月夜の密事①
(あぁぁぁ……! 団長っ、ごめんなさい……!)
怪盗が出たとの報告に、急いで宝物庫へ向かいながら、ラヴィアンは頭の中で懸命に警護団の仲間たちへ謝っていた。
怪盗を捕縛するため、懸命に職務を遂行しようとしている彼らの邪魔をするつもりはまったくない。
ただ、ほんの少しだけ、警備網の穴を作って、リュートをそこへ導いてやるだけ。そして、ラヴィアンがこっそり手を抜くだけだ。
(責任はすべてリュート様が負ってくださるそうなので……! 秘宝は諦めてください……!)
今日の昼間、リュートを「総司令官」として迎え入れ、対怪盗用の警備体制を見直し、捕縛作戦を組み直した。
遠距離戦に向いていないリュートは実際の作戦に参加することはないものの、王太子の側近という肩書を持つリュートがトップに立つことで、警備団や魔術士団という立場の垣根を越えて協力し合えるという効果が得られると思ったからだ。
実際に、昨日までの空気と今日とでは、団員たちの意識が違うような気がした。
怪盗が城に侵入するタイミングは、運が悪くもリュートが小一時間ほどブライス家に戻った時。リュートの指示を仰ぐことができず、一瞬生まれた警備の隙をついて宝物庫を制覇する作戦だ。
そのため、秘宝を奪われるという失態を犯してしまった責任は、すべてリュートにある、というところまでがシナリオになっている。
リュートに協力して秘宝を盗み出すのはいいが、それはつまり、警備団の責任が問われる事態に繋がるということにもなる。そのため、そこだけは気がかりで全面協力には尻込みする様子を見せたラヴィアンへ、リュートは全責任は自分が取ると約束してくれたのだ。おかげで、ラヴィアンはなんの憂いもなくリュートに協力できるようになったのだった。
「ラヴィアン……!」
宝物庫へ伸びる廊下を曲がろうとした時、ちょうど反対側から走ってきた同期の青年と合流し、二人並んで先を急ぐ。
「出遅れてごめんなさい。もし状況がわかるようなら手短に教えてくれる?」
今、リュートは、作戦をどこまで攻略済なのだろうか。
怪盗を捕まえるためではなく、無事秘宝を手に入れて逃がすためにも、詳しい情報収集は欠かせない。
「今ちょうど宝物庫への侵入を許しちまったところだ」
ラヴィアンと同じように同期の青年も現状を把握していない可能性もあると思いつつ尋ねれば、青年は悔しげに唇を噛み締める。
「他の術士たちは?」
今回、魔術師団から〝借りた〟魔術士は、とりあえず三人。
打ち合わせで、三人の配置図は全員宝物庫のすぐ近くだっため、今頃攻防戦の真っ最中かもしれない。
「一人は眠らされて……。残りの二人は、今まさにヤツと対峙してるところだ……、と思う」
どうやら同期の青年は、状況の伝達係に使われて戻ってきたところらしい。
「なるほどね? もう秘宝は奪われてしまっている可能性もある、と」
ラヴィアンが見る限り、魔術士三人の実力は確実にラヴィアンより下だった。
そのうちの一人がすでに無効化され、残る二人が力を合わせて立ち向かったとしても、おそらくリュートの足元にも及ばない。
ラヴィアンとしては、現場に着いた時にはすでに秘宝がリュートの手の中にあるというのが理想的だ。
「ラヴィアンの言うように、そうとうな術士だ」
それは、きっとラヴィアンが誰よりもよく知っている。
「二人がかりでも敵わない、って……。まぁ、仕方ないわよね」
目の前に宝物庫の扉が見え、速度を緩めると同期の青年とともに慎重に中の様子を窺う。
「お前はどうするんだ? 参戦するのか?」
「……うん。どうしよう」
壁にぴたりとくっつき、ひっそりとした声で確認を取ってくる同期の青年に、ラヴィアンは表面上だけ悩むような様子を見せながら、リュートと打ち合わせしたありとあらゆるパターンの作戦へ思考を巡らせる。
失敗は、許されない。
「あ……!?」
ふわ、と。空気と魔力の波動を感じた直後、扉のすぐ向こうに〝誰か〟の気配を感じ、ラヴィアンは小さな声を上げた。
「え?」
青年の瞳が「どうしたんだ」と訴えかけてきて、ラヴィアンは口元に苦笑を刻む。
「一歩遅かったみたい、ね」
「……な……?」
ラヴィアンの報告に青年の瞳は驚きで見開かれ、すぐに訴えかけてくる。
「早すぎる……っ」
おそらくリュートが宝物庫に侵入してから、そう時間はたっていない。
室内に納められている貴重な品々は、その一つ一つがさらに強固に保管されているというから、解除に手間取ると思っていたのだろう。
物理的な障壁は、高度魔術の前では意味がない。よって、宝物庫そのものはもちろんのこと、保管されている品々も魔術による盗難防止策が取られているのだが、リュートの手にかかればそれらの解除はそう難しいことではないに違いない。
「鍵はあってないようなものだし、想定の範囲内と言えば想定の範囲内ね」
ラヴィアンは、怪盗の成功を祈る側の人間だが、それでも幾重にも張り巡らされた盗難防止の魔術をあっさりと解呪してしまったリュートの優秀さには、少しばかりの嫉妬心が湧いてしまう。
現在の施錠技術と魔術を組み合わせた鍵が怪盗の手の中にある以上、第一関門を突破することは普通の扉を開けるようなもので、なんの時間稼ぎにもなりはしない。怪盗がかなりの魔術の遣い手だということを考えれば、たとえラヴィアンが事情を知らなかったとしても、この状況はなんの不思議もない想定の一つだった。
大体にして、この緊急事態においてさえ、宝物庫に入ることを許されたのが、ラヴィアンをはじめとした魔術士四人だけだというのも無理がある。その許可の条件もまた、室内の保管品を傷つけないこと、という無茶な内容だった時点で、ラヴィアンは早々に宝物庫に入ることさえ諦めた。
リュートの前に立ち塞がった魔術士三人も、そんな制限がある中では、たいした攻撃術も捕縛術も使えなかったに違いない。
ならば秘宝を別の保管場所に移動させればよかったのではないか、とは思っても、そう簡単にはいかないのが現実だ。
怪盗の狙いが秘宝だと、百パーセント決まっているわけではない以上、すべての貴重品を移動させることは難しい。そもそも、移動先が用意できないだろう。
そして、宝物庫の施錠が無効化されたとしても、保管品には一つ一つ、別の盗難防止策が取られている。
結果、鍵が盗まれてしまったことを差し引いても、そのまま宝物庫で保管したほうがまだ安全だという結論に至ったのだった。
「そんな悠長なことを言っている場合じゃ……っ、うわぁ……!?」
その時、突然開いた扉の向こうから突風が巻き起こり、宝物庫の外で待機していた警備団員たちが風から目を守っている間に、その前を人影が駆け抜けていった。
(! リュート様!)
ラヴィアンも目を凝らしていたものの、こちらへ顔を向けた怪盗――リュートと、一瞬目が合った気がした。
「追うわ」
宣言し、同期の青年へと振り返る。
「あとのことはわかっているわよね?」
「……あぁ」
魔術遣いには魔術遣いを。
ラヴィアンの有能さをわかってはいても、隠し切れない悔しさを滲ませる同期の青年に、ラヴィアンは淡々と口を開く。
「そしたらあとはお願い。わたしはこのまま彼を追うから」
前回も、怪盗から振り切られることなく追いつくことができたのはラヴィアンだけ。
「わかった」
重々しく頷いて、同期の青年はラヴィアンを真っ直ぐ見つめてくる。
「気をつけてな」
相手はお宝を狙う〝怪盗〟。命を奪うような真似はしないと思うが、それでも目的のためには手段は、かもしれないと声をかけられて、ラヴィアンはにこりと微笑んだ。
「ありがとう」
リュートは、秘宝を盗んだとしても、人の命までは獲ったりはしない。――心は……、わからないけれど。




