夜が明けて②
「……は……?」
意味が、わからない。
一つ目の秘宝が教会の総本山から盗み出されたのが今から約三ヵ月ほど前のこと。
城の宝物庫から二つ目の秘宝が奪われたのが昨夜の出来事だ。
残る秘宝はあと一つ。そう思っていたのだが、すでに失われているとはどういうことなのか。
しかも、それが「とうの昔」とは。
「それは……、ヤツに、ということですか?」
王太子の側近とはいえ、ここまでの情報は知らされていなかったらしい。ラヴィアンの横でリュートも驚きの表情を見せているが、驚愕と動揺の入り混じった声色で、ファリスが静かに確認する。
「同一人物かはわからない。なにせ記録は十年前のものだからな」
十年前に何者かが侵入し、幾重にも張り巡らされた罠と強固な防護術を突破して、最後の秘宝を持ち去った。
王家の機密文書にそれだけが記載されているのだと唇を噛み締める王太子の姿を前にして、ラヴィアンはなにかが引っかかる感じを覚えて眉を寄せる。
「……十年前……」
何者かの手によって持ち出された秘宝。
十年前。
秘宝を狙う怪盗。
十年前と聞いてラヴィアンが思い出すのは、突然ラヴィアンの前に姿を現した、怪我を負った不審人物のことだ。
そう……、今の怪盗と背格好も服装もそっくりな魔術士。
これは、はたして偶然の出来事なのか。
リュートに早急に確認を取る必要があると少しばかり焦るラヴィアンだが、団長たちの話は続いていく。
「ちなみに、ですが、そちらの秘宝はどちらに保管されていたのですか?」
盗まれた時にその場ですぐに気づかなかったなど、いったいどんな警備体制が敷かれていたのか。
当然の疑念に、王太子は渋々と口を開く。
「王家の墓だ」
「王家の、墓」
まさかそんなところにと、誰もが驚愕の声を洩らす。
王家の墓は、城からかなり離れた郊外にある。
先祖代々、王家の墓の管理・維持を任されている墓守の一族が存在し、その字の如く墓を守っているのだが、城の宝物庫や教会のような厳重な警備体制が取られているわけではもちろんない。
守る、といっても「見守る」程度のことだ。多少の魔術は使えても、有事の際に役に立つレベルではないだろう。
「場所が場所だけに、実際に盗まれたのがいつなのかは不明だ。ないことに気づいたのが十年前という話だ」
王太子の説明を聞きながら、ラヴィアンの胸にはドクドクと血の巡る音が響く。
おそらくは、秘宝が持ち去られたのはその十年前で間違いないだろう。
偶然にも、ラヴィアンだけが持つ情報が、謎を紐解いてくれる。
「その盗人と今の怪盗がいわゆる〝仲間〟なのか、あるいは同一人物なのか、もしくはただ偶然が重なっただけの無関係な出来事なのかもわからない」
深い吐息をつく王太子の疑念を前に、隣に立つリュートの顔をチラリと見上げれば、そこには青くなって見えるリュートの綺麗な横顔があり、ラヴィアンは驚愕の息を呑む。
少なくともこれら一連の出来事は偶然ではなく、少なくともリュートの関係者がすべての事件に関わっていると思っていたのだが、その反応を見るに違うのだろうか。
まさか、王家の墓から秘宝を盗み出し、幼いラヴィアンの前に現れた青年が別人だなどとは思えない。
「怪盗の元にすでに三つの秘宝が揃ってしまっているのか、なにも知らずに三つ目の秘宝を狙ってくるのか……」
先日のリュートの話からも、リュートの手元に秘宝が揃っていないことだけは間違いない。
それは、三つ目の秘宝の在り処がわからないという話を聞いた時から血の引いた顔をしているリュートの反応を見ていればよくわかる。
怪盗を捕まえる機会を失ってしまっても、それはラヴィアンたちにとっては願ってもいない幸運なのだが、秘宝を揃えることができないのは死活問題だ。
「三つの秘宝というのは具体的にどのようなものなのですか?」
立場上、ラヴィアンたちがはっきりと聞き難い質問を王太子へ投げかけてくれるのは、側近であるファリスだ。
王太子はファリスの方へ顔を向け、眉間に皺を寄せる。
「いえ。怪盗が三つの秘宝を集めようとしているということは、揃えることになにか意味があるということですよね? 魔具とのことでしたので、なにか魔術的な効用があるのかと」
宰相の息子だというファリスは、自身も頭がよく回るのだろう。
数少ない情報の中から、的確に正解を拾い上げていくファリスの推論に、王太子の顔は苦しそうに曇っていく。
「すでに三つの秘宝が揃っているようでしたら、その使用用途から追えないものかと思いまして」
三つの魔具を揃えてこそ、魔王討伐のための対抗策として意味を成す。
魔具は揃えなければ、単体としてはそこらへんの宝飾品と変わらない。
ファリスの推論は的を射すぎていて、ラヴィアンにしてみれば、なにかポロリと口を滑らせないようにと緊張してしまう。
もし、三つの秘宝がすべてそろったなら……。怪盗の目的がわかれば、先回りして待ち伏せができるようになるかもしれない。
ファリスの鋭い意見に王太子は沈黙し、ややあってから、自嘲の笑みを零す。
「少なくとも、わたしはそのあたりのことをなにも知らないんだ」
本来、王太子ともあろう者が、なにも知らされていないなどということがあるはずもないのだが、これも魔王による記憶操作だろうか。
「父上はご存知なのだろうが……。口が堅くてな」
「そうなのですか……」
無言を貫いているという国王に関していえば、余計なことを言わないように魔王が口を封じているに違いない。
情報は力。
いくら国家機密とはいえ、知らなさすぎることは任務に支障をきたしかねないと吐息をつく王太子に、ファリスもまた困った様子で肩を落とす。
「ヤツの元に三つの秘宝が揃っているのかいないのか。それによって今後の方針が百八十度変わってくると思うのですが……」
十年前に王家の墓から秘宝が盗み出されたことについては、箝口令が敷かれているという。つまり、十年前の盗人が怪盗ではなかった場合、そのことを知らない怪盗が、三つ目の秘宝を求めて王家の墓に現れる可能性は高い。怪盗を捕まえるのであれば、これがチャンスになる。
一方、すでに怪盗の手元に秘宝が揃っているのなら、目的は「怪盗を見つけ出す」ことになる。
「そうだな」
今の状況ではどちらも考慮して戦力を二分しなければならないと、王太子は頭痛を覚えたように額に手を置き、ファリスの見解に同意する。
(えぇ……、と……?)
リュートからは、先日の秘宝が二つ目だと聞いている。
つまりは、王家の墓の件についてはリュートも初耳なのだろうと、そっとリュートの横顔を窺えば、なんとなく動揺しているような気配を感じ、ラヴィアンも焦ってしまう。
三つ目の秘宝が本当に行方不明だとしたならば、魔王を討伐するための唯一の希望がなくなってしまう。そんなことになったなら、この国は今後どうなってしまうのだろう。
「とにかく、今はヤツの行方を追ってくれ」
怪盗の手元に秘宝が揃っていようがいまいが、怪盗を見つけ出すこと自体に不利益はない。
「場所が場所だけにあまり仰々しいことはしたくないのだが、なにか理由をつけて王家の墓の警備も厚くする」
「承知いたしました」
今後の方針を口にする王太子に、おのおの丁寧に頭を下げて恭順の意思を示す。
「いったん解散だ。またすぐに招集することになるだろうから、各自、常に連絡が取れる状態にはしておいてくれ」
緊急招集がかけられた時にはわずかな光を洩らしているだけだった太陽は、すでに燦々と輝いている。
一睡もしていない部下たちに、さすがに休むよう促してくる王太子の気遣いを、ありがたくもらい受けることにする。
「かしこまりました」
まだ興奮状態が続いているためか、ラヴィアン個人は眠気を感じていない。
むしろお腹が空いたかもしれないと、ラヴィアンは小腹を満たしてから仮眠を取ることにする。
そうして王太子以外の五人が一度休息を取ろうと執務室の扉に向かって動き出す中。
「では、いきましょうか」
「え?」
にこりと無邪気に笑ったリュートに肩を抱かれ、ラヴィアンは一瞬硬直した。
「ん?」
「へ?」
状況が呑み込めない団長と、ぎょっとした副団長の視線がラヴィアンへ向く。
「リュート?」
こちらは驚くというよりも、「どうしたんだ?」と不思議そうな疑問符を投げてくるのはファリスだ。
ちなみに、事務机に向かったまま微笑んでいる王太子がなにを考えているのかはわからない。
「一度解散、ですよね?」
その場の空気を気にすることなくにこにこと確認を取るリュートに、ファリスの不審そうな目が向けられる。
「そうだが……」
ファリスの瞳には、目が点になっていた硬直が溶け、あわあわと慌てふためくラヴィアンの姿が映り込んだに違いない。
「リュート……、まさか、お前……」
「そのまさか、ですかね?」
苦々しい呟きを洩らすファリスに、リュートは一切悪びれることなく笑顔でそれを肯定する。
「リュート!」
ファリスからは焦った声が上がるが、親友同士の二人の間だけで完結する、その曖昧なやりとりの意味はラヴィアンにはわからない。
「ちょ……っ、ななな……っ、ん? リュート様!?」
いったいリュートはなにを考えているのだろう。
とにかく驚き、動揺するラヴィアンに、リュートは甘い声をかけてくる。
「よければ食事にでもつき合ってください」
「は……?」
たしかにお腹は空いていて、もう朝食の時間ではあるものの、そういうことではないだろう。
「お前っ、公私混同は厳禁だぞ!」
「それくらいはわきまえていますからご心配なく」
「充分心配だよ!」
ファリスの忠告と叫びを無視して、ラヴィアンの肩を抱いたままのリュートは、にこりと外へ促してくる。
「では、いきましょうか」
「リュート……!」
「ラヴィアン!?」
「お、おい……?」
いったいどういうことだという三者三様の叫びが響くが、ラヴィアンこそ意味不明だ。
「それではいったん失礼いたします」
そんな場の空気もどこ吹く風で柔らかな微笑みを残し、リュートはラヴィアンをその場から連れ去ったのだった。




