お手をどうぞ①
頭上高い天井からは煌びやかなシャンデリアが垂れ下がり、生演奏の流れる広いホールでは、美しく着飾った老若男女がシャンパングラスを片手に笑顔で言葉を交わしていた。
「どうして……、参加側……?」
壁際にひっそりと配置された警備兵へ視線を投げ、赤薔薇を思わせるドレスに身を包んだラヴィアンは、なぜこんなことになっているのだろうと疑問を零す。
今日は、王太子の弟である第二王子の誕生日パーティーだった。王太子の側近であるリュートが招待されるのは理解できるが、なぜそのパートナーとしてラヴィアンまで同行することになっているのだろう。いつもであれば、ラヴィアンは会場周りの警備を担当するあちら側の人間だ。
「殿下たちがおもしろがって気を利かせてくれた結果、でしょうか?」
リュートもリュートで、本来であれば護衛騎士として王太子の傍に仕えていなければならないはずが、今日は会場全体に厳重な警備体制が取られているからとの理由で、特別にお役目御免となっているらしい。
ラヴィアンの隣で複雑な表情を浮かべて苦笑したリュートの説明に、ラヴィアンの口元は引き攣った。
「そんな、理由で」
つまりは、友人のために一肌脱いでお膳立てをしてくれた、ということだろうか。
「僕のほうが追いかけている立場だなんて、はじめてのケースですからね。完全に娯楽にされています」
余計なことを。と腹立たしくも感じるが、見方を変えればそれだけリュートが王太子たちと仲がいいということで、ここは前向きに捉えるべきだろうか。とはいっても、その結果なんだという話でもあるのだけれど。
「……のんきな……」
魔王の脅威に晒されているというのに、こんなに平和にパーティーに参加している場合だろうか。
魔王に対抗するための三つの秘宝のうち、失われた最後の一つは行方の手がかりさえ掴めていない状況だというのに。
魔王といえば、国王はすでに傀儡状態にあると聞いていたものの、パーティーの冒頭挨拶をした姿はしっかりしていて、とても操られているようには見えなかった。とはいえ、公務が忙しいとの理由ですぐに離席していまい、挨拶程度の短い時間では見極めが難しいこともたしかだ。
第二王子の誕生日パーティーは始終和やかな雰囲気で時間が流れていき、この国に危機が迫っているとは思えないほど平穏そのものだった。
こんなところで作り笑いを浮かべてパーティーに参加している場合ではないと焦りが募るものの、シャロルからとりあえず預からせてくれと言われている以上、ラヴィアンにできることはない。
だからといって、この役目も違うと思うのだが。
「……なんか……、思った以上にやっかみの視線が痛いんですけど……」
リュートとともに会場に入った時から感じていた悪意を口にして、ラヴィアンは恨めし気な目をリュートへ向ける。
四方八方から途切れることなく突き刺さる視線が非常に痛い。
貴族の正装に身を包んだリュートは普段の騎士服よりも清廉な光を纏っていて、眼福を通り越して傍にいることを遠慮したいほど輝いている。
もしかしたら、ラヴィアンが想像していた以上にリュートに本気で熱を上げている女性がいるのではないかと思うと、今すぐリュートの隣から逃げ出してしまいたくなった。
本来必要のない嫉妬心を向けられるなど、心から遠慮願いたい。
「そうですか?」
素知らぬ顔で辺りを見回してみせるリュートは、自分に向けられている数々の視線に気づいていてとぼけているに違いない。
予想していたこととはいえ、想定を上回るリュートの人気ぶりを認識し、なんとなく腹が立ってくる。
これではリュートが遊び人になってしまっても当然だ。
「行ってきていいですよ?」
ここまで何人の女性に声をかけられたか覚えていないが、リュートとの会話を望む女性たちの誘いを、リュートは「のちほど」と柔らかな笑顔であしらっていた。
その「のちほど」は、いったいいつのことなのか。
リュートがラヴィアンを〝口説いている〟という設定だとしても、ずっと傍にいる必要はないだろう。
と、いうよりも。
「行ってきてください」
隣に立つリュートを見上げ、ラヴィアンは「恨まれたくないので」と恨めしげな目を向ける。
ただでさえとんでもない設定に「早まった」と頭を抱えたくなっているというのに、リュートを独占しているとさらなる妬みを買いたくない。
「いえ、でも……」
「いいですから!」
もはや設定などどうでもいい。これまでずっと男社会に属していてそちらの世界には疎いのだが、恋愛事が絡んだ女性たちの陰湿さは、時折ラヴィアンの耳にさえ流れてきた。
逆恨みで巻き込まれるなどまっぴらごめんだと思うラヴィアンの気持ちは当然のことだろう。
「……わかりました」
不承不承、という様子で頷いたリュートは、あまり気が進んでいない足取りでラヴィアンから離れていく。
リュートがいなくなり、ほっと一安心、せいせいしたと思ったのだが。
「……」
美しく着飾った女性たちに囲まれて、柔らかな笑顔で言葉を交わしているリュートの姿を目にしたラヴィアンは沈黙した。
なんだか胸の奥がもやりとするのはなぜだろうか。
こんなことはわかっていたし、そのためにリュートを送り出したというのに。
(だめだめ! 考えない、考えない!)
もやもやとする原因を知りたくなくて、ラヴィアンは思考を霧散させるように首を振ると、考えることを放棄する。
自分は、他の女性たちとは違う。
結婚適齢期だからと相手を探すつもりもないし、一生色恋とは無縁でいいと思っている。
――『追いかけてきて? 掴まえてよ』
その時ふいに、十年前の声が頭の中に甦り、ラヴィアンはあの時の青年とそっくりなリュートをぼんやりと見つめた。
――十年前のあの日から、ラヴィアンはずっと彼に囚われ続けている……。
あの時の彼はいったい何者で、なんのためにラヴィアンの前に現れ、今、なにをしているのだろう。
リュートのことが気になるのは、あの時の青年にリュートが酷似しているからに違いない。
そう自分に言い聞かせ、シャンパングラスに半分ほど残っている飲み物を手持無沙汰に少しずつ減らしていく。
そうしてぼんやりと壁の華をし続けてどれくらいたっただろうか。
「ラヴィアンさん」
ふいに呼ばれた穏やかな声に、ラヴィアンはゆっくりと顔を上げると瞳を瞬かせる。
「え?」
いつのまに戻ってきたのだろうか。
そこにはいつもの無邪気な笑みを浮かべたリュートが立っていて、ラヴィアンは不思議そうに首を傾ける。
「もういいの?」
リュートと話したがっている女性たちはかなりの人数だろう。こんな短時間で捌き切れたのかと疑問符を浮かべるラヴィアンに、リュートはおかしそうに苦笑する。
「なにをぼんやりしているんですか。ダンスの時間ですよ」
「え……」
言われてみれば耳に届く生演奏はダンス仕様に曲調が変わっていて、あちらこちらでペアになった男女が手を取り合ってホール中央に向かっている。
パーティーの後半でダンスがあることは事前に承知していた。
同じ世代の貴族令嬢たちに比べてダンスのレッスン経験は遥かに少ないだろうが、元々運動神経のいいラヴィアンは、及第点レベルであれば問題なく踊ることができる。
「手を」
「……はい」
穏やかな微笑みとともに手を差し出され、一瞬だけ躊躇しつつもそっと掌を重ねた。




