秘宝を求めて④
「リュート様……っっ!」
リュートから悲痛の叫びが上がる中、休む間もなく次の攻撃が放たれて、ラヴィアンは咄嗟に前に出ると防御壁を展開する。
「こっちに来たら……!」
「そんなことを言っている場合ですか!?」
こんな状況下になっても大人しくしていろと告げてくるリュートに、ラヴィアンの眉は引き上がる。
「とっとと倒さないと、手遅れになりますよ……!?」
「わかってる!」
足元で倒れたシャロルは、息をしているのかいないのか、ぴくりとも動かない。
怪我の程度を確認する余裕があるはずもなく、リュートとラヴィアンは背中合わせになって、宙に浮く二匹に対峙する。
どちらかといえば押されている実力差で、二匹に応戦しながらシャロルを助けるなど不可能だ。
ならば、さっさと倒してシャロルの治療に集中しなければ。
「だからって……!」
「攻撃はわたしがなんとか防いでみせます。ですのでリュート様は破壊に集中してください」
突破口の見えないこの状態でそう簡単にはいかないと焦燥に駆られているリュートに、ラヴィアンはできる限り落ち着いた態度でリュートの顔を見上げた。
シャロルより遥かに魔術力に劣るラヴィアンが、どこまで攻撃を凌げるかはわからない。それでも。
実際には一秒か二秒の時間なのだろうが、ラヴィアンの視線を受け止めたリュートはぐっと唇を引き締めて、その瞳はなにか言いたそうに揺らいだが、すぐに意志を固めて口を開く。
「わかりました」
宙に浮く二匹の生き物を睨み付け、リュートはラヴィアンが隣に立つことに同意する。
「少しだけ耐えてください。なんとかします」
「お願いします」
リュートの足元から怒りの感情が混じった魔術の波が立ち昇り、ラヴィアンは神妙な顔で頷いた。
実際に、ラヴィアンの防御魔術がどれだけ通用するのかわからない。もはや頼みの綱はリュートだけで、一刻の猶予もない状況だ。
「シャロルッ」
ぴくりとも動かないシャロルに視線を投げ、リュートの顔は苦し気に歪んだ。
「すぐに助けるから! 待ってて!」
ぶわり、と風が巻き上がり、リュートの髪や服の裾が靡いた。
竜巻と化した風は唸りを上げて二匹の生き物に向かっていき、錐となって襲いかかる。
(だ、め……!)
その瞬間、ラヴィアンの瞳は燃えるように熱くなった。
似たような攻撃はもう何度も繰り返されていて、今さら二匹の生き物を壊せるとは思えない。
なにか弱点はないものだろうか……、とじっと目を凝らしたラヴィアンの瞳の奥に、まるでここを狙えとばかりの赤い印が浮かび上がった。
「頭を狙って……!」
「――!?」
突然の指示にリュートの目は見開いたものの、風でできた鋭い錐の先はすぐに軌道修正され、右側の生き物の頭部を急襲することに成功した。
――ァァァ……ッ!
声なき断末魔が上がり、頭部を粉砕された生き物は地に落ちて転がった。
「ラヴィアンさん……っ!」
「はい!」
残った一匹が仕返しとばかりに口から炎を吐き、ラヴィアンは水を放出させて奇襲を相殺する。
「……?」
なんだか突然魔術の威力が増した気がするのは気のせいだろうか。
「たぶん、弱点は頭部です!」
なぜか絶対の確信を持って告げたラヴィアンの力強い言葉に、リュートは一瞬の迷いを見せることもなく、生き物の頭部を一直線に攻撃した。
攻撃を迎え撃つべく口から放たれた衝撃波は、機転を利かせたラヴィアンの応戦術によって掻き消えた。
(! やっぱり……!)
気のせいかと思ったがそうではない。
強化された魔術になにが起こっているのかという驚きと疑問が湧くものの、今は原因を追究している場合ではない。
――キィァァァァ……ッ!
頭部に衝撃を受けた生き物から恨みがましい叫びが上がり、後方へ吹き飛ばされたかと思うとそのまま壁に激突し、ずるずると床に落ちていった。
「……」
「……」
沈黙が落ち、静まり返った空間にはまだ緊張感が漂った。
「……大丈夫、ですか?」
「……たぶん」
動く気配のない奇怪の生き物を注視しつつ尋ねたラヴィアンに、リュートは慎重な判断を下す。
そしてその直後。
「シャロル……!」
もう一秒も待ってはいられないと相棒の元へ駆け寄って、リュートはその小さな身体を腕の中へと持ち上げる。
「シャロルッ、シャロル……!」
聖獣の生態というものをラヴィアンは理解していないが、リュートの手元が靄がかかったように揺らいで見えるのは、自分の魔力をシャロルに分け与えようとしているからだろうか。
一般常識で考えて、魔力を注いだからと身体に負った傷が治るはずもないのだが、聖獣に関しては違うのだろうか。
必死の表情で相棒の目を覚まさせようと呼びかけるリュートへその疑問を投げかけられるはずもなく、ラヴィアンはリュートの正面へ膝をつく。
「シャロル……!」
「失礼します」
一般的に、怪我を治すことができるのは治癒魔術だけ。そして、治癒能力は大昔から女性にしか備わっていない魔術だと言われている。
「ラヴィアンさん!?」
「わたしの魔力量でどこまで回復できるかわかりませんけど……」
リュートの腕の中でぴくりとも動く様子の見えないシャロルは、果たして息をしているのだろうか。
たしかめることも怖く、ラヴィアンはそのままシャロルの身体の上に手を翳すと瞳を閉じて額へと意識を集中させる。
今までの経験上、瀕死に近い怪我を死が迫る前までに回復させることは、ラヴィアンの魔術力では不可能だ。
「……っ……」
ラヴィアンの掌が仄かな光に包まれ、身体の中から急速に魔力が失われていくのを感じた。
失う魔力量は、相手の怪我の深さに比例する。つまりは、それだけシャロルの怪我が重症だということになる。
「は……っ」
しばらくするとラヴィアンの額には汗の雫が浮かび、呼吸が荒くなっていく。
(もう、これ以上は……っ)
ありたっけの魔力を使って治癒の光を注ぎ込もうとも、底の抜けたコップに水を注いでいるような感覚しかなかった。
手ごたえのないその感覚は、過去に数回だけ味わったことがある。
それが意味することは。
「シャロル……ッ!」
なおも治癒魔術の力を強めながら、ラヴィアンの瞳には涙が浮かぶ。
「だめっ、逝かないで……!」
「ラヴィアンさん!?」
小さな身体に縋りつくようにして叫ぶラヴィアンの姿を目にしたリュートからは、取り乱しかけているラヴィアンを落ち着かせようとするかのような声が上がった。
「だめよっ、だめ! 戻ってきて!」
この虚しい感覚を知っている。
一生知らずにいたらどれほど幸せだっただろうかと思っている。
とはいえ、治癒魔術を扱える者にとって、この絶望は逃げられない――逃げてはならない苦しみでもあった。
「シャロル……!」
シャロルは猫ではなく聖獣だ。
普通の生き物ではないシャロルに、そもそも心臓や体温といったものがあるのかどうかはわからない。
ただ、一切の鼓動を感じられず、直接触れていなくとも感じる身体の冷たさに、ぞっとした恐怖が湧き上がる。
「いやよ……っ! シャロル……ッ!」
「ラヴィアンさん……!」
半狂乱になって涙を振り零したラヴィアンを、リュートの片腕が掴んだ。
「ん……っ?」
直後、なにか柔らかなもので唇を塞がれて、涙で歪んだ世界に近すぎるリュートの顔が映った。
「……」
「……」
辺りには静寂が広がり、数秒間、時も止まった。
自分の身になにが起きているのかわからないまま、開いたラヴィアンの瞳からはまた一雫の涙が頬を伝い降り、リュートの片腕に抱かれているシャロルの身体へ落ちた。
「……リュート、様……?」
ラヴィアンの唇からゆっくりとソレが離れていき、キスをされていたのだと理解したラヴィアンの瞳はパチパチと瞬いた。
「すみません。もういいです」
「もういい、って……」
俯き、リュートの口からぽつり、と洩れた言葉に意味がわからず困惑する。
リュートはいったい、なにを言っているのだろうか。
「わかっています。わかっていました」
静かながらに響いた声は震えていて、ラヴィアンの心臓はドクリと嫌な音を立てて一気に指先が冷たくなる。
「シャロルの声が聴こえない……」




