秘宝を求めて⑥
数々の貴重品がまるで展示室のように飾られていた奉納庫は、墓荒らしが入ったとは思えないほど整えられた状態だった。
財宝目的の侵入者であれば、室内は荒らされていて然るべきだ。だが、そんな気配は一切なく、秘宝が盗み出されたという王太子の話は嘘ではないかと思ったのが。
――結果的に、秘宝はどこにも見つからなかった。
一点、奉納庫の一番奥に置かれていた錠付きの立派な箱が空の状態であったことから、もしかしたらその中に納められていたのかもしれないと推測された。
「……これからどうするんですか?」
王の墓を後にして、城へと戻る馬車の中。ラヴィアンは疲れた吐息で前に座るリュートを見つめた。
結果が芳しいものではないと、それだけで疲れが増すのは精神的なものが影響しているに違いない。
「秘宝を持ち去った人物を探すか、秘宝そのものを探すか……」
リュートの眉間には皺が寄り、苦しげな声が洩れる。
それはそうだろう。ほぼ情報がない中で、ゼロから探さなければならないのだから。
「どこかに売り払われているとしたら、闇ルートでしょうから……」
「絶望的ですね」
ラヴィアンは十年前のあの青年が犯人だと思っているのだが、だからといってその証拠もない。そして、リュートそっくりだったことを考えると身内の誰かだと思うのだが、それはリュートに否定されている。
もし、金銭目的の泥棒であればとうの昔に売り払われている可能性が高く、その場合は闇ルートに流れているだろうから、十年前の痕跡を追うなど不可能に近かった。
「……」
悔し気な表情で無言になったリュートに、どんな言葉をかけたらいいのかわからない。
ラヴィアンにしてみても、この国に危機が迫っているとなれば他人事ではいられない。
――『その件についてじゃが』
と。ふいに頭に響いた声に、リュートとラヴィアンの視線がちょこんとリュートの横に座る小さな影へ向いた。
「シャロル?」
耳ではなく、直接脳内に届く声にはまだ慣れそうにない。
瞳を瞬かせて疑問符を投げたラヴィアンに、聴覚的には猫の鳴き声を上げたシャロルの言葉が届く。
――『少しだけ儂に預けてくれにゃいか?』
「なにを……」
預ける、というのは、秘宝の在り処についてだろうか。
――『少々思うことがあってにゃ』
「なにか当てでも?」
困惑するラヴィアンの一方で、眉を顰めたリュートがシャロルの真意を探るような目を向ける。
だが。
――『とりあえず時間をくれ』
「……わかった」
今はまだ時期尚早だとばかりのシャロルの答えに、多少納得のいかない様子を見せつつ、それでもそれ以上の追及はできずにリュートは渋々身を引いた。
――『それより、娘』
「え……、は、はい」
シャロルの顔がラヴィアンを見上げ、なぜか姿勢を正しつつラヴィアンは返事をする。
娘、という呼びかけも口調も気になってたまらないが、考えてみれば、聖獣であるシャロルは太古の存在だ。猫という可愛らしい見かけに騙されてはならない。
――『お主の聖女としての魔力はまだ安定していにゃい』
もはや聖女という存在は失われ、聖女の定義がそもそもどんなものなのか、魔術学校時代に教わった覚えはない。
ただ、神に仕える聖なる女性で、絶大な能力を持った存在であったことは間違いない。
そして、その上を行く存在が大聖女だ。時間さえ操るとされる大聖女の存在は御伽噺や伝説のようなもので、本当に実在したのかさえ未だに議論されているほどだ。
だが、少なくとも、〝時間を戻す〟という魔術は存在し、ラヴィアンはその力を使って失いかけていたシャロルの命を甦らせた。
まさか自分が〝大聖女〟と呼ばれるほどの力を持つとは信じ難いが、たしかにその奇跡は起こったのだ。
とはいえシャロルに苦言を呈され、ラヴィアンは身構える。
「そ、そうなんですか」
安定もなにも、もはや身の内に感じたあの時の力の放流は治まってしまっているのだが、これを「安定状態」と呼ぶのではないのだろうか。
――『時間とともに安定するのか、それともこのまままた眠りについてしまうのか……』
「えぇ!?」
莫大な力の落ち着きは、「安定」などではなくむしろせっかくの力が「失われて」いるせいだと告げられて、思わず素っ頓狂な声が出た。
これから魔王と対峙しなければならない中で、強い力はあればあるほど助かるというのに、このまま消えるようなことになったら困ってしまう。
――『聖女の力を失いたくにゃいのにゃら、手段は一つだ』
「なんでしょう!?」
そのためならばなんでもする、と思わず身を乗り出したラヴィアンへ、シャロルの真面目な丸い目が向けられる。
――『外部からの刺激を強制的に受けることで、しばらく覚醒状態を維持させておくのが一番だ』
「つまりは……?」
そんな遠回しな説明をされても、だからなにをしたらいいのかわからない。
――『一日に一度か二度。定期的にリュートの力に触れることが一番だ』
「それって……?」
古き魔術に近い力を持つリュートの魔力に触れることは、たしかにラヴィアンの中の聖女の力を刺激することになるのかもしれない。
だが、そんな説明ではその方法はわからない。
真っ直ぐシャロルを窺うラヴィアンの脳内に、至極真面目で淡々としたシャロルの声が響く。
――『口唇接触が一番だ。』
「……へ?」
口唇接触とは。
つまりはどういうことかと、頭のどこかでは意味がわかっていても理解したくない気持ちがあり、ラヴィアンの背中には一筋の汗が伝わった。
今、自分はなにを言われたのだろう。
「え……?」
視界の端ではリュートも驚いたような顔をしているが、ラヴィアンの動揺はそれ以上だ。
シャロルは、ラヴィアンへ、一日に数度、リュートとキスをしろと言っている。
「えぇぇぇぇ!?」
思わず飛び出たラヴィアンの叫びに、シャロルとリュートが咄嗟に耳を塞ぐ動作をしたのが目に入ったものの、ラヴィアンの動揺が収まることはなかった。




