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第12話 『海と命とラーメンと』



異国の香り漂う湯気の向こうから、風を裂くような気配が近づいていた。


屋台ののれんがふわりと揺れ、煮介たちの前に現れたのは、異様な威圧感を纏った女だった。


「なるほど。これが“人の心を溶かす一杯”か」


渋く低い声と共に現れたのは、武装した女傭兵隊長だった。


肩まで流れる黒髪は風にたなびき、手には大きな盾と槍の痕が残る軍服。


どこか東方の血を引くような鋭い瞳が、じっと煮介を射抜いていた。


「話は聞いた。腹を満たすだけじゃない……魂まで満たされる食い物がある、と」


その言葉に、フィリーネが身構える。


「なによ急に、あんた誰?」


「海傭兵団アクア・ブラッドの団長。名乗るほどの者でもないさ。だが、味にはうるさい」


「……面倒くさそうなタイプ来たわね……」


「オレの屋台に来てくれたんなら、食ってもらわにゃな。

ちょうど今、魂を込めた一杯ができたとこだ」


煮介は一歩踏み出し、静かに丼を差し出した。


「魚介濃厚ラーメン、だ」


女傭兵は一言も発さず、丼を受け取ると、まるで戦場で刀を見定めるような目つきで湯気を見つめ、やがて箸を手にした。


麺をすくい、口へ運ぶ。


──瞬間。


「……な、なんだ、これは……」


一口目。彼女の眉がわずかに動いた。


二口目。瞳が見開かれ、息を呑んだ。


三口目。無言のまま、スープを飲み干した。


「……ッッ!!」


湯気の向こうで、女傭兵は言葉を失っていた。


その姿はまるで、数多の戦場を駆けた勇士が、初めて“帰る場所”を見つけたかのような、安堵の気配に包まれていた。


「うまい、うますぎる……!」


「……そ、そういうセリフはダサいからやめてほしいんだけど……」


フィリーネがぼそりと呟く。


だが、女傭兵は気にも留めず、丼を抱きしめるようにして言った。


「こんな味……いままで様々な場所に行ったが……はじめてだ。

心の奥まで、沁み込んでくる……!」


そして、一筋の涙が頬を伝う。


「……こんなに、ちゃんと“生きてる”って思えたのは、何年ぶりだろうか……」


その横顔に、煮介は静かに笑った。


「腹を満たすだけじゃねぇ。

“飯”ってのは、生きる意味そのものなんだよ」


女傭兵は手を止め、ぐいと顔を拭った。


「……店主、あなたの名を教えてほしい」


「煮介。和の国から、こっちに来た料理人──ってとこだな」


「和の国、か。聞いたこともない国だがそんなことはどうでもいい。

煮介殿、頼みがある。

あたしの団の連中にも……このラーメンとやら、味合わせてやれないだろうか」


フィリーネとブリンが一斉に顔を上げた。


「え? 団って、何人くらい?」


「遠征中の海傭兵団アクア・ブラッド、100人ほどだ」


「ひゃっ、ひゃくぅう!? この屋台じゃ無理じゃ……」


「やってやるさ」


煮介が、笑う。


「屋台は移動できる。火も、道具も、腕もある。

なら──“食わせられない”理由がねぇ」


《経験値を獲得しました!》


《スキル《屋台拡張》が発現しました!》


《拡張機能:簡易厨房ユニット・複数対応カウンター・食材整頓棚・鍋強化 ──追加完了!》


「お、おい……なんか屋台が光ってるぞ……」


「うわあぁぁぁ!? な、なにこれっ、めちゃくちゃ豪華になってない!?」


「スゴイですっ!屋台が進化しましたっ!」


屋台の天板がスライドし、蒸籠や寸胴鍋がせり上がる。


棚が回転し、調味料と食器が整列した。


煮介はその真ん中に立ち、きりりと鉢巻を締め直す。


「百人だろうが千人だろうが、任せとけ。──今日は宴だ」


女傭兵は、笑った。


「……あたしには厨房に立つ資格はないが……皿洗いくらいなら手伝える」


「ほぉ? じゃあ一人目のバイトってことで」


その瞬間、火が灯る。


魂を満たす屋台の灯火が──今、世界を照らす。



――



沈みゆく夕日が、海辺の草原を金に染めていく。


煮介の移動式屋台は、その中央にどっしりと構え、風になびく暖簾が、まるで祭りの幕開けを告げるかのように揺れていた。


「おい、マジかよ……あれが“例の屋台”か?」


「ほんとにあんなもんで百人分作れるのかよ……」


ざわ……ざわ……。


すでに浜辺には百人近い兵士たちが集まり、その目には期待と半信半疑の光が宿っている。


海傭兵団アクア・ブラッド──

荒波を越えることを生業とし、常に命を懸けて戦う彼らにとって、食とはただの“燃料”でしかなかった。


だが今、彼らは気づかずにいた。


ふわり、と香ってきた“何か”に──心が、踊りはじめていることに。


「煮介っ、湯が沸いたわよ!」


フィリーネの声が響く。

頬には粉の跡、ツインテールが汗に濡れて少しだけしんなりしている。


「タレの方も準備OKですぅ! 焼きの担当はまかせて、にすけ!」


ブリンも、小さな手におたまを握り、まるで熟練の料理人のように跳ね回っている。


「じゃあ、いくぞ!」


煮介はひときわ大きな寸胴に向かって木製の大しゃもじを突っ込み、ぐるりと一気にスープをかき混ぜた。


「……うおぉっ、この香り……」


「こっちは“潮風ラーメン”! あっちは“味噌寄り魚介ラーメン”だ!」


「塩系、醤油風、魚介混合、全部盛り、替え玉ありだ! 飯の戦場へ、いざッ!!」


掛け声と共に、屋台が動き出す。


トッピング担当のフィリーネは慣れた手つきで海藻を刻み、燻製した謎貝スライスを華やかに盛り付ける。


「お、おい……このスープ、海の香りがする……いや、それ以上だ……」


「なにこれ、涙出てきた……おれ戦場よりこっちにいたい……」


「う、うめえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


次々と運ばれていく丼。

兵士たちが一口啜るたびに、その表情が、戦士から“少年”へと変わっていく。


がっしりした髭面の兵士が、すすり泣く。


「……俺、こんな優しい味、初めてだ……」


「こ、こんなの食ったら、もう遠征行きたくなくなるじゃねぇか……!」


とある若い傭兵が、ぽつりと。


「親父に……食わせてやりたかったな……」


沈黙が一瞬、風にさらわれる。


「だったら、いつか連れてこい。あんたの親父さんも、うまいもんを食う資格がある」


煮介の言葉に、若者が目を潤ませた。


「おっちゃん……ありがとう」


「……おっちゃんはやめろ、まだオレ、二十歳だぞ……」


「いや、でも言動が……」


「フィリーネ、今のはツッコミ案件だろ!」


「べっ、別に突っ込んであげるほどアンタのこと気にしてるわけじゃないんだからっ!」


「ツンデレ発動ぉぉぉぉっ!!!」


その瞬間、屋台が笑いに包まれた。


空を見上げると、無数の星が瞬いていた。


戦のない、穏やかな夜。

兵士たちの背中から、肩の力がすっと抜けていく。



――



「いい宴だったな」


女傭兵隊長が、静かに呟く。


「なぁ、煮介殿。アンタ……この味を、もっと多くの場所で振る舞ってくれないか?」


「……ああ。オレの夢は、誰かの“人生”を変える料理を作ることだ。

だったら場所は関係ねぇ」


《経験値を獲得しました!》


《スキル《食を繋ぐ灯》が発現しました!》


《効果:煮介が振る舞った料理が“縁”を生み、味わった者が次なる出会いへと導かれる》


煮介は少しだけ、空を見た。

その目に、何かを決意する光が宿っていた。


「次は……どこで誰と、メシを食うことになるのか。楽しみだな」


暖簾が風に揺れる。


この時はまだ煮介たちは知らなかった。


この傭兵団に闇を抱える若者がいる事を。


――


次話、『ラーメンは、闇を照らす灯になりうるか?』へ続く。





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