昔噺②
「元々魔力があった者が魔力を失った後、その者の子供の魔力がどうなるのか、例がないのでわかりませんが」
少しだけ困ったようにリュートは言う。
それはそうだろう。持って生まれた魔力を失う、などということが本来あるはずがないのだから。
「兄王子の妻となった女性は、兄王子が魔力を失った時、すでにお腹に子を宿していたらしいです」
子供はその時身籠っていた男の子一人で、他に子供はいなかったため、元々魔力があった者が魔力を失った後にできた子供にどう影響するのかは、結局のところわからない。
けれど、この二人の間にできた子供に関しては、とリュートは続ける。
「妻となった女性は〝聖女〟の家系だったらしいので、どちらにせよ子供が魔力なしということはないかと」
「〝聖女〟……」
新たに出てきた驚くべき情報に、ラヴィアンは見開いた目をリュートへ向けた。
「はい。もはや失われてしまった存在ですが」
現在は存在しない、かつては神に仕えていた女性。歴史書には、百年ほど前に最後の〝聖女〟が亡くなったと記されている。
「つまりリュート様は、王族と聖女の血を受け継いでいるということですか?」
「まぁ、そうなりますね」
それはかなりのサラブレッドだと驚くラヴィアンに、リュートは多少の謙遜を見せながらも苦笑した。
「とはいえ、聖女の力は女性にしか使えないものですし」
魔力の大きさは子供に影響しても、聖女が持つ特殊魔術は、娘にしか受け継がれない。
ラヴィアンが持つ治癒能力もその一つだ。少なくない数いる癒しの魔術を使える女性は、先祖のどこかに聖女の血が混じっていると言われている。
今はもう、かなり薄れてしまった聖女の力だ。偉大な聖女のように、瀕死の人間を助けられるほどの力はない。伝説となっている聖女は、奇跡の力を持ち、時の流れをも操ることができたというが、真偽は定かではない。
一つ間違いなく言えることは、〝聖女〟の条件を満たすだけの力を持った女性は、もうどこにもいないということだった。
「ん?」
リュートは、王族と聖女の血を継ぐ者。そこにひっかかりを覚え、ラヴィアンの眉間には皺が寄る。
「待って? 今の話を聞く限り、リュート様はブライス家の次男ではないのですか?」
リュートは、ブライス家の次男として王太子に仕えているはずだ。だが、今の話を聞く限り、リュートの家は先祖代々、血筋を隠してひっそりと存続しているように感じられた。
「はい。少しばかり記憶を弄る……、と言いますか、洗脳魔術のようなものを使わせていただいてしまいました」
「……なるほど」
申し訳なさそうに苦笑して、身分を偽っていることを告げるリュートへ、ラヴィアンは複雑な表情で頷いた。
病弱で表に出たことのないブライス家の次男が亡くなった時、周りの人間たちの記憶を少しばかり操作して、その人物に成り代わったのだという。
魔王討伐のためには仕方のないこととはいえ、存在を忘れられている本来の青年のことを思えば、胸を痛めずにはいられなかった。
「驚くべきことに、これらの話を王太子は知りません」
「え?」
話は終盤に差しかかり、悔しげに顔を歪めたリュートの言葉に、ラヴィアンの目は見開いた。
ここまでリュートの話を聞く限り、魔王の存在は王家でも代々語り継がれているのではなかったのか。
「もしくは、すでにその部分だけ記憶を抜き取られているか」
ぐっと拳を握り締めるリュートの姿に、すぐに状況を理解する。
たしかに、話の途中で少しおかしいと思ったのだ。魔王の話が語り継がれているのなら、王が傀儡となった時点で、王太子がなにも気がつかないなどありえない。
王太子が通常状態にあるのならば、リュートが己の身分を告げて秘宝を手にすることは簡単にできただろう。
つまり、リュートが単体で動いている時点で、王太子は敵ではなくとも味方でもないということを意味していた。
「それじゃあ……」
「はい。今の王家に協力を求めることはできません」
本来であれば、王太子とともに立ち向かうはずの国の危機。けれど、それは叶わない。
「僕一人でやるしか」
「そんな……」
ぐっと奥歯を噛み締めて決意を表わにするリュートに、ラヴィアンは愕然とした目を向ける。
「だから、協力してほしいんです」
ラヴィアンを真っ直ぐ見返すリュートの瞳は真剣そのもので、ラヴィアンの背中には緊張の汗が滲んだ。
「協力、って、具体的にはなにを?」
一介の魔術士でしかないラヴィアンに、いったいなにができるというのだろう。
手伝えることがあるのならば手伝いたいと思うものの、魔王相手では足手まといにしかならないのではないだろうか。
「警備の手を緩めてもらえないかと。つまりは、僕が秘宝を盗みやすい状態にしていただけると助かります」
「!」
申し訳なさそうに眉を下げるリュートの協力依頼に納得する。
「今の状態ですと、さすがに骨が折れそうで」
宝物庫の施錠が新しくなるまでの残り時間はあと二日。今日まで、警備体制が強化された包囲網をどう突破しようか頭を悩ませていたらしいのだが、強行突破以外の手段が思いつかなかったのだとリュートは苦笑した。
「決行は明日の夜。お願いできますか?」
真摯な瞳を真っ直ぐ向けられ、息を呑む。
ここまできて、今さらリュートを見捨てることなどできなかった。
「……わかりました」
不自然を感じさせないように警備を緩めるにはどうしたらいいだろう。
そのあたりの作戦をきちんと練らなければと急速に思考を巡らせながら頷けば、リュートは気持ちが緩んだようにふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「……!?」
元々綺麗な顔をしているとは思っていたものの、気を許したような無防備な笑顔を向けられて、ラヴィアンの頬は一気に熱くなった。
今この時まで意識していなかったが、よくよく見ればラヴィアン好みの綺麗な顔で、そんなふうに接しないでほしい。
「あぁ、それから」
その時。
「……ん?」
どこからか、「にゃあ~」という鳴き声が聞こえた気がして、ラヴィアンは木箱と木箱の間の影に目を落とす。
「猫?」
そこから現れ、リュートの膝に飛び乗ったその猫は。
(……どこかで……?)
似た種類の猫の個体区別などつかないが、それでもどこかで見覚えがあるような気がする黒と茶色のマーブルの毛並みに、ラヴィアンは微かに引っかかる記憶を手繰り寄せる。
「紹介しますね。僕の相棒のシャロルです」
「にゃあ~~」
リュートが頭を撫でながら紹介すれば、シャロルと呼ばれた猫は挨拶をするかのような鳴き声を上げた。
「あの時の……!」
思い出し、ラヴィアンの瞳は大きく見開いた。
リュートと中庭で会う前に見かけ。
そして、怪盗と対峙した時に、ラヴィアンの視界を駆け抜けていった猫だ。
「我が家に代々仕えてくれている、最後の聖獣です」
「〝聖獣〟!?」
それにもまた驚愕の声が上がる。
人が操る魔術は神の時代の名残だというのが俗説で、その神の時代には魔物や聖獣などが存在したとも言われている。
だが、神の時代から人の時代に移り行く中で、魔術は薄れ、魔物も聖獣も姿を消したというのが、現存する教会の教えだったりする。
リュート曰く、最後の聖獣だという猫そっくりの生き物は単体で卵を産み落とすため、子供を産むことは可能だが、〝生まれ変わる〟たびに人間と同じくだんだんと魔力が薄れていき、もはやかつての〝聖獣〟本来の魔力は失われているという。
「改めまして、リュート・アルベールと申します。シャロルともども、これからよろしくお願いいたします」
「にゃあ~!」
リュートがにこりと笑顔を作れば、シャロルも可愛らしい鳴き声を上げてラヴィアンを見上げてきた。
「こ、こちらこそ……」
怒涛の展開に、さすがに少しばかり頭がくらくらする。
今夜は長くなりそうだと、ラヴィアンは身を引き締めるのだった。




