第7話 「旅の道中、まさかの移動式屋台クラフト!?」
陽は傾き、草の丘を金色に染めていた。
その丘の上に、三人は静かに立ち止まる。
「よし、ここにするか」
煮介の声に、フィリーネが眉をひそめた。
「ここにするって、何よ?」
「屋台を……いや、“にすけ屋・弐号”を作る場所だ」
「は? ちょっと待って、それってどこかから出すとかじゃ──」
「出さねえ。作るんだよ。一からな」
そう言って、煮介は荷をほどきはじめた。
手斧、金槌、釘の束。
袋の中からは、木材や鉄の留め具、そしてなぜか竹製の車輪まで現れる。
「アンタの袋の中、一体どうなってるのよ……え、これ……自分で全部作るつもり……?」
「当たり前だろ。
屋台は“台所の魂”だ。
納得できる形にしねえと食う側の心まで届かねえ」
その目は真剣そのもので、手は迷いなく動いている。
釘を打ち、板を削り、接合部に手製の金具を打ちつける。
──カン、カン……ギィィ……カツッ。
風が吹くなか、夕暮れの丘の草原に、木材の削れる音と金属の打撃音が響く。
「にすけ……かっこいいのですっ……!」
「……くっ、こ、この程度で、べ、別にときめいたりなんかしてないわよ、わたしは……っ」
フィリーネが横目で煮介を見ながら、耳を真っ赤にしていた。
だが、黙って釘を差し出し、板を押さえてやるあたり、なんだかんだ協力的である。
「フィリーネ、そこの板、もうちょい上。ブリン、その車輪、持っててくれ」
「り、了解なのですっ!」
「ちょ、こ、こういうのって、あたしに頼らないとできないのね……ふふ、いい心がけじゃない」
太陽が地平に沈むころ。
屋台の骨組みが立ち上がった。
風よけの屋根、炭火用の竈、調味棚と収納スペース。
小さなのれんをかける横木には、フィリーネが即興で描いた文字――『にすけ屋』が揺れている。
「──ふぅ。
こいつには車輪を付けた。
名付けて、移動式屋台にすけ屋の完成だ!」
「そのまんまじゃないのよ!」
「ストレートなネーミングが、とってもにすけらしいのです!」
2人のツッコミを軽くスルーして煮介は手のひらを見た。
指にはいくつもの小さな火傷と、木くずの跡。
だが、その顔は誇らしげだった。
「すごいぃ……にすけ、本当に作っちゃいました……!」
「当然だろ。屋台はな、信頼と湯気でできてるんだ。
手間と想いが、料理の味を変える」
そう言って、彼は油と鉄鍋を取り出し、火を起こし始めた。
「さて……こいつで、次の“うまい”を作るとしようか」
フィリーネとブリンが、その言葉に静かに頷く。
夕暮れの中、屋台から最初の湯気が立ちのぼった。
──そしてその夜、にすけ屋には思いがけない客が現れる。
「……あんたら、ここで何を……?」
錆びた剣を腰に差した、痩せた青年。
その目には、どこか飢えと、渇きと、何かを試すような光があった。
「食っていくか? 一皿、作ってやるよ。代わりに――」
煮介はゆっくりと、鍋の蓋を持ち上げた。
「“お前の話”を、ひとつ聞かせてくれ」
⸻
草の匂いに混じって、ほのかに炭の香りが漂う夜の野営地。
丘の上、ぽつんと灯る明かり。
手作り屋台「にすけ屋」の竈に、静かに火が揺れていた。
煮介は湯気の立ち上る鍋の蓋を、ゆっくりと開けた。
「ほら、近づいてみな。腹減ってんなら、遠慮はいらねぇ」
――その言葉に、青年はわずかに反応を見せた。
月明かりの下、その青年の姿は痩せ細っていて、肩にかけたマントもところどころ裂けている。
だが、腰にはしっかりと一本の剣が提げられていた。
「……こんな夜に、火を焚いて料理してる奴なんて、正気とは思えないが」
「だからこそ、香りに釣られて来ちまったんだろ?」
煮介は笑い、鉄鍋に塩をひとつまみ。
鶏に似た風味を持つ獣肉に火を通し、香草の香りをまとわせる。
「アンタ、名前は?」
「……トウヤ。傭兵まがいの、流れ者だ」
「トウヤな。……じゃ、腹が減ってる流れ者に一つ、うまいもんをごちそうしよう」
トウヤの目が、鍋のなかの焼き鳥に吸い寄せられる。
焦げ目がほんのりと香ばしく、タレの照りが炎のゆらぎに揺れていた。
香草はこの土地の特産“キールリーフ”。
独特の清涼感が肉の旨味を引き立てる。
「……食っていいのか」
「代わりにトウヤ、“あんたの話”をひとつ聞かせてくれ」
煮介の声は優しく、だがどこか芯があった。
話さなくてもいい。
ただ、言葉にしてくれれば、それだけで、食事がもっと“沁みる”ようになると、彼は知っていた。
沈黙のなか、トウヤは皿を受け取り、ひとくち──頬張った。
「ん、こ、これは……っ!」
油が舌にのり、タレの甘みと肉のコクが広がる。
噛みしめるたびに、熱が、味が、腹の底へ落ちていく。
「……なんだ、これ……こんな……うまいもん……食ったことねぇ……」
ぽつり、ぽつりと、彼の声がこぼれた。
「昔、家が貧しくて……親父も母ちゃんも、口にするのは干し肉ばかりだった……」
「初めて、肉を焼いた香りを嗅いだのは他人の家の匂いを盗み嗅いだ時だった……」
トウヤは涙を流してなどいなかった。
だがその拳は、震えていた。
煮介は、火を弱めることもせず、ただ黙って、次の串を焼いた。
フィリーネとブリンは、少し離れた場所からその様子を見つめていた。
「……煮介ってさ、ああやって、人の心をほどいていくのよね」
「うん……にすけの料理は、“あたたかい”だけじゃなくて……“ちゃんと見てくれてる”って、そんな味がするのです……」
フィリーネはふっと鼻を鳴らした。
「べ、別に褒めてなんかないわよ。
ただ……あの人の作るものは、ちょっとだけズルいのよ……食べたら、なんか……泣きたくなるんだから……」
その言葉を、誰より煮介が聞いていた。
──経験値を獲得しました。
《供膳の恩寵》発動:人の心に刻まれる一杯
調理レベルが1上昇しました。
新たな副効果【癒しの食卓Lv1】を取得しました。
煮介は静かに目を閉じ、串をトウヤに渡した。
「……あんた、これからどうすんだ?」
「……さぁな。世界は広くて、冷たくて、うるさい。
だが……少しだけ、“うまい飯”のある場所があるって、知った」
その言葉に、煮介はにやりと笑った。
「じゃ、また腹減ったら来いよ。
次は塩で焼いてやる。
タレとは違う、素材の味が引き立つやつだ」
トウヤは短く笑い、火のそばから立ち上がった。
「……ああ、きっとまた来るさ。楽しみにしてるぜ、おっさん」
「……おい」
フィリーネがぷっと吹き出した。
ブリンもくすくすと笑っていた。
「オレ、この世界じゃ見た目二十歳なんだけどな……くそ」
そうぼやきながら、煮介は屋台にのれんをかけた。
──その夜、風は穏やかで、焚き火の音が星空に溶けていった。
だがその深夜。
フィリーネとブリンは幸せそうな寝顔で眠りについていた。
すると草原を揺らす風に乗って、一羽の奇妙な大きな鳥が屋台に近づいてきた。
なぜか嘴には卵のようなものをくわえている。
鶏の卵10個分はありそうな大きさだ。
煮介は一人呟く。
「……フィリーネ、ブリン。朝飯はちょっと変わった“玉子料理”になりそうだぜ」
──次回:「究極の朝のおかず、あの玉子料理が異世界に爆誕!?」
うまいは、朝から生まれる。