第5話「三人旅、そして小さな村の異変」
――鳥のさえずりが、朝霧の奥で響いていた。
「な、なにこれっ! ふわふわしてるっ!」
「それは“枯葉まくら”って言ってな、地面が湿ってるときに下に敷くといい」
「うふふぅ~! さすが煮介っ!」
ブリンは荷物の半分以上を自分で背負い、ピョコピョコと跳ねながら歩いていた。
その姿はまるで、旅を始めたばかりの新米冒険者――というより、遠足に浮かれる少女のようで。
「……ねえ、ブリン。ちゃんと、疲れたら言いなさいよ? 無理して倒れても知らないから」
「えへへ、だいじょーぶっ! フィリーネの分まで元気だからっ!」
「そ、そーゆーことじゃないのよ、まったくもう……!」
フィリーネはそっぽを向いたが、口元はほんの少しほころんでいた。
金髪のツインテールが揺れ、旅路に柔らかな彩りを添えている。
そんなふたりのやりとりを背に、煮介は山道を踏みしめる。
(……あの子、昨日からずっと笑ってるな。泣いてた顔を見た後だと、余計になんだか……)
温もりが、胸に広がった。
そこへ、ふもとの村が見えてきた。
「よし、あそこが目的地の村だ!」
「へぇ……意外と家、多いわね」
「でも、なんか、静かじゃない……?」
確かに、鳥の鳴き声のほか、人の気配がほとんど感じられない。
どこか“張り詰めた空気”が、村全体に漂っている。
「ちょっと様子、おかしいな……まずは挨拶だ」
煮介がそう言い、三人で村へ足を踏み入れたその時――
「……おい、誰だ!」
突如、家の陰から飛び出してきたのは、腕に包帯を巻いた初老の男だった。
「旅人か? 商人か? ……それとも魔物どもか!?」
「違ぇよ。オレたちは料理屋だ。屋台で飯を振る舞ってる」
「は……料理?」
男の表情が一瞬、緩む。
だがすぐに警戒の色が戻った。
「この村は今、余所者に構っている余裕などない。立ち去れ」
「その理由、聞かせてくれよ」
「……山の魔物どもに村の水源を占拠されちまったんだ。井戸が枯れ、作物は干からび、子どもたちは……くっ!」
言葉が詰まる。
「みんな、ひもじい思いをしてるのよね……?」
フィリーネが前へ出る。
「ねえ、そんな時こそ。煮介の料理、食べてみてほしいの。――力、湧くわよ」
ブリンもその隣でぴょこりと手を挙げる。
「わたし、ほんっとーにびっくりしたんだよっ! 涙出るくらい、すっごく、あったかかった……!」
二人の言葉に、男はしばし無言になった。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「……なら、ひとつだけ、条件がある」
「聞こう」
「ここから少し下った森の入口に、小屋がある。
そこに、“村の子供たち”が集まっている。
大人は食料を回せないから避難させてるんだ」
「……それで?」
「そこへ行って、飯を振る舞ってくれ。……もし、あいつらの顔が少しでも和らいだら、お前たちを信用しよう」
煮介は、無言で頷いた。
森の小屋は、苔むした木々に囲まれて、ぽつんと佇んでいた。
「うぅー……おなか、すいたぁ……」
「でも、がまん、しようって……おとなたち、大変なんだよ……」
扉の隙間から聞こえてくる声に、煮介は静かに鍋を取り出した。
焚き火を起こし、出汁をとる。
(今日は……昆布も鰹もないが、“干し茸”がある)
まるで肉のような旨味が詰まった、異世界産の椎茸風のキノコ。
それに、昨日フィリーネが仕留めた“似鶏”の骨からとった白湯風スープを合わせ――
「……雑炊だ」
香ばしい香りが、木漏れ日の中に立ち上る。
その匂いに、小屋の中から子どもたちの顔が次々に覗いた。
「……いい匂い……」
「ほんとだ、なんか……おなか、きゅーってなる」
「おじちゃん、だれ?」
「オレは煮介。料理人だ。……飯、食うか?」
無言のまま、こくりと頷く小さな子。
その手に、煮介は木の椀をそっと差し出す。
「いただきます……」
一口、その瞬間、ぽろりとこぼれる涙。
「うぅ……あったかい……!」
「ねえ、おかわり、いいの!?」
「お、おれも!」「ぼくもっ!」
【経験値+250】
【スキル成長:《供膳の恩寵》熟練度アップ】
【新スキル覚醒:《炊魂の庇護》──食事を通して一時的にHP回復・精神安定効果を付与】
フィリーネがぽそりとつぶやく。
「……あんたの料理ってほんと、魔法よりすごいわね」
「魔法じゃねぇよ。……和食だ」
ふと、ブリンが小屋の裏を覗いて、何かに気づいたようだった。
「ねぇ、煮介……あそこ……水、枯れてるみたい。小屋の井戸が、空っぽ……」
「……やっぱり、か」
村の本当の危機は、まだ奥にある。
水源を奪ったという魔物たち――そして、その先にある“異変の原因”を、オレは見極めなきゃならない。
次の戦いは、料理だけじゃ、済まないかもしれない。
だが、やるしかねぇ。
オレがこの世界に転生した意味を――“美味い飯で救う”ってことを、証明するために。
「……おいしかったぁ……」
「うん……なんかね、あったかいのが、ここ(お腹)だけじゃなくて……ここ(胸)まで来るの……」
子供たちの頬はほんのり赤く、空腹を満たしたというよりも、魂の芯からほぐれたように穏やかな笑みを浮かべていた。
「そっか。なら、よかった」
煮介は、使い終わった鍋をそっと洗いながら、ふと肩の力を抜く。
旅を重ねるうちに慣れたはずの調理だったが――
この瞬間、心のどこかが震えていた。
ブリンはというと、子供たちの中にすっかり溶け込み、
「にすけ!こっちこっちー!」と笑顔で手を振っている。
その様子に、フィリーネがぼそりと呟いた。
「……あの子、ほんと、すごいわね。あっという間に中心にいる」
「ま、あのくらい素直で明るけりゃな」
フィリーネは少しだけ、ツンと顔を背けた。
「べ、べつに……あたしだって、子どもは嫌いじゃないんだからっ!」
「なんも言ってねぇよ……」
小屋の中は、笑い声と残った出汁の香りで満ちていた。
そんな中、一人の少年が煮介のそばにやってくる。
「ねえ、おじちゃん……さっき、魔物のこと、聞いてたよね?」
「おじちゃ――……まあ、いい。ああ、聞いた。水源を奪われたんだってな」
少年は真剣な顔で頷いた。
「おれたち、知ってるよ。……たぶん、あの谷の先に住みついたんだ」
「谷の先……?」
「うん。おれたち、前に遊びで行ったんだ。でも、最近は“黒いもや”みたいなのが出てて……それで、みんな近づかなくなった」
「黒いもや……?」
煮介とフィリーネは顔を見合わせる。
「なんか魔物っていうより、“呪い”とか“瘴気”みたいなやつかも……」
少年は言いづらそうに視線を落とす。
「……それで、おとなたちも、もう水源を取り返すのを諦めてて……」
「諦めてる……?」
「だからボクたち、ずっと小屋でがまんしてる。がまんして、がまんして……でも、おなかすいたら、もう泣いちゃうし」
その声は震えていた。
その小さな体が抱えていた不安は、どれほど重かったか。
「そうか……教えてくれてありがとな」
煮介はその頭をそっと撫でた。
「オレが必ず、なんとかする」
夕暮れ――。
焚き火の光が、村の中心広場を優しく照らす。
「こ、これは……?」
「う、うめぇ……!」
「あれだ。あの、ほら……昔、祭りで食ったような……!」
次々と出される、“茸の白湯雑炊”と、“焼き似鶏の塩胡椒焼き”。
子供たちの様子を聞きつけた大人たちが、警戒心を抱きつつも集まり――一口、口に運んだ瞬間、表情を変えた。
「こんな……こんな味、何年ぶりだ……!」
「……この香り、沁みるな……」
涙をぬぐう老人もいた。
「こ、こりゃ、まさか魔法か……?」
「いや、これは“和食”だ」
煮介はきっぱりと言った。
「魔法も剣も使わん。ただ、食材と手間、そして心を込めただけだ」
その言葉に、周囲が静まり返る。
「……信じられん」
「オレたち、もう終わりだと思ってた……でも、食ったら、なんか……体が軽くなった気がする!」
「うおおお、なんか力が湧いてきたァッ!」
【経験値+400】
【スキル成長:《供膳の恩寵》Lv2】
【新スキル覚醒:《炊魂の灯》──“和食”の提供により一時的に士気・耐性が上昇】
フィリーネはその光景を見て、小さく笑う。
「……あの時、あなたを拾って正解だったわ。こんなに、笑顔を生み出す人だとは思わなかったけど」
「いや、拾ったのはオレで拾われたのはオマエだろ?」
「う、うるさいわねっ!どっちでもいいのよ、そんなのは!」
彼女の頬がふわりと赤く染まり、視線を逸らした。
(やれやれ……)
そんな中――ブリンがぽつりとつぶやく。
「ねえ、にすけ……」
「ん?」
「また、明日も作ってくれる?」
「もちろんだ」
「……そっか、よかったぁ~……!」
ブリンは嬉しそうに尻尾をふりふり。
周囲の子どもたちも、「あしたもくるの!?」「ほんと!?」「やったー!」と大騒ぎになった。
だが、煮介はその笑顔の裏にある“問題”を忘れてはいなかった。
――黒いもや。
――水源を奪った何か。
――そして、この村に押し寄せる“静かな絶望”。
「……オレたちの次の仕事は、そっちだな」
広場を見渡しながら、煮介は静かに息を吐いた。
腹が満たされた人々に、今、笑顔が戻った。
だがそれが永遠ではないことも、知っている。
明日、オレたちは“水の源”を奪い返す。
その先に、次の料理が待っている。
“出汁”のきいた、希望の一椀が。
──次回、「黒きもやと、源泉の守り手」
煮介の鍋が、今度は剣の代わりになる。
ついにバトル+料理の融合へと突入!
さらに深い感動と、謎の解明へ!