第2話「出汁の香りとツンデレと」
――ぱきっ。
乾いた枝の折れる音に、煮介は目を上げた。
竹林の奥、風にゆれる木々の狭間から、一筋の光が差し込む。
そしてその光の中に、異様に整った影が立っていた。
……いや、整いすぎだろ。
まるでアニメのキャラクターが現実に抜け出してきたかのような存在感。
豊かな金髪は陽の光を受けて眩く輝き、ツインテールがふわりと舞う。
その顔立ちは人形のように美しく、蒼い瞳がこちらを見据えている。そして――
「…………アンタ、いったい何者なのよ……」
突然、怒りを帯びた声がした。
木々の間から現れたのは――
金髪のツインテール、スレンダーでありながら抜群のプロポーションを誇る、エルフらしき美少女だった。
しかしその気品ある美貌に似合わず、険しい目つきでこちらを睨んでいる。
「さっきから……ずっと、変な匂いがしてて……お腹が、ずっと……その……(ぐぅううううう……)」
少女は言葉を濁し、でもお腹の虫は遠慮なく鳴いた。
「なんでよっ! こんな林の奥で! こんな、(ぐぅううう……)変な香りさせて……ッ!」
彼女の瞳が揺れる。
怒りとも困惑とも言えない感情が交錯していた。
「責任取りなさいよっ……!」
「この……この謎のいい匂いのせいで、わたし、もう限界なんだからっ!」
煮介は竹製の椀を差し出しながら、少し笑った。
「まぁ、座れよ。まずは落ち着けって。……ああ、これ、味わってみろよ。オレの――“最初の一杯”だ」
少女はためらいながらも、椀を受け取る。
そして、そっと口をつけた。
ゴクっ……
「……な、なにこれ……!? ……え、口中に美味しいのが広がってく……ふ、ふにゃ……っ」
そのまま座り込み、手を胸に当てた。
「こ、こんなの……初めて……なによコレ、意味わかんない……ずるい……」
彼女の耳がぴくりと揺れる。
目尻には、涙のような光が宿っていた。
「……ねえ、名前。まだ聞いてないんだけど」
「ああ、オレは鮎川煮介。料理人だった男でこの世界でも料理人やってんだけどちぃと迷子になってんだわ」
「変な自己紹介ね……わたしはフィリーネ。別に名乗るほどの者じゃないけど……。でも……その料理、また食べさせてくれるなら……どっかの街までついてってあげても、いいかも」
「おう。歓迎だ、腹ぺこエルフ嬢さん」
「は、腹ぺこ言うなぁっ!!」
竹林に少女の叫びが響き、そしてどこか、ほんの少しだけ笑い声が混ざった。
──かくして、異世界の小さな林の奥で。
一人と一人の運命が、ふわりと香り立つように交差したのだった。
⸻
……で、アンタはどうしてこんな森の中にいたわけ?」
金髪ツインテールの美少女エルフ――フィリーネが、空になった椀を抱えながら問いかけてくる。
表情は相変わらずツンとしていたが、膝を抱えて座るその姿は、どこか安心しきった子猫のようでもあった。
焚き火に薪をくべながら、煮介はふと目を上げる。
「目が覚めたら、ここだったんだ。……どうやら“転生”ってやつらしい」
「転生? ……ふぅん。そんなのあるの?」
「オレも信じきれてるわけじゃない。けど腹は減るし、食材はそこにある。ならやるべきことは一つだ」
そう言って煮介は、鍋の中でコトコトと湯気を立てる“異世界一番スープ”をかき混ぜる。
昆布と魔節から抽出された、黄金色の旨味の奔流。
その香りに誘われるように、フィリーネが小さな声で言う。
「……もう一杯だけ、くれる?」
そう言って椀を差し出すと、煮介は笑ってそれにスープを注いだ。
【スキル《供膳の恩寵》が発動しました】
【経験値+17】
【料理人レベルが0.35上昇しました】
「……やっぱりズルいわよこれ……っ」
フィリーネは目尻に涙を浮かべながら、スープをすする。
「……少し、話せよ。あんたのこと」
静かにそう言った煮介に、フィリーネはしばらく沈黙し――やがてぽつりと言葉を落とした。
「……村が、焼かれたの。人間の商隊が通った後、突然。理由なんて聞かされることもなくて……気づいたら、独りだった」
「……」
「必死で逃げて……やっとここまで来た。でも食べ物もなくて、足がふらふらして……」
彼女は笑った。
寂しげに、けれど強く。
「そんな時に、あんな香りさせるなんて。……空気読まないにもほどがあるのよ、アンタ」
「ありがとよ」
「褒めてない!」
「……けど、美味かっただろ?」
「……悔しいけど、おいしかった。
なんか……懐かしかったのよ。
母さまが、何か煮てた匂いに似てた」
「ふむ」
「……っ、なによその顔。あんた、ほんと無神経ね!」
「よく言われる」
煮介の笑みに、フィリーネはむくれてそっぽを向いた。
だが焚き火の明かりに照らされたその横顔は、どこかあたたかい色に染まっていた。
「ねえ……」
「なんだ?」
「アンタ、これからどうするの?」
「食材を集めて、飯を作る。旨い飯を振る舞う。ただ、それだけだ」
「……ふぅん。とても単純ね」
「オレは料理人だ。余計なことは考えない。腹を満たす。それがすべての始まりだと思ってる」
「……じゃあ、その……横、空いてる?」
「もちろんだ。席料は一杯分の感想な」
「ふ、ふん。べつに、アンタのそばがいいとかじゃないからね? たまたま、椀が持ちやすいだけなんだから!」
「はいはい。ツンデレ属性採用っと」
「だ、誰がツンデレ属性よっ!!」
拳が軽く肩に飛ぶ。
煮介は笑いながら受け流した。
【スキル《異世界適応会話術》がわずかに成長しました】
【関係性変化:フィリーネ〜煮介 “興味あり”】
その夜、金髪ツインテールのエルフ少女と今昔和食職人の男は、焚き火の前で並んで出汁スープをすする。
香りと味は、ただのスープを越えて、何か大切なものを包み込んでいた。
──これは、和食の温もりが異世界を満たしていく物語。
まだ誰も知らない、美味なる旅のはじまり。
次回、「とりじゃないけど鶏っぽい!? 異世界焼き鳥、はじめました」へ続く!