第10話「焼きの極意と魔法の万能粉」
――旅の途中、小さな交易所に立ち寄ったときのことだった。
「……ん? これはまさか……!」
煮介は一袋の粉を手に取り、目を見開いた。
淡い黄色を帯びた白い粉末。
手触りはさらさら。
香りはまだ弱いが――感覚が、訴えていた。
(これだ……間違いない。小麦粉的なやつ、ずっと探してた万能の素材……!)
【スキル《和醸精魂》が反応しました】
【食材判定──《魔法の万能粉》と認定】
【調理適性:粉焼・揚げ・蒸し・その他万能】
心の中に、軽快なアナウンスが響いた。
「へぇ、それ、使えるの? ただの白い粉かと思ってたけど……」
隣でフィリーネがツインテールを揺らしつつ、ちょっと興味なさそうに覗き込んでくる。
「ふっふっふ、甘いな、フィリーネ嬢。これがあればな、夢の“焼き料理”が一気に加速する!」
「……あんた、またひとりでテンション上がってるし!」
ふいっとそっぽを向くも、目の端はちゃんと粉に向いているのが、いかにもフィリーネらしい。
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交易所の主人から事情を聞き出したところ、この粉は山奥の村で“雲粉”と呼ばれ、偶然見つかった魔力反応植物を乾燥・粉砕したものだという。
名前の響きがアレだったが、煮介はそこを華麗にスルーし、「魔法の万能粉」と命名。
「まずは、焼くっきゃねえよな……!」
夜、屋台に戻り、焚き火の火加減をじっくり見つつ、煮介は早速“焼きの儀”に挑んだ。
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まずは定番、パンケーキを再現することにした。
玉子を溶き、万能粉と清水を混ぜ合わせる。
牛乳と発酵系の材料はなかったが、スキル《和醸精魂》が“焼き膨らまし香草”という代替素材を提案。
――混ぜる。練る。寝かせる。
じっくり待ったあと、鉄板の上で静かに膨らんでいく生地。
甘い香りが立ち上る。
「す、すごい……なにこれ……こんなのはじめて見る……!」
フィリーネの目がきらきらしてきたのを、煮介はこっそり嬉しそうに見ていた。
焼きあがったパンケーキには、即席の“和風シロップ”をかけて仕上げる。
果実と樹蜜から創造したオリジナルの逸品。
「ほら、食ってみ」
「……ま、まぁ、少しだけなら食べてあげてもいいわよ?」
一口――ぱくっ。
「(口の中ふわふわとろとろしゅわわ〜)…………っ!? な、なによこれ、ふわふわで、とろとろでしゅわってして、甘くて……幸せが口の中で踊ってるんだけど!?」
「そりゃあ、“焼きの極意”だからな」
【スキル《焼の極意 Lv1》を習得しました】
【焼き工程中の温度・時間制御が可能になります】
脳内アナウンスが、またしても心地よく響いた。
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翌朝。
「……次は、アレだな」
鉄板に油を引き、細かく切った素材を炒める。
万能粉で生地を作り、キャベツ的な野菜と肉、香草を混ぜ込み、丸く整え――
「ぐぬぬ、……やっぱアレがないと決まらんか……!」
“お好み焼きソース”。
あの濃厚で甘辛い、命のような存在がこの世界には存在しない。
ならば――作る!
果実の酢を使わずに酸味を出すには、トマト的な野菜と焦がし甘草を組み合わせ、スパイスは香草の調合で代替。
何度も焦がし、焦がし、焦がし……
「――これだ!」
鉄鍋の底に、深い色合いの“それ”ができあがった。
「お好み焼き・擬似ソース壱ノ型、完成だ!」
そして仕上げられた異世界初のお好み焼き。
フィリーネとブリンが同時にかぶりついた。
「んあ……! これ、ふ、ふふ、ふわっとして、でも香ばしくて……はぅうっ……!」
「おいしいのですぅううううっっ!!」
【経験値を獲得しました】
【調理レベルが上昇しました】
【スキル《焼の極意》が Lv2 になりました】
そして――
「……ねぇ、煮介。次は何作るの?」
金色の瞳で見つめてくるフィリーネに、煮介はニッと笑って言った。
「焼きが極まった今、次はこの魔法の粉と出汁の効いたスープでアレを作るぞ」
「なによアレって」
「気になるのです!」
「ふっ、まだこの世界にはない料理だ。楽しみにしておけ」
「んもうっ、勿体ぶってんじゃないわよ!てか別にわたしは気になってなんかないけど!気になんてしてないっつうの!」
「わかったわかった、なんで2回言ったんだよ(笑)」
――
読者の皆様は既にお気づきだろう。
和食職人50年の煮介が作る究極の一杯。
一体どんな見た目と味なのか、想像しながら次話を待ってほしい。
次回、「これが全世界の人に愛された日本食の究極B級グルメだ!」に続く!




