第3話「異世界焼き鳥、塩とタレで」
空は茜に染まり、夜の帳がゆっくりと森に落ちてくる。
煮介とフィリーネは、焚き火の前にいた。
その傍らには、一羽の見た目は厳ついが、肉質はどこか鶏に似た野鳥――名もなき異世界鳥の丸焼き前。
「焼き鳥……って、つまり鳥を串に刺して、焼くの?」
フィリーネが小首をかしげて見つめる先、煮介は無言で頷きながら小刀を動かしていた。
しなやかに、無駄なく、肉と骨を切り分け、均等な大きさにそぎ落としていく。
「串がなかったら、現地調達すればいい」
近くの木を削って細長い棒を数本作り、肉を貫く。
香草も摘んできて用意は万端。
だが――
「塩はある、が、問題はタレだな」
煮介は思案する。
甘味には森の蜜、塩味の土晶岩から精製した塩、醤油の代わりになる“黒樹液”を煮詰めた液体。
それに出汁の名残りとスモーク香のある“魔節粉”を加えた即興タレ。
「……悪くねぇな」
串を炭火の上に並べると、ジュウ……と食欲を刺激する音とともに脂が滴り、炎がはぜた。
「う、うわ……なんか、すごい匂い」
「これは塩焼き用。シンプルな方が、肉の味がダイレクトに来る」
煮介は塩をぱらりと振ると、もう一方の串には、即興タレを刷毛で塗っていく。
「う、うん。なんか、職人っぽい」
「……“ぽい”は余計だ」
【スキル《和食調理》熟練度が上昇しました】
【スキル《素材即興活用術》が発動しました】
【経験値+23/料理人レベルが0.45上昇】
火加減、香り、焼き目――どれも抜かりない。
煮介の手つきには迷いがなかった。
やがて、塩とタレ、それぞれの焼き鳥が焼き上がる。
「ほら。まずは塩からいけ。素材の味、ダイレクトだ」
フィリーネは串を受け取り、ひとくち。
「……っ、なにこれ、うそ、やばっ……」
串を握ったまま、目を見開く。
「肉が……ふわってしてるのに、ぷりってしてて、あっさりしてて、なのに味がある……!」
「焼き鳥は、火入れで決まるんだ」
「なにそれ、イケメンっぽく言わないでよ……!」
【供膳の恩寵が発動しました】
【フィリーネの満足度:高】
【関係性変化:好感度+2】
【経験値+28】
「つ、次は……タレの方も、もらうわよ!」
「どうぞお嬢さん」
「ばっ、べつにお嬢じゃないし!」
タレの方も一口、二口と食べ進めたフィリーネは、眉を下げてうっとりとした表情を浮かべた。
「……うぅ……なんか、あまじょっぱくて……ほっとして……もう帰ってきた気分……」
「故郷の味ってやつだな」
「ちがっ、違う! でも……でもっ……!」
【スキル《異世界慰撫調理》がわずかに発現しました】
【経験値+34】
【新称号を獲得しました:《屋台の癒し手》】
夜が深まる焚き火のなか、二人は焼き鳥を頬張る。
塩か、タレか。
いや――それはもう、些細な問題だった。
異世界で出会った二人が、初めて心の距離を縮めた夜。
串に刺さった肉片に、確かな絆が刺さっていた。
「なあ、フィリーネ」
「……なに」
「オレ、お前を腹いっぱいにするって決めたんだ」
「……! ……ふ、ふん……好きにすれば?」
耳まで真っ赤になったフィリーネが、もう一本串を手にした。
──そしてその背後、木陰から一つの影が、音もなく二人を見つめていた。
次回――「ボロボロの小さな来訪者」
異世界三人目のドラマ、はじまります。