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第9話「持ち込み素材で和食変換サービス屋台、始動!?」


「──で? アンタ、また変なこと考えてる顔してるわよ?」


フィリーネのツインテールが揺れる。


少し離れた焚き火の光を反射して、金の髪が夜風にきらめいた。


「変ってこたぁねぇよ」


煮介は飯盒はんごうで炊けた白飯の香りを鼻に受けながら、木椅子に腰を下ろしていた。


「“持ち込み素材和食変換サービス”、明日から始めようと思う」


「……なによそのネーミング」


「素材さえあれば、金がなくても腹を満たせる。オレの料理でな」


「っ……」

フィリーネは一瞬だけ目を伏せる。

(あぁ、また……。そういうところ、ほんとズルいんだから)


「ただし条件がある。“心ある素材”に限る」


「“心ある”……?」


「食べた人の、記憶を震わせる素材。体だけじゃなく、心まで満たす料理にできるものだ」


その夜──屋台の白布には、こう書かれていた。


《和食変換屋台 にすけ屋──素材持ち込みOK!金は不要。心ある食材、歓迎》



朝。屋台の前に一人の老婆が立っていた。

手に、枯れかけの雑草の束。


「これな……村の北の崖にだけ咲く草でね。食えるかどうか、わからんけど……」


「ふむ。香りを嗅がせてくれ」


煮介はその草を指でこすり、鼻に近づける。


「……この苦味と渋味、もしかすると“ふき味噌”に近づけられるかもしれん」


「なっ、なによ。また得体の知れないものを……!」


フィリーネの抗議を背に、煮介は静かに炒め、刻み、味噌と炒め合わせた。


「できたぞ。白飯に添えて、どうぞ」


老婆は震える手で箸を取り、ひとくち。


──そして、涙を流した。


「……じいさんが、若いころ、よく山から採ってきたものと……同じ香り……。あの頃の……あの味じゃ……」


フィリーネは黙ったまま、そっと背を向けた。

(……ずるいって、言ったでしょ。もう)


《経験値+60》《調理スキル 熟練度 上昇》



次にやってきたのはガキんちょたち。


「おっちゃん! オレらが釣った謎のぬるぬる魚、食える?」


バケツに詰まっていたのは、目が三つ、ヒレが透けて光る魚──


「……名前が分からない。だが香りは……貝に近いな。炙ってみよう」


皮を丁寧に剥ぎ、串に刺して炙る。

照り焼き風のタレを塗りながら、煮介は言った。


「うまみは強い。よし、子供たちにもいける」


一口目、少年の目が見開かれる。


「な、ななななにこれっ!? ……甘くてしょっぱくて、香ばしい……っ!」


「おかわりいい!? おっちゃぁぁあああん!!」


笑いながら、フィリーネは天を仰いだ。

「バカみたいに素直……でも、ちょっと羨ましい……かも」



そして、あらわれた一人の青年が、淡い色をしたキノコを差し出した。


「これ……たぶん、魔菌です。村の裏山で偶然見つけたんですけど…」


「……魔菌」


煮介はその言葉に、一瞬だけ目を細めた。


「毒性が強い。だが同時に、極限までうま味を含む。調理に失敗すれば、食った側も、作った側もダメージを受ける」


「やめなさいってば! 死ぬ気!? ばっかじゃないの!?」


「……やるさ。誰もやったことがないものこそ、料理人の真骨頂だ」


魔菌を細切りにし、火を通し、渋味を抜いた出汁に浸して冷やす。


「──完成だ。“魔菌の冷製煮浸し”」


青年が口に運ぶ。しばらく沈黙した後──


「…………っ、う……美味い……っ!」


言葉が途切れ、しゃくりあげるように泣き出した。


「怖くて……ずっと誰にも言えなかった。でも……今、誰かにちゃんと見てもらえた気がする……」


《経験値+100》《調理スキル 熟練度大幅上昇》《スキル《未知素材適応力》Lv1 開花》


フィリーネは、目をそらしたままポツリと。


「……また誰か、救っちゃってるし……ズルすぎるわよ、アンタ」



しかし、煮介は厨房の奥で、ふとつぶやく。


「……足りねぇな」


「え? なにが?」


「酢、だよ」


「酢……?」


「食材の風味をまとめ、角を取り、全体の調和を生む……“酸”は、和食の裏の柱だ。

でも、この世界には“酢”がまだ……存在してない」


フィリーネは目を丸くする。


「え、それって……作れないの?」


「酢は、発酵の産物だ。

時間と菌と技術が要る。

そして、素材の相性もある」


煮介はふと、空を見上げる。


「……酢が手に入ったら、寿司ができる。

刺身とは違う、もう一段階上の“調和の和食”が。

だがそれまでは──我慢だ」


「……なら、探してきてあげようか? その酢ってやつの材料。

あ、べ、別にアンタのためってわけじゃないわよ、その寿司ってのがなんだかわからないけどちょっとだけ気になってるだけなんだから!」


フィリーネは背を向けて、それだけ言った。


「ツンデレって言わないでよね。

言ったら殴るから」


煮介は吹き出す。


「おう、期待してるぜ、ツンデr……っとと、フィリーネさんや」



その夜、屋台の前には小さな行列ができていた。


貧しい者、子供、老夫婦、冒険者の青年──


その誰もが、笑顔で煮介の料理を待っていた。


「オレが作るのは、ただの飯じゃねえ」


「生きてる味だ」


そして、彼の言葉は今日もまた、小さな誰かの心に灯を灯していた。


――


炊けた米の香ばしさと、ふき味噌のほろ苦い香りが夜風に混じり、村の広場にじわりと広がっていた。


「にすけ屋」の屋台には、次第に人だかりが増えていく。


「ほら、次のひとー。お待たせしました、“魔菌の冷製煮浸し”でございます」


煮介の木べらのリズムが、トントン、トンと軽快に鳴る。


フィリーネは盛り付けを受け持ち、ブリンが「いらっしゃいませ~!」と元気よく客を呼ぶ。


「にすけ屋」の看板は光っていないが、人の目にはキラキラ輝いて見えた。



「こりゃあ、すごかねぇ……。まさかこの苦いだけの草がこんな……!」


ふき味噌風の惣菜を頬張る老婆が、思わずほっぺを押さえる。


「おばあちゃん、前にも山で採ってたんだっけ?」


煮介が声をかけると、老婆は頷いた。


「昔の話さぁ……。あの崖道は、今はもう若いもんしか行けないよ。

道が崩れててねぇ。

けど、その先に“白の霧草”ってのが生えるの。

それが春先の風邪に効くって、村の爺さまが……」


「白の霧草、ね……よし、メモっとくか」


《情報取得:白の霧草》


「ブリン、白の花で、葉っぱが細長くて、朝露をよく吸ってる植物、知ってるか?」


「えっ、たぶん知ってるかもっ! ブリンね、前におなか痛いとき、それ煎じて飲んだことある~!」


「おぉ……医療用にもなるか。

食材に使えるかは後日確認だな」



次に現れたのは、先ほどの“魔菌”を持ち込んだ青年だ。

すでに目がうるうるしている。


「……これ、何度言っても言い足りないですけど、本当に、ありがとうございます。

もう、あの魔菌……“呪い”だとばかり……」


「それだけの素材だったってことだ。素材を生かしたのは、お前の選択だ」


「そういえば……裏山のもっと上に、“逆さ茸”ってのが生えるんです。

魔物がいて近づけないけど……たまにカラスがくわえて飛んでくるんですよ」


「逆さ茸? 上から生える系か……ちょっとクセの強い香りになりそうだな。煙で燻すと化けるかも」


《情報取得:逆さ茸》


「燻製!?」

フィリーネが思わず身を乗り出す。


「やだ、また新しいこと考えてる……顔がニヤけてる……こわ……」



そのうちに、子供たちが数人、ざざざっとやってきた。


「おっちゃーん! 今日も謎ぬるぬる魚、釣ってきたよー!」


「おぉ、ありがとな。

ぬるぬる魚、正式名称はまだ不明だが……いずれ看板メニューにするのもアリだな」


「なんかね、村の北の川に“跳ねるヤツ”いるって、おじちゃんが言ってたよ」


「跳ねる? 魚か?」


「ううん、たぶん魚じゃない。

でも水から出てピョーンって跳ねて光ってるって」


「……それ、もしかして“銀跳び貝”か……?」


ブリンが首をかしげた。


「銀跳び……それ知ってる。ときどき見かけるの。

でも誰も捕まえられないから、幻の貝って呼ばれてたよ」


煮介の目がキラリと光った。


「面白ぇ……海の香りと跳躍性、そしてこの世界の貝類の可能性──これは、蒸し料理にも応用できるかもしれん」


《情報取得:銀跳び貝》



そんななか──ひとりの老人が、ぽつりとつぶやいた。


「……おまえさん、もし“霞の谷”を越える気があるなら、気ぃつけな」


「霞の谷?」


「昼間でも霧がかかってて、道がねぇ。しかも、うかつに歩くと、“泥潮”に呑まれる」


「泥潮……?」


「そこには、“黒紅の大魚”がいるらしい。昔、“赤目の主”って呼ばれてた怪物魚だ」


煮介はふっと笑った。


「そいつ、唐揚げにできるかね?」


フィリーネが呆れ顔でぼそり。


「はあ!? またそんなこと言って……いっつもそうやって、料理で魔物退治みたいなノリするし……」


「いいだろ、料理人ってのは“命をかけて味を創る仕事”なんだぜ?」


「……バカ……」



夜も更け、人の波が落ち着いたころ。

煮介は屋台の隅で、調味料と食材を確認していた。


「酢だけが、ねえんだよな……」


ぽつりとつぶやいた声に、フィリーネが静かに隣へ座る。


「……さっきの、おばあちゃん。酢らしきモノの話してたよ」


「え?」


「昔、爺さまと一緒に、干し果物を甕に漬けて放置してたら、すっごい酸っぱい液体ができたって……」


煮介は目を細めた。


「……それって……もしかして、果実酢の初期段階か……?」


「酢って、そんなふうにできるの?」


「ああ。自然発酵さえ起こせば、オレの記憶と技術で再現できる。

だが、酢が生まれるには“時間”が要る。……だが逆に言えば、オレたちがこの世界に酢を“生み出す”ことも可能ってことだ」


「……っ!」


フィリーネの心に、小さく火が灯る。


(この人、本当に……この世界を変えていく気なんだ)


(“料理”で──)



煮介は木箱に食材をしまいながら、ふっと笑った。


「持ち込み素材サービス、第一日目──上出来だ」


「……次は?」


「次は──“焼き”の極意と、“香ばしさ”の魔法を教えてやる」


「誰に?」


「この世界そのものに、だよ」


「にすけ、カッコいいのです……」


「ふん、そのカッコいいセリフ、たまにはわたしに向けて言ってくれてもいいんじゃない!?……あ、ち、ちがくて、べべべ別にアンタからやさしい言葉が欲しいとかそんなんじゃないんだからね!勘違いしないでよね!」


「(ふっ、やれやれ。ツンデレエルフは今日もツンデレ全開だな)」


──次回「焼きの極意と魔法の万能粉」へ続く!

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