴィアンだ。
「そうですね。彼女は信用に足る、とても優秀な部下です」
深く頷き、ラヴィアンをそう紹介してくれる団長に、信頼されていることへの感動を覚えるとともに、その期待に応えなければと身が引き締まる思いがした。
「はじめてお目にかかります。ラヴィアン・ローズと申します」
団長の目が挨拶を促してきて、ラヴィアンは深々と頭を下げると名を名乗る。
王太子は丁寧に礼を執ったラヴィアンを見定めるかのようにじっとした視線を送ったあと、納得がいったように団長のほうへ顔を戻す。
「わかった。では、このまま本題に入らせてもらおう」
どうやらラヴィアンは合格点をもらえたらしい。
ぴり……っ、とした空気が流れ、王太子が単刀直入ながらも慎重に口を開く。
「例の不届き者……、怪盗の件だが」
「はい」
団長が重々しく頷くのと同時に、ラヴィアンも緊張の息を呑む。
例の怪盗については、とにかく情報量が少なすぎるのだ。おそらくそれは出す情報が制限されているからだと思うのだが、捕縛に近づく情報を得られるのならば聞き逃すわけにはいかなかった。
「ヤツの次の狙いはわかっている」
そう告げた王太子の顔が苦渋に歪んでいるのはなぜなのだろう。
「本当ですか!?」
「……あぁ」
思わずといった様子で立ち上がらんばかりに前のめりになった団長の驚愕を、王太子は重々しく肯定する。
「父上――陛下の許可は下りている。だが、あまり話を広げられては困る」
「つまりは、少数精鋭で、ということですね」
「話が早くて助かる」
室内には、互いの部下が二人ずついるだけで他には誰もいないが、自然と密談モードになって声は潜められる。
「それで、ヤツは次にいったいどこに現れるというのでしょう」
「それは――……」
話はすぐに本題に入り、室内の空気はさらに緊張感を増す。
だが。
(……ん?)
二人の会話に集中するために、神経を研ぎ澄ませていたせいだろうか。
その時、ふいに流れた魔術の薫りを微かに感じ、ラヴィアンは頭の中の目を辺りへ巡らせる。
(どこから……)
おそらくは、通常であれば気づくことのない、本当に極わずかな魔術の流れ。慎重に発生源を辿っていったラヴィアンは、そこにいる人物に気づいて心の中で目を見開いた。
(……この人……)
果たして、そこにいたのは。
(……リュート様……)
水面がさざ波立つように広がっていく魔術の中心部にいたのは、王太子の後方に控えるリュートで、ラヴィアンの眉間には皺が寄る。
(剣士、よね?)
希少ではあるものの、魔術士であるラヴィアンが警備団に所属しているように、リュートが剣士であると同時に魔術士であることも否めない。
その場合、一般的には「剣士」ではなく「魔術剣士」と呼ばれるのだが、ラヴィアンが知るリュートに関する情報の中では、そんな肩書を聞いたことはない。もしかしたら、単純にラヴィアンの情報不足かもしれないが。
(魔剣?)
リュートの腰には、剣が下がっている。
この国の剣士はほとんどの者が魔剣の遣い手であるため、リュートではなく、リュートが所有する魔剣から魔力が流れ出てしまっているのかもしれない。
伝説級の魔剣の場合、稀に強すぎる魔力が収まり切らずに漏れ出てしまうことがあるという。
(にしても……)
魔剣から溢れる魔力としては、肌に感じる魔術の流れに違和感を覚え、ラヴィアンは額に意識を集中させると目を凝らす。
ラヴィアンの紫色の双眸に魔力が流れ込んでいき、魔術の波動が見えてくる。
だが、その瞬間。
(――!?)
パリン……ッ、と。脳内でガラスが割れるような音が響き、ラヴィアンが作り上げかけていた魔術の流れが霧散した。
(待って!? 弾かれた……!?)
綺麗に消えてしまった術式に驚いたのも束の間のこと。ラヴィアンは「いえ」と頭の中で否定の方向へと首を振る。
どうにも違和感を覚えるこの感覚は。
(無効化……?)
頭の中に浮かんだその推測に、まさか、と嫌な汗が背中に滲んだ。
魔術の無効化は、ラヴィアンでさえ習得できていない、高難度も高難度な術式だ。
そんなことが、あるはずがない。
(……何者?)
こっそりと。だが、神経だけはじっとリュートへ探るような目を向けるが、リュートがラヴィアンの視線に気づいている様子はない。
もしかしたら、気づいていて涼しい顔をしているのかもしれないが。
(……そんなはず……)
一瞬頭を掠めた嫌な予感に、ラヴィアンは潜めた息を呑む。
胸の中に湧いたざらりとした感覚は、王太子と団長の話を聞いている間中、消えることはなかった。




