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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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14/40

夜が明けて①

 太陽がやっと顔を出した早朝にも関わらず、王太子の執務室には、先日の六人の姿が揃っていた。

「大変申し訳ありません。すべては相手の力を甘く見ていたわたしの責任です」

 事務机に組んだ手を乗せている王太子に向かい、リュートが深々と頭を下げて謝罪した。

 リュートの友人でもあるファリスは王太子の後方に控えているが、今のリュートは事務机を挟んでラヴィアンの隣に立っている。その立場の違いに、仕方がないこととはいえ、ラヴィアンの胸はほんの少しだけ痛んだ。

「い、いえっ。それを言うなら、みな様に誘導していただいたにも関わらず、相手を見失ってしまったわたしの力不足が原因です……っ」

 怪盗が秘宝を盗み出せるように画策したのは他でもないリュートとラヴィアンで、この件によって追及される責任の所在については、リュートが矢面に立つというところまでが約束だった。

 だが、実際にその場面になると、演技ではなく本当にリュートを庇いたくなってしまう。

「ラヴィアンさんはなにも悪くありません」

「それを言うならリュート様だって……っ。そもそも協力依頼をしたのはわたしの方なのに……」

 静かな微笑みを浮かべるリュートに、思わず本気で声が出た。

 本来怪盗の捕縛作戦には参加していなかったリュートに協力を要請し、指揮官という立場に置いたのは、表向きのこととはいえラヴィアンが発案者ということになっている。

「まぁまぁ、二人とも落ち着けよ」

 ファリスが苦笑いで宥めると、王太子はわずかに肩で息をつき、至極真面目な表情を向けてくる。

「そうだな。そうやって責任の押し付け合い……、いや、逆か。をしていてもなにも解決しない。相手が凄腕の術士だということはなんとなくわかっていたことだ。相手が一歩も二歩も上手(うわて)だった。ただそれだけのこと。ならば自分たちの力が及ばぬことを認めて次に向かわなければ」

「殿下……」

 役立たずだと一方的に責め立てることもできるはずなのに、真っ当な考えを口にする王太子へ、リュートからは複雑そうな吐息が洩れる。

 これだけで王太子の聡明さと器の大きさがわかるというのに、魔王によって記憶の一部分が改ざんされているなど、悔しくてたまらない。

 王太子の洗脳が実際にどこまでなのかはわからないが、本来であればリュートと共闘し、二人で魔王に立ち向かっていたはずなのだ。その姿は、どれほど頼もしいものだっただろう。

「とはいえ、父上……、陛下のお怒りには頭が痛いのも事実だが。秘宝はたしかに大事なものだろうし、国の面子もあるとはいえ、あのように冷静さを欠くとは、いったい父上はどうなさったのか」

「陛下が……?」

 いったいなにがあったというのか、深い溜め息を零す王太子の姿に、ラヴィアンの胸はドキリと脈打った。

 リュートの話によれば、現在国王は魔王の傀儡状態にある。秘宝を奪われてはならないことは当然として、魔王の存在を脅かす怪盗のことを躍起になって排除しようとしているに違いない。

 そんな中で、秘宝を奪われ、怪盗も逃したとなれば、怒り狂うのも当然のことなのかもしれない。

「あれではとてもお前たちを会わせるわけにはいかない。心労をかけてすまないな」

「いえ。そんなことは……」

 だから国王ではなく、代理で王太子が動いているのかと納得する。

 頭を抱えて肩を落とす王太子の姿からは、気苦労と心労の深さが窺えた。

 本当に、この王太子を味方にできないことは痛手でしかないと思った。

「済んでしまったことをグチグチ言っていても仕方がない。反省すべきところは反省し、早急にヤツを見つけて秘宝を取り返さなければ」

「おっしゃるとおりです」

 深々と同意を示したのは、王太子の後方に控えるファリスだ。

(……ん?)

 そこで、王太子のセリフになにか違和感を覚えたような気がするのだが、その理由を探るよりも前に王太子が声をかけてくる。

「そこで、ラヴィアン……、といったか」

「はい」

 自然と背筋が伸び、ラヴィアンは直立する。

 一介の魔術士でしかないラヴィアンに、王太子自らどんな話があるというのだろう。

 じわじわとした緊張感に襲われる中、王太子は真っ直ぐラヴィアンの顔を窺ってくる。

「率直に聞く。ヤツとの実力差はなんらかの手段を講じれば埋まりそうか?」

「っ」

 それは、怪盗に比べ、明らかにラヴィアンの能力が劣っていることを示唆してくる言葉だった。

 もちろんそこに反論の余地はないのだが、なけなしのプライドもあって、思わず息を呑むと悔しさに唇を噛み締める。

 リュートに勝ちたいとも、勝てるとも思っていない。それでももやもやと胸に広がるこの感情はなんなのか。

 とはいえ今は、ラヴィアンの個人的感情を表に出していい場面ではない。

「……恥を忍んで申し上げますと、今の時点ではなにも思いつきません。多勢に無勢で師団の魔術士総出で取り囲むなどすればあるいは。ですが、現実的ではないですよね?」

「そうだな……」

 意を決して真実だけを述べれば、王太子はしみじみとした溜め息を吐き出した。

 魔術士としてのリュートの本当の実力を知っているわけではないものの、リュートの能力がラヴィアンを遥かにしのぐことは、ほんの少し応戦しただけでも理解した。

 これでもラヴィアンは魔術学校を首席で卒業しているくらいには優秀だ。他の術士の一人や二人と手を組んだところで、足手まといになることはあっても戦力が倍になるようなことはないだろう。

 現状、思いつく残された方法はといえば、逃げ場がないほどリュートを取り囲み、犠牲者が出る覚悟をもって全員で一斉攻撃することくらいだろうか。

「だが、もう一刻の猶予もない。手段を選んでいる場合では……」

 なにやらぶつぶつと呟いて頭を抱える王太子の反応に、ラヴィアンの脳内には疑問符が回る。

 先ほどから、王太子の話にはなにか違和感を覚えるが、それはいったいどこから来ているものなのだろう。

「お言葉ですが、殿下。秘宝はまだ一つ残っています。絶体絶命の状況であることはたしかですが、前向きに考えるならば最後のチャンスでもあります」

 横からそっと口を挟んできたファリスの言葉に、ラヴィアンは自分が感じていた不自然さを理解する。

 怪盗の正体を暴くことも、秘宝を取り戻すことも、王太子の立場からすればしなければならない責務だが、先ほど王太子は「怪盗を見つける」と言ったのだ。

 怪盗を見つけることも、当然目的の一つではある。だが、現状、最重視されるべきはそこではないはずだ。

「その、最後の一つ……、三つ目の秘宝はどちらに……?」

 秘宝を守れなかった立場として、積極的な発言を控えていた団長が、そっと王太子の様子を窺った。

 怪盗が三つ目の秘宝を狙って姿を現す時が、捕縛のための最大のチャンスになる。

 最後の機会ともなるその時を絶対に逃がしてはならないと静かな決意を滲ませる団長に、王太子は苦渋の表情を浮かばせて無言になった。

「……」

「……殿下?」

 秘宝の存在は、その名の通り国家機密だ。

「いえ、差し出がましい真似を申し訳……」

 状況が状況とはいえ、たかが警備団の団長ごときが気軽に尋ねていい内容ではなかったと、団長が己の発言を撤回しかけた時。

「お前たちに言わなかったことがある」

 重々しい声色で口を開いた王太子が、一人一人の顔をゆっくりと見まわした。

「今となっては話しておくべきだったと後悔している」

「……いったいなにを……?」

 自責の念に駆られているらしい王太子の姿に、動揺を滲ませたのはリュートだ。

 秘宝を狙うリュートにとって、予想外に後出しされる情報は今後の動きを大きく左右してくるものだ。

「三つ目の秘宝の在り処は、我々にもわかっていない」

 我々、というのは、国の極秘事項を知る上層部のほんの一握りの人間――国王はじめ王太子と王族の一部、そしてその側近たちというわずかな人々のことだろうか。

 呑気にもそんなことを考えて、やや遅れて王太子の言葉の意味を理解した瞬間、ラヴィアンはその発言のあまりの衝撃に言葉を失った。

「……え」

「ただしくは、もう、とうの昔に盗み出されているんだ」

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