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戻ってきた……?

【灰燼】ガブリエルの軍勢に囲まれた時、俺は【白剥の呪縛】(ホワイト・チェーン)を使って、【星屑の集い】の皆を強引に逃がした。


あの時、【状態異常無効】を持つ俺だけなら、一人で生き残ることもできた。


それでも俺は、あの地獄の中心に自ら足を踏み入れた。


仲間を守りたかった━━━その行為に嘘はない。


けれど、なぜ、あれほどに守りたかったのだ。


なぜ自分のすべてを差し出してまで、皆を生かそうと思った。


記憶は確かにある。


行動の順序も、使用した魔法の詳細も、頭では理解できている。


だが、そこに感情がない。


熱も、光も、あの日の空気でさえ、まるですべてが白くなってしまったようだった。


ただ、目を覚ましてから、胸の奥がずっと軋んでいる。


あいつらの俺を見る目が、どこか遠くなってしまったから。


いつも、何かに押しつぶされてしまいそうな視線。


俺たちはいつだって笑っていただろ?


どれほど、過酷な旅路でも、傷だらけでも、泥に塗れても、最後にはいつも冗談を飛ばして笑っていたはずだ。


それなのに、どうして……


どうして、今のあいつらは、あんな顔で俺を見るんだ。


なぜなぜなぜなぜなぜ……?


俺が何か悪いことをしたのか?


━━━なぁ、教えてくれよ……『ゆうしゃ』さま……



「ん?」


目を覚ますと、俺は天井に向かって手を伸ばしていた。指先が虚空をなぞり彷徨っている。その手を追うように、涙の雫が頬を伝い、視界をぼやけさせていた。


━━━何か夢を見ていた気がする。


けれど、その内容は霧の中に包まれていて、思い出せない。


心に残ったのは喪失感だけだった。


目元を袖で拭うと、意識がはっきりしてくる。夢の内容は思い出せなかったが、俺が倒れる前の記憶は思い出された。


あの時、【飢餓の呪い】を使ったアレスティに気絶させられた。昔は【状態異常無効】があったから、俺には何の問題もなかったが、今の俺は”無敵”ではない、


サナリーの毒も、ミリーの魅了も俺には効いてしまうと考えた方が良いだろう。


「まぁ、死なないからどうでもいっか」


誰にも聞こえない独り言を呟いて、俺は再び視線を上げた。


すると、白いモヤが見える。


やはり、アレスティが言っていた死線とは違う気がする。


この白いモヤは、ただの寿命や終わりを告げるだけのものではない。


もっと根源的で、もっと静かな、何かの”境界”を告げているようだった。


「名前が、欲しいな」


この得体のしれない力を、俺の中に刻むために、名前を付けなければならない気がした。


純粋で、白く、何も知らなかった子供のような。それでいて、何もかもを見透かしてしまうような冷たさを宿した瞳。


【無垢ナル白瞳】(イノセント・ホワイト)━━━


呟いた瞬間、心の奥が静かに震えた。


「うん。中々いい名前じゃないか」


口にしてみて、しっくりきた。それが俺の新たな力の名称だ。


さっそく、【無垢ナル白瞳】(イノセント・ホワイト)を使って、傍にあったコップを見た。


コップの淵に、白いモヤが揺れている。それに指を添えるように軽くなぞる━━━





パリンッ!






乾いた破裂音と共に、コップがまるでガラス細工のように砕けた。


「あっ、いっけね」


こんなことをしたら、物を大事にしろって言われて、怒られるだけだ。後で謝らないと。


「ん?」


コップに手を伸ばした俺の右手に白いモヤが見える。


俺の掌から、腕、肩、そして、胸元へと、白い”線”が血管のように這っている。それは表面的なものではない。全身を縫うように、内側から、浮かび上がっていた。


「なんだこれ……?」


これは俺の【死線】……?


だとしたら、可笑しい。


俺は不死身だ。それこそ、何度も何度も殺されてきたが、こうしてギリギリで命を繋いでしまっている。


それなのに、なぜ今、これほど鮮明に自分の”死”が視えている?


それに【無垢ナル白瞳】(イノセント・ホワイト)で可視化されずとも、死の輪郭をあの牢の中で何度も何度もなぞられてきた。


やはり【無垢ナル白瞳】(イノセント・ホワイト)は物の寿命を見るだけの瞳ではない。


いや、それも一つの真実だろう。けれど、本質じゃない気がする。


知りたい━━━


この力の正体を。


無意識に、自分の手に浮かぶ白い線へと、指を伸ばしていた。


そして、ゆっくりと、その輪郭をなぞった━━━



空は沈んだ灰色に覆われ、冷たい雨が地面を叩き続けている。夕暮れの気配すらわからないほどの曇天。けれど、それ以上に私たちの間には沈痛な沈黙が続いていた。


シチューの柔らかな香りがリビングを包んでいる。けれど、その温かさが喉を通る気がしなかった。


「すまない……私が、もっとしっかりしていれば……!」


アレスティの声は雨音に紛れて、かろうじて届くほど小さかった。前髪の隙間から覗くその瞳は、己を攻め続けている光を宿していた。


「いえ……アレスティ先輩は間違っていないです。元をたどれば、私が……私が先輩から目を離したせいですから……」


ミリーもまた、唇を噛み締めて俯いた。掌は無意識に膝の上でぎゅっと握られ、指先が白くなっていた。


二人の震えは、怒りでも哀しみでもなく、己への後悔だった。


だから、私は━━━


「……やめましょう、こんな話。無意味だわ……」


静かに口を開いた私の声に、二人がはっと顔を上げた。


「サナリー……?」


「アレスティもミリーも何も悪くないわ」


そう言い切ると、また空気が揺れた。


二人は受け入れられないのか私を鋭く射抜いた。


「ッ……私がッ」


「違いますッ……!私のせいでッ!」


痛々しいほど必死に、責任を抱えようとする声が、雨音のように交錯する。


私はゆっくりと目を閉じて、それから静かに微笑んだ。


「マイスが……生きてたのよ?」


荒ぶっていた呼吸が止まるのを感じる。


「こんな反省会してたら……本人に聞かれたら、絶対、笑われるわ……そう、思わない?」


「━━━」


その姿は変わってしまった。かつての面影はすべて失われてしまった。


だけど、それでも、マイスは生きている。


「あとひと月もすれば、元のマイスに戻るわよ」


少しずつでいい。急がなくていい。身体も心も、癒していけば、いずれは━━━


「ああ、そう考えると憂鬱だわ。またスカート捲り対策に、風呂の覗きの対策もしないといけないのね……」


昔のマイスは悪戯好きの変態だ。元に戻ればそれはそれで大変だと愚痴を漏らしたつもりだった。


けれど、口にした瞬間


「━━━」


部屋の空気が一変した。さっきまでの沈痛な雰囲気は嘘のように晴れ、今度は妙な視線が私に集中する。


「何よ……その眼は……」


「一緒にお風呂に入って何を言っているんですかねぇ……」


「それに、声に艶があるぞ?何か心待ちにしていないか?」


二人が、片眉を上げて呟いた。


何を言うかと思えば、そのことか。


「ミリー……何度も言ってるけど、マイスと一緒に風呂に入ったのは治療のためよ。ここの温泉が身体に良いのは知っているでしょう?後、アレスティ。私、喜んでいないわ。とても、うんざりしているの」


この中では幼馴染で私が一番付き合いが長い。迷惑をかけられた数、悪戯の数は群を抜いている。


「どーだか。そういえば、思い出したんですけどぉ、サナリー先輩って、先輩にエッチな悪戯されるの好きでしたよね~」


「……違うわよ」


「ちゃんとこっちを見て言ってくださいよぉ?」


とんだ言いがかりだ。スカート捲りだって、私がされなかったら他の学院の生徒に行う。風呂の覗きだってそうだ。


下手したら退学になるところ、私だから許してあげているのだ。


まるで、好き好んで、わざと見せていたと言われるのは心外である。


「ミリレーラ。お前も人のことを言えないだろ……?」


「へ……?私?」


アレスティがターゲットをミリーに切り替えた。そして、すっと目を細める。


「悪戯と称して、マイスに触れたり、疲れた~と言ってマイスにおんぶさせたり……」


「はい。アレは先輩に責任を取ってもらわないといけないからですよぉ」


ミリーはどこ吹く風といった顔だが━━━


「ほぅ……」


一見余裕そうに笑みを浮かべるミリーだが、アレスティの瞳がギラリと輝く。


「マイスがサナリーや私に構ってばっかりの時、陰で『先輩のバカ……』って拗ねてたのはどういうことだ?」


「~~~~ッ!ちょっと、なぜそれを知ってるんですか!」


ミリーは顔を真っ赤にして机を叩いたが、私も好き勝手言われた分、しっかり返してあげよう。


「野営の時は寝ぼけたフリをして、マイスの布団に潜り込んでたのを見たわよ。『いい匂いぃ』とか呟いていたわね」


「な、何で起きてるんですかッ!」


全員寝ているのを見計らって、計算したのだろうが、そのくらいのことは知っている。


「ふふ、あざとくて可愛い後輩ね」


「素直になれば良いものを……」


「ううう~……可愛いって言わないでくださいッ……!」


ミリーは顔面真っ赤でゆで上がったタコのようだった。どうやら、秘密のようらしい。バレバレだけど。


世間的には”世界一の美少女”と評されているミリレーラだが、私たちからすれば、悪戯好きな可愛い後輩である。


「ま、結局、アレスティが一番の変態なのは確定ね」


「異論はないでーす」


「なぜだッ!」


ミリーよりも勢いよく机を叩いて抗議をしてくるが、ジト目が一斉に突き刺さる。


「貴方、液体や触手系の魔物が苦手よね?」


「そ、そうだが。斬ってもすぐ再生するし、そもそも液体だと斬ることができなかったりするしな……」


確かに、その手の敵は物理攻撃が効きづらい側面があったり、触手が次から次に再生したりする。魔法が使えないただの剣士なら今のアレスティの言い分は通る。


けれど━━━


「【飢餓の呪い】で消し飛ばせばいいじゃない」


「い、いや……そ、それは剣士としてのプライドが……」


「でもでもぉ~、即死系の攻撃をしてくる敵には容赦なく使ってましたよねぇ?」


「い、命の危険があったからだッ!」


「じゃあ、命の危険がなければ、その手の魔物にはわざと敗北するんですねぇ?」


「……」


ミリーの言葉に完全に固まる。私たちは追い打ちのように事実を立証する。


「スライムとかスライムとか、あとスライムとかですかねぇ」


「後は、特定の誰かさんが見ているところよね~」


「そうそう。まるで、自分を意識して欲しくて、わざと捕まっているようにすら見えましたよ~。まるで、囚われの姫騎士ですよねぇ」


「~~ッ!仕方ないだろうが!ずっと一人で生きてきたから、好きな男にどうやってアプローチすればいいのか分からんのだ!というか……お前らだけには言われたくない……ッ!」


ついに逆ギレした。


そして、言い返す暇もなく自爆。


「え、と、はい……」


「まぁ、その……」





━━━静寂。





━━━そう。【星屑の集い】はマイスの集めた変人集団だ。


問題は、メンバーのほとんどが仲間以外と交流していない。


世間一般の”普通”が分からないから、行動パターンもどこかに通ってしまう。


そのくせ、独占欲だけは誰よりも強い曲者揃い。


マイスが私たち以外にモテた時は、即刻黙らせに言った。


【勇者】の称号を得た時は、それはもう面倒で、面倒過ぎて、面倒だった。


普段はだらしなくて抜けてるくせに、たまに見せる真剣な表情に心臓を撃ち抜かれる。


そんなことを何度もされてきたから、私たちは━━━


「……ふふっ……久しぶりに笑ったわね」


「ほんとに……こんなに笑ったのいつ以来でしょう……」


「少なくとも、一年は笑っていないな……」


マイスがいなかった一年間、私たちは、ただ生きるために彷徨う亡霊だった。


命令されるがままに戦場に出て、感情を置き去りにしてきた。


まるで、死ぬために生きていた。


でも、私たちに笑顔が戻った。


それは紛れもなくマイスのおかげだ。


「……先輩は絶対に元に戻ります。だから、どんなに辛いことがあっても我慢しましょう……ッ!」


「……まぁ、よくよく思い出してみればマイスには常に振り回されていたしな。今とそんなに変わらん……」


パーティに灯る柔らかな明かり。


今この場にマイスはいない。けれど、彼が帰ってきてくれた、その事実が私たちに未来を示してくれた。






━━━ドゴン!







「「「ッ」」」


空気を震わせる爆音が、突然、二階から鳴り響いた。


私たちは反射的に立ち上がり、顔を見合わせること間もなく、一斉に階段へ駆けだした。


そして、音の発生源である扉を開けた瞬間━━━






「はは、そうだよ……俺にはこれがあったじゃないかッ!何で忘れてたんだ、馬鹿っだなぁ!」






マイスは興奮した様子で、何かに取り憑かれたように、獰猛な笑みを浮かべていた。


すると、私たちに気付いたのか緩やかな笑みを浮かべた。


「ん?ああ、お前らか。おはよう……ってこんな時間におはようって可笑しいか」


あまりにも自然で、あまりにも彼らしくて一瞬こちらの心拍が緩んだ……のは一瞬だった。


次の瞬間に目に飛び込んできたものが、私たちの思考を凍り付かせた。


━━━マイスの右腕が血に染まり、炭のように焼け爛れ、黒煙が立ち上っていた。



「何をしてるのッ!?」


怒鳴り声が炸裂した次の瞬間、サナリーが駆け寄ってきて、俺の前で膝をついた。迷うことなく手をかざし、回復魔法を発動させる。淡い光が俺の右腕を包み、裂けた肉と骨がじわじわと再生していくのがわかった。


その間、アレスティとミリーは一歩距離を取って、俺を凝視していた。


まるで、触れたら壊れてしまいそうなものを見るように。


「……一体、何を……?」


アレスティの疑問に、肩をすくめた。


「実験だよ。実験」


「実験……?」


怪訝そうな表情を浮かべる彼女たちに、俺はゆっくりと頭を下げた。


「ごめんな。魔法も、剣もくだらないなんて言って……」


「え?それは……」


ミリーが言葉を詰まらせた瞬間、俺は軽く笑って続けた。


「やっぱさ、俺がやってきたことって、無駄じゃなかったんだ。昔みたいに、魔法は使えない。だけどさ、全部、全部、必要なことだったんだ……」


「先輩……!」


「マイス……!」


ミリーとアレスティが涙を浮かべながら、嬉しそうに俺を見ていた。


ようやく、彼女たちを笑わせてやれた。


けれど━━━


「ふざけないでッ……!」


サナリーの声が部屋中に響き渡った。そして、俺を強くにらみつけた。


「そんな怪我をするような危険な実験って何よ!?その腕は……!一体、何をしたら、そんな傷になるのよッ……!」


怒りと不安が入り混じったサナリーの声が震えていた。


「部屋を汚くしたのは悪いと思ってる」


「そういうことじゃッ……!」


俺は苦笑しながら頭を掻いた。


「まぁ、心配すんなって━━━お前らのおかげで、俺は……かつての俺を完全に超えたよ」


「は……?」


困惑した表情で眉をひそめたサナリーに対して、ミリーとアレスティの瞳は希望の光で満ちていた。


「何?何ですかそれ!早く教えてくださいよぉ、先輩!」


「まさかとは思うが、剣の奥義。そのさらに上をッ……!?」


「はは、落ち着けって」


そう言って俺は立ち上がった。


「とりあえず、明日、どっかの森で魔獣を討伐しに行こうぜ。色々試してみたいことがあるんだ」


この胸の高鳴り。失っていた感覚が戻ってくる。新しい何かに挑む、この熱量が。


「アレスティ先輩!これって……!」


「……ああ!マイスが……!」


瞳を潤ませながら、アレスティが堪えきれず声を震わせる。隣では、ミリーが声にならない嗚咽を漏らしていた。


「だから、何で泣くんだよぉ……」


「だってぇッ……」


困惑まじりに笑う俺に、彼女たちは言葉を返せなかった。けれど、不思議と不快ではない。むしろどこか心地よかった。


多分、これが正解だったんだ。皆が待ち望んでいたものは、これなんだ。


サナリーが回復魔法をかけ終わって、手を離した。そして、心配そうに俺を見上げた。


「……本当に、大丈夫なの、よね……?」


「ああ。俺を、信じてくれ(・・・・・)


「……そう」


サナリーも一先ず納得してくれたようだ。


「それより、下からすっげぇいい匂いがするな!シチューか?」


「はい!サナリー先輩が作ってくれたんですよ!」


「やったぜ!早く行こうぜ!」


笑いながら、俺は勢いよく階段を駆け降りる。ミリーとアレスティの声が後ろから追いかけてくる。


久しぶりに、全身の歯車が嚙み合ったような気がする。


何もかもが動き出した。


過去じゃない。今、この瞬間に。


「本当に、大丈夫なのよね……?」


サナリーが、ぽつりと呟いた言葉が俺の耳に届くことはなかった。








━━━いや、本当に楽しみだ。


お前らに絶望的な(・・・・)力を見せてやる瞬間がさ。

『重要なお願い』

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執筆のモチベーションになるので、どうぞよろしくお願いいたします!

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