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ファースト・キスの魔法【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅


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月夜の密事②

「ラヴィアン……ッ、こっちだ……!」

 ラヴィアンの視界からリュートの姿はすでに消えている。

 だが、すでにリュートの前に立ち塞がって返り討ちにされたのだろう団員たちが、ふらふらになりながらもラヴィアンへ行き先を示してくれる。

「ありがとうございます!」

 それに元気よく答えながら、ラヴィアンは示された方向へ翔けていく。

 一致団結して怪盗を捕まえようとしている団員たちの姿に感動する一方で、彼らを裏切っている自分にズキリと心が痛む。

 だが、真の正義はリュートの方なのだ。

「逃がさないわ……!」

 形ばかりは追跡しつつ、通路を走り抜けていくと、こちらでもやはり、地面に倒れた団員たちが「頼む」とばかりに声をかけてくる。

「ラヴィアン!」

「あとは任せて!」

 そうは言っても援軍は派遣されるだろうが、すでにリュートに打ちのめされた者たちに関しては、ラヴィアンの帰りを大人しく待つ選択肢を取るに違いない。

(リュート様……!)

 園庭に出たところで外壁に向かって宙を()ぶ影を見つけ、ラヴィアンもまたぶつぶつと呪符を唱えると己の身体へ強化魔術をかける。

(追いついた……!)

 壁際に沿って走るリュートの姿は、一応ラヴィアンの射程圏内に入っている。

 だが、前回とは違い、攻撃術を繰り出すことなくただ距離を縮めることだけに専念する。

 ――にゃあ~……!

 どこからともなく猫の鳴き声が響き、リュートの視線の動きを追えば、その先には外壁の上で月を背負って主人の帰りを待つシャロルの姿があった。

「にゃあ~!」

 リュートが自分の姿を見つけたことを確認すると、シャロルは「ついてこい」とばかりに背中を向けて一度振り返り、壁の向こうへと飛び降りる。

「……はっ」

 リュートが足元に魔術を込める気配があり、その直後、大地を蹴ったリュートの身体は宙を舞い、一足飛びに高い外壁を乗り越えた。

 一瞬、黒い影は月光に消えたかのように見えたものの、頂上からチラリと視線を送ってくる気配を感じ、ラヴィアンの眉間には皺が寄った。

「これくらいのこと、わたしだってできるわよ……っ」

 リュートとて、ラヴィアンがついてこられると思ったからこそ、ラヴィアンの姿を確認したに違いない。

 だが、なんとなくカチンと来て、ラヴィアンは口早に呪符を唱えると、リュートをそのまま模倣して外壁の上の空を舞った。

「どこへ行く気で……っ」

 そのままリュートは、目の前の邸の外壁の上へと身を躍らせて、屋根まで跳び、家から家へと飛び移っていく。

「ちょっと……!」

 とても道とは言えない道を先導するのはシャロルだ。

 一番安全だと思うルートを選んだ結果なのだろうが、掟破りにもほどがある。

「ごめんなさい……っ」

 ラヴィアンは常識人だ。

 リュートと同じコースを跳び舞いながら、ついつい家の住人たちに謝罪してしまう。

「もうっ。どういうルートを選んでるのよ……っ」

 ある意味猫らしい道だと思えば、やはり人間ではないシャロルにその辺りの常識を求めるのは無謀なのかと疑問が過ぎる。

 そうして、一見すると鬼ごっこのような追跡戦をしてどれくらいたっただろうか。

「さすがにここまで来れば大丈夫でしょうか」

 ぽつり、と呟くリュートの声が風に乗って流れてきて、廃墟と化しているとある館の庭に着地した。

 見れば、リュートが降り立った地面の数歩先には、ちょこんと前足を揃えたシャロルの姿もある。

「とりあえずこの辺りには追手はいないようですけど」

 少しだけ息の上がった声で答えながら、ラヴィアンはリュートへ恨めし気な目を向ける。

 それはそうだろう。ここに来るまでに通った道は、常人ではとても使えないものなのだから。

「聞いてないです」

「それは申し訳ありませんでした」

 笑いながら謝ってくるリュートの姿は、無邪気な悪戯っ子のようだ。

「でも、貴女であればついて来られると思っていたので」

「!」

 考えてみれば、途中で置いていかれてしまったとしても、この作戦に支障はまったくない。ようはリュートが無事に秘宝を手にして逃げ切れればいいだけのことなのだから。

 それでもラヴィアンが追いついてくることを疑うことなく信じてくれていたリュートの言動に、ラヴィアンの顔はほんのりとした熱を持った。

「そうしたら、とりあえず今夜はこのまま解散、ということでいいのでしょうか」

「そうですね」

 リュートを、無事逃がすことができた。

 これで大丈夫かと確認したラヴィアンにリュートは頷き、それから申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

「怒られちゃいますかね?」

 ラヴィアンが単独で怪盗を追った姿は誰もが目撃している。

 だが、結果的に捕縛はできなかったということになり、責められてしまうのではないかと心配するリュートへ、ラヴィアンはくすりと微笑んだ。

「さすがにそれはないですよ」

 前回もそうだが、怪盗を捕まえられなかったことは誰か個人一人のせいではない。

 警備団全体で大反省会と今後の対策会議は開かれるだろうが、ラヴィアン一人が責めを負うことはさすがにないだろう。それくらいの良識は、団長をはじめ、団員誰もが持っている。

「だといいのですが」

 それでも申し訳なさそうに眉を下げるリュートに、ラヴィアンは悪戯っぽく瞳を輝かせる。

「だったら、捕まってくれます?」

「!」

 怪盗を引き立てていけば、大手柄だ。

「冗談です」

 少しだけ驚いた顔をしたリュートに「してやった」とばかりにくすくす笑い、ラヴィアンはリュートのすぐ前まで近づくと、下から顔を覗き込むようにして瞳を光らせる。

「責任は取ってくださるんですものね?」

「それはもちろん」

 今回の怪盗捕縛作戦においては、新たに作った司令官というトップの立場にリュートが就いている。

 もし責任を取らされるようなことがあるとしたら、それはトップの人間ということで、仕方がないことだと思いながらも少しだけ心が痛んだ。

「だったら、早く行ってください」

 こんなところを目撃されても、それはそれで大問題になってしまう。

 だから自分にはかまわず早くと促せば、リュートは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」

「……っ」

 なぜだろう。その笑顔はとても心臓に悪い。

 リュートはその場を離れるために踵を返しかけ、困ったようにラヴィアンを見つめてくる。

「でも……」

 ついついぼんやりとリュートの綺麗な顔を見つめてしまい、思考がうまく回らなかった。

「貴女になら、掴まってもいいのかも」

「……え?」

 今、自分はいったいなにを言われたのだろうと頭の処理が追いつかないラヴィアンを見下ろして、リュートはくす、と口の端を引き上げた。

「では、またのちほど」

「な、ん……!?」

 髪の上から額に軽いキスを落とされ、ラヴィアンの目は見開いた。

「なにを……っ」

 すぐにラヴィアンへ背を向けてしまったリュートから返ってくる答えはない。

 ラヴィアンはリュートの唇が触れた部分を手で覆うと、シャロルを肩に乗せたリュートの後ろ姿を呆然と見送ったのだった。

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