夜が明けて④
なにか役職があるわけでもなく、事務要員でもないラヴィアンは、基本的に現場に出ていることが多い。
だが、警備団の筆頭魔術士という肩書ゆえ、なにかと団長室に呼ばれる機会は多かった。
今もそうだ。王太子からいつ緊急招集がかかるかわからない中で、今後の警備体制をどのようにしていくか頭を悩ませている団長と副団長の話し合いに、なぜかラヴィアンも同席させられていた。
「……は~ぁ」
とりあえずの方針は決まり、部屋を退出すべく扉に向かう途中で、ラヴィアンは思わず深々とした溜め息を吐き出してしまっていた。
とにかくわからないことと考えなければならないことがいっぱいで、頭が痛くなってくる。
結局あの後、リュートとは朝食を一緒に取って解散した。
聞きたいことも話したいことも山ほどあったのだが、さすがに他の人の目や耳があるところでは話せない。そのため、当たり障りのない世間話をし、次に会う約束をするだけで終わってしまったのだ。
「今度こそ忘れないようにしなくちゃ……」
早急に十年前の出来事について確認しなければと思っていたのだが、口説かれてほしいだの好ましく思っているのかもしれないだの、さらにキスに関してだの、リュートの爆弾発言を耳にして、すっかり頭からすっとんでしまったのだ。
なにを差し置いても次回こそ必ず、と自分に言い聞かせながら扉の前で足を止めたラヴィアンに、後方から団長の声がかかった。
「ラヴィアン? そんな溜め息なんてついてどうしたんだ?」
「あ……、いえ……」
廊下に出てから溜め息をつけばよかったものの、気づかれてしまったからにはそのまま出ていくわけにもいかない。
ラヴィアンは事務机に向かっている団長のほうへ向き直り、どう誤魔化そうかと口ごもる。
「落ち込む気持ちはわかるが、お前だけのせいじゃない。あまり自分を責めるな」
「団長……」
どうやら団長は、怪盗を逃してしまったことを、ラヴィアンが未だに引きずっていると思っているらしかった。
ラヴィアンの頭を悩ませている原因はそれではないのだが、本当のことを言えるはずもなく、ラヴィアンは団長に向かって丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます」
怪盗に関しては、捕まえるどころかラヴィアンは協力者側で、落ち込む要素はなにもない。
ただ、表面上は怪盗を追わなければならないわけで、現状を思い出すと問題だらけの状況にまた溜め息を零したくなってしまう。
「おい、ラヴィアン」
そんなラヴィアンに、訝し気な視線を送ってきたのは副団長だ。
「あ……。も、申し訳ありません」
「あ。そうじゃなくて」
人前であまり溜め息をつくものではないと慌てて反省の色を見せれば、副団長はぽりぽりと呑気に頬を掻く。
「なにか悩みごとなら相談しろよ?」
「副団長……」
元々男性優位の団の中で、自分はいい上司に恵まれたと、ラヴィアンは感嘆の吐息を零す。
ちょっとした機微に気づき、困っていることがあるならと親身になってくれる人間がどれくらいいるだろう。
「あ~~。言い難い気持ちもわかるんだけどな? リュートのことならそれなりに知ってるつもりだし」
「!」
なにを心配してくれているのかと思えばその話かと、ラヴィアンは息を詰めると瞳を揺らめかす。
細かいところまで突っ込まれるとボロが出そうだと、背中に嫌な汗が滲んだ。
「実際のところ、どうなんだ?」
こちらをまじまじと見つめてくる副団長の視線に動揺する。
以前からリュートたちと交流のある副団長は、ラヴィアンよりもよほどリュートの人間性を理解しているに違いない。おそらく、女性関係を含むリュートの性格も。
「……どう、とは」
ドキドキと鼓動を打つ心臓の音が耳に響いて、副団長の声が聞こえなくなりそうだ。
リュートと口裏を合わせてはいるものの、そちら方面には疎すぎて、上手く誤魔化せる自信がない。
「付き合ってる……、わけじゃないよな?」
「それは……っ、はい」
こくりと息を呑んで返事をするが、若干声が裏返ってしまう。
ラヴィアンの今後を考え、恋人を偽装するのは止めたほうがいいと言われたが、ラヴィアンの将来うんぬんを差し引いても、経験値が少なすぎて恋人のふりなど到底無理だっただろうと思えば、この設定で正解だったのかもしれない。
「だよな?」
上司としてラヴィアンのこともよく知る副団長は、ラヴィアンに色恋の欠片もないことをわかっていて、首を傾げながら納得してくれる。
「じゃあ、リュートの方が?」
「……えと……」
純粋な疑問を投げられて返事に詰まる。
リュートからは、リュートのほうが一方的に口説いているという体を装うことを提案されてはいるけれど。
「マジか」
目を見張り、「嘘だろ?」と驚きの声を洩らす副団長の反応は当然のものかもしれない。
なぜなら。
「俺が知る限り、アイツは来るもの拒まず去る者追わずタイプだぞ?」
「……みたいですね」
リュートの過去の恋愛経験がそういったものであろうことは、リュートとの今までの会話を思い出してみてもなんとなく理解できた。
となれば、リュートの方から積極的にアプローチをかけているという状況は、副団長にとっては信じられない事態に違いない。
「わかってんのか」
「なんとなくそんな感じは」
驚きに目を見張りながら確認され、ラヴィアンはなんとも曖昧な苦笑を零す。
リュートの方が言い寄っているという設定は、やはり無理があるのではないだろうか。




