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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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密会③

 あの日も、窓の外では満月が輝いていたように思う。

『?』

 たまたま自室で一人で絵本を広げていた幼き日のラヴィアンは、なにかの気配を感じて顔を上げた。

 扉が開いた様子もないのに、突然そこに現れた人影へ、ラヴィアンはぱちぱちと瞳を瞬かせる。

『……だぁれ?』

 ラヴィアンの数歩先。扉の前にいたのは、仮面で顔を隠し、マント付きの黒い衣装に身を包んだ、明らかに怪しすぎる人物だ。

 けれど、不思議と怖くはなかった。むしろ、怖くないどころか。

『けがを、しているの……?』

 マントの下に隠れていて一瞬気がつかなかったが、裂けた服の布地の下にある肌から血が流れ出ているのが目に入り、ラヴィアンは心配になってしまっていた。

 幼い子供にしてみれば、指先を少し切るだけでも大騒ぎするほど大怪我だ。ラヴィアンから見て青年のその怪我は、そのまま血を流しすぎて死んでしまうのではないかと考えてしまうほどの衝撃だった。

『い、痛い……?』

 不審者を怖がるよりも、死への恐怖のほうがよほど大きかったのではないかと思う。

 青年の元に近寄りながら恐る恐る問いかければ、否定の方向に小さく首を振られ、ほんの少しだけほっとしながら青年の手を取った。

『こっち』

 手を引けば素直にラヴィアンに従って、青年は女の子らしい可愛いソファに腰を下ろす。

 青年の腕からは相変わらず細い鮮血が流れ出ていて、反射的に身を震わせながら、ラヴィアンは怪我をしている部位に手を翳すと目を閉じた。

 赤い血は目にするだけで恐怖を呼ぶが、だからこそ放っておくわけにはいかない。

 ラヴィアンは最近覚えたばかりの呪符をぶつぶつ唱え、額の中心に意識を集中させる。

『痛いの痛いの、とんでいけー!』

 思わず口に出してしまった言葉は、魔術の発動とはまったく関係ないのだが、幼いラヴィアンにとってはそれが一番の願いだった。

 その直後、ラヴィアンの掌には仄かなあたたかみを持った白い光が生まれ、青年の腕に降り注いだ。

 白い光が触れた部分の怪我は少しずつ塞がっていき、何十秒かたった頃。すっかり癒えた傷に、青年は感心したかのように己の腕を見つめ、完治を確認するかのように上下に腕を動かした。

『ありがとう』

 にこり、と笑った顔は、仮面をつけていても優しいことがわかった。

 ただ、今になって思えば、青年のその反応は少しばかりおかしなものだったと考えさせられる。

 青年は、幼いラヴィアンが治癒能力を使えることにまったく驚いていなかった。現在、治癒能力を会得している魔術士はそう多くはない。普通、幼い子供がそんな高度な魔術を扱えることを知ったなら、なによりも驚きが先にくるものだろう。

『どういたま(・・・)して……!』

 笑顔でお礼を言われたことが純粋に嬉しくて、にこにこと返事をしたことを覚えている。

 人助けをしたのだと、疑いもなく信じて誇らしかった。

『もう、行かないと』

 そう告げた青年の声色からは、もう少しここにいたいという、困ったような名残惜しい空気を感じたが、それはラヴィアンの気のせいだったのだろうか。

『行っちゃうの?』

『待っている人がいるんだ』

 真っ直ぐ目を見つめられ、「そっか」と納得した。

 ラヴィアンにも家族がいるのだ。青年にもそういった相手がいるのは当たり前だと思った。

『じゃ、ね』

『うん』

 思えば、なにか言いたげな瞳だった気がするが、苦笑混じりの微笑みで別れを告げられ、ラヴィアンはなにを考えるでもなく素直に頷いた。

 そうして、バイバイ、と胸の前で小さく手を振った時。

『……?』

 目の前に影が射し、唇になにかが触れる柔らかなぬくもりを感じた。

 一瞬なにが起こったのかわからなかったが、幼いながらもキスをされたのだと理解して、ラヴィアンの目は見開いた。

『これで貴女は僕のことを忘れられない』

 幼いラヴィアンの唇を奪った青年は、口元にくすりという嬉しそうな笑みを浮かべた。

『追いかけてきて? 掴まえてよ』

 それが、青年からかけられた最後の言葉。

 その一瞬後には、青年の姿はラヴィアンの目の前から消えていた。

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