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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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密会②

「こちらです」

 そうしてやってきたのは、お洒落なアパルトメントのような外装をしたホテルで、一瞬足を止めたくなる気持ちを覚えながらも、そんな躊躇を顔に出すことなく、フロントで受付をするリュートを待つ。

 スムーズに手続きを終わらせるリュートの姿を眺めていると、やはり慣れているのかと邪推が浮かぶが、自分には関係ないと心の中で首を振る。

 とはいえ、こんなところを誰かに見られたら……、という気持ちがないわけではなく、ついつい周りの視線を気にしてこっそり辺りの気配を窺ってしまう。とりあえず、自分たちに向いている視線はなさそうだけれど。

「行きましょう」

「はい」

 鍵を手にしたリュートに階段のほうへ促され、ラヴィアンは斜め後ろからリュートの背中についていく。

 目的地は、三階の一番奥の部屋らしい。

 鍵を回したリュートが「どうぞ」と扉を開けて先を譲ってくれ、おずおずと室内に足を踏み入れれば、そこには小洒落た景色が広がっていた。

 壁際にある、ホテルなのだからあって当たり前のダブルベッドの存在は気になるが、窓枠の向こうには鉢植えに飾られた季節の花が見え、小さなローテーブルを挟んで二つあるベーシュのソファは座り心地が良さそうだった。

「今日は時間も周りも気にせず相談できますから。今後のことをじっくり話し合いましょう」

「はい」

 奥のソファを示されて腰かければ、すでに準備がされていたものとはいえ、リュートが自らお茶を運んできてくれてびっくりする。身分も地位もリュートのほうが上であることはいうまでもなく、恐縮しながら数口ティーカップを傾けて、ほっと一息ついた頃。

「まずは、三つ目の秘宝についてですが」

 いきなり本題に入ったリュートに、ラヴィアンはティーカップを慌ててテーブルの上のソーサーに戻していた。

「ちょっと待ってください」

「ラヴィアンさん?」

 話の出だしから制止の声を上げたラヴィアンに、リュートの純粋な疑問の目が向けられる。

 相談しなければならないことは山ほどあり、先を急ぎたくなるリュートの焦りはわからないでもないのだが、リュートも知らない重大情報を持つラヴィアンにしてみれば、まずはなによりも共有しておかなければらない話がある。

「いろいろと相談する前に、話しておかなければならないことと確認しておきたいことがあるんですけど」

 なにも雑談をしたいと言っているわけはない。真剣な顔つきで口を開いたラヴィアンに、自然とリュートの身体にもぴりりとした緊張が広がったのがわかった。

「なんでしょう?」

「リュート様は、まだ三つの秘宝を集められていないのですよね?」

 リュートが嘘をついているとは思っていない。これは、ただの確認だ。

「残念ながら」

「間違いないですか?」

 真面目な顔で頷くリュートの顔を、ラヴィアンはじっと覗き込む。

 これは、今後の動きを決める上でこれまでの根本が変わるかもしれない大前提の問題だ。ここを間違えればすべてが見当違いの方向へ行ってしまう。

「それはどういう意味でしょう?」

 角度を変えてのしつこいほどの確認に、さすがにリュートの顔も不審そうに顰められる。

「ご身内の……、たとえばお父様のご兄弟か誰かがすでに十年前に盗んでいた、とか」

 王家の墓に納められていた秘宝は、すでに十年前に何者かの手によって盗み出されている、という王太子の話は真実なのか。その問題を、ラヴィアンは「真実」だと思っている。

 ならば、犯人は誰なのか?

 ――『これで貴女は僕のことを忘れられない』

 頭の中で、十年前の光景が甦る。

 もはや声など覚えていないが、そう告げた声のトーンは、リュートに酷似していたような気すらする。

 現在(いま)のリュートにそっくりな、十年前の青年、となれば、リュートの近親者としか思えない。

 だが。

「それはないです」

 きっぱりと言い切られ、ラヴィアンはなおも追究する。

「だとしたら、十年前に王家の墓に侵入した泥棒は何者ですか?」

 リュートの父親が幼い頃に他界したとは聞かされている。まずは父親が候補から除外されたとして、同居もしていない身内の動きまでリュートが完全に把握できているとは限らないだろう。

「普通の墓荒らしでは?」

 誰もが思う犯人像を投げかけてくる様子から、リュートが本当にそう思っているらしいことが窺える。

「もしその墓荒らしがなにも知らずに秘宝を持ち去っていたのだとしたら……、打つ手なしです」

 途端表情を曇らせて、悔しげに唇を噛み締めるリュートの姿に、このケースが一番最悪な状況なのだということを改めて理解する。

 ただの墓荒らしが秘宝の本当の価値を知らずに持ち去ったとしたならば、犯人探しはもちろんのこと、おそらくはすぐに売り払われてしまっているであろう秘宝が、十年という時の流れの中でどのように人の手を渡っているのか追うことは困難を極めるに違いない。

 だが、ラヴィアンには、一筋の光が見えている。

「わたし、たぶんですけど、十年前、その泥棒に会ってます」

「……は?」

 突拍子もないラヴィアンの告白を、リュートがすぐに理解できるはずもなく、ラヴィアンを見つめたまま少しばかり間抜けな表情で時間を停止させたリュートに、ラヴィアンは〝あの日〟のことを思い出す。

「怪我をしていて……。不思議と怖くなくて、その怪我を治してあげちゃいました」

 どうやってラヴィアンの家に侵入し、なぜラヴィアンの前に現れたのか。

 幼い少女にとって怪しい侵入者など恐怖でしかないはずなのに、腕に負った怪我を見て、痛々しくて可哀想だという気持ちが先に湧いていた。

「はい?」

「今思えば、王家の墓から自宅に戻る途中かなにかだったんでしょうか」

 意味がわからないと疑問符を浮かべるリュートを前に、ラヴィアンは真面目に考え込む。

 王家の墓から秘宝を盗み出す際に怪我を負い、自宅へ向かう途中にあったラヴィアンの家に、たまたまなんらかの理由があって立ち寄った。幼いラヴィアンに見つかってしまったのは不運な事故のようなもので。

 と、そんなふうに推測してはみるのだけれど。

「それはどういう……」

「不思議なんです」

 困惑したように瞳を揺らめかせるリュートの問いかけに眉を寄せ、それからラヴィアンは真っ直ぐリュートの顔を見つめた。

「その人、怪盗の姿をしたリュート様にそっくりだったんです」

 忘れるわけがない。十年前のあの日、ラヴィアンのファーストキスを奪った人物のことを。

 ――『追いかけてきて? 掴まえてよ』

 その挑発を受けて立ち、あの日からずっと、いつか彼を捕まえることを目標に生きてきた。

 魔術の才に恵まれていたとはいえ、最高位の魔術学校に進学し、学びに明け暮れて首席卒業をしたのも、あの日のあの出来事があったからこそだ。

「え……?」

「だから、リュート様のご身内の誰かなのかな、って」

 自分にそっくりだったという盗人の存在を聞いて目を見張るリュートへ、ラヴィアンは冷静な推測を投げかける。

 リュートの家系がいつか復活するかもしれない魔王を再び封印するために存続している血筋だというならば、その「いつか」に備えて今のうちに秘宝を集めておこうという考えを持つ者がいたとしても不思議はない。

 十年前の出来事とはいえ、今でも鮮明に思い出せる。

 あの日出逢った、怪盗のリュートそっくりの青年の姿を。

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