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アレスティ=ノーリッズside

「君を騎士に?うちは疫病神を雇うほど酔狂じゃないんだ。悪いけど、他を当たってくれ」


━━━そんな言葉を、私は何度耳にしたのだろう。


学院の石畳を歩くたびに浴びせられるのは、嘲笑。軽蔑。


それらすべてが、毒のように心に染み込んでいく。


これでもう、九十九件目だった。


私━━━アレスティ=ノーリッズの実家、ノーリッズ家は、代々レティシンティア王国に忠誠を誓った名門の騎士一族である。剣を掲げ、忠義を胸に、守護する者たち。誰もが誇り高く、勇敢だった。


私もまた、その血を継ぐ者として、幼い頃から当たり前のように思っていた。いずれは剣を取り、優れた名君のために命を懸ける日が来るのだろうと。騎士とはそういうものだと、何の疑いもなく信じていた。


━━━あの日、【飢餓の呪い】が発動するまでは。


それは突然だった。私の内に眠っていた魔法が目覚め、周囲を蝕み始めた。周囲にあるものからエネルギーを枯渇させていく。生物だろうと、無機物だろうと変わらなかった。


近づけば、命が削れる。ただ“存在する”だけで、私は人を傷つける。


枯渇”魔法”なんて生易しいものではない。呪いだった。


以来、私の周囲には恐怖と忌避の眼差しがつきまとうようになった。家族さえ、かつてのようには近寄ってこない。どれだけ気をつけても、誰かを傷つけてしまうという恐怖と罪悪感が、心を蝕んでいった。


そんな私に唯一残された希望は魔剣【デヴォラー】だけだった。


両親が私の【飢餓の呪い】をコントロールするために、与えてくれたものだったが、効果は絶大だった。


黒銀の刀身に、異質な魔石が埋め込まれたその魔剣は、周囲の魔力を吸収し、任意のタイミングで放出する性質を持っていた。


【飢餓の呪い】を抑える手段は他に存在しなかった。デヴォラーを常に携え、呪いの発現を刀身に逃がすことで、私はようやく“人と共に在る”という、ただそれだけの当たり前を取り戻せたのだ。


だが、それでもなお、私は“普通”には戻れなかった。


デヴォラーによって呪いを制御できるようになってからも、人々の目が変わることはなかった。むしろ、抑えられるようになった今だからこそ、彼らは私を一層はっきりと“忌むべき存在”として認識したのだ。


「近付いてはならない女」

「疫病神」


私に待ち受けていたのは差別と孤独だった。


それでも捨てられたり、命を奪われたりしなかったことは不幸中の幸いだったのだろう。


もしかしたら、私が【飢餓の呪い】に身を委ねて犠牲者を出すことを恐れたのかもしれない。


その恐怖と親としての義務感が感情を押し殺して、私を家族として縛り留めていたのかもしれない。


どちらにせよ【飢餓の呪い】を発動してから、私の傍に残されたのはデヴォラーだけだった。


だから、毎日、毎日剣を振った。


人形も、お菓子も、友だちも、すべてを失くした私にとって、剣を振ることだけが、自分の気を紛らわす唯一の行為だった。


幼い私には、あまりに重く、鋭すぎる日課だった。


けれど、幸いなことに、私は剣術が嫌いではなかった。むしろ、好きだった。


だからこそ、厳しすぎる環境中でも、私は夢中で剣を振った。


いつか私が仕えるべき主君のために。忠誠を捧げる日が来ると信じて。


━━━その”誰か”が、この世界のどこにもいないと知らぬままに。





「はぁ……」


気付けば、学院では剣の腕はトップクラス。容姿も、鏡を見れば整っていると自覚できる。


けれど、【飢餓の呪い】という消えない烙印が私の邪魔をしていた。


デヴォラーがあるから周囲に害を及ぼすことはない。少なくとも、デヴォラーを手にしてから、誰かが【飢餓の呪い】の被害に遭ったという話を聞いたことがない。


どれほど訴えても、説明しても、誰も信じてくれない。


「自分の命を脅かす可能性のあるやつを騎士として雇う奴なんているわけがないだろう?」


そう呼ばれ、陰で笑われるたびに、何度も何度も、心を抉られた。


爆弾は爆弾だ。暴発する可能性があるというだけで近くに置きたいと思う人間などいるはずがない。


どれだけ自分を磨き続けてきたとしても、誰も私を騎士には選ばない。気高きノーリッズの血を継いでいても、それだけは救われない。


「冒険者になるしか、ないか……」


文官などガラじゃない。そもそも権力の中枢にいたところで精神的に参ってしまうに決まっている。


私のことは上流階級になればなるほど知っているのだから。


けれど、冒険者になっても、果たして私のような”疫病神”を仲間に迎える者がいるのだろうか。


「ぐ……ッ」


限界だった。強がるのも、独りぼっちなのも。堪えていた涙が、零れ落ちた。


誰かにこんな姿を見られたら━━━


「あ」


……最悪だ。


よりにもよって、その瞬間、黒髪の青年とがっつり目が合ってしまった。


あっちもなにか見てはいけないモノを見たかのようにわたわたと視線を動かしていた。


次の瞬間、コホンと咳ばらいをしてやたらと真剣な決め顔で言った。


「お嬢さん。貴方に涙は似合いませんよ」


私の涙は完全に見られていたようだ。


思わず、視線を逸らして、誤魔化そうとしたが、気付けば手が勝手に目元を拭っていた。


そして、私は小さく、ポツリと口に出していた。


「ダサい……」


「酷いッ!?」


私の一言は目の前の青年にクリーンヒットしたらしい。分かりやすいほど動揺し、肩を落として震えていた。


「その前髪はなんだ。わざとやっているのか?無理に作った笑顔も気色が悪い。目くばせも下手で、両目つぶってたぞ。口説き文句としては0点だ。吐き気がする」


「な、何で俺は出会い頭にここまでフルボッコにされてるんだ……?」


「知らん……」


自分でも驚くほどに軽口が出ていた。普段ならこんな会話、絶対にできないのに。


けれど、この男には妙な気安さがあった。気付けば、私の隣にある窓辺にもたれ、外の景色をぼんやりと見つめていた。その横顔を見て、つい口が滑る。


「……黄昏れてるところ悪いが、ダサいぞ。格好つけてるのがバレバレだ」


「ち、ちちち違うわ!すげぇ暗そうな顔をしてたから、慰めてやろうと思ったんだ!」


━━━図星だろ。


「弱ってる女がいれば、誰にでも声をかけそうな軽薄さが、その態度に出ているわけか……」


「ねぇねぇ、俺が人生相談するぞ!?議題は俺がモテる方法だ!」


「無理だな」


「ちょっ……そこまで即答しなくても……」


めそめそと肩を落とす彼の姿はあまりにも無防備だった。


けれど、やはり嫌悪感は感じなかった。


むしろ、言葉や仕草の端々に滲む善意が、じんわりと胸に染み込んだ。


敵意も、侮蔑も感じない。ただ、純粋な善意。


それだけで十分だった。だから、ほんの少しだけ言い過ぎたことを謝ろうとしたその時、彼はポリポリと頭を掻き、ため息を漏らした。


「はぁ……もういいや。これ以上は俺の心が折られてちまう」


肩を落とし、ため息と共に小さく笑った。そして、凛とした表情で私を見る。


次の瞬間、静かで確かな声音で口を開いた。


「アレスティ=ノーリッズ。あんたに頼みがあって来たんだ」


「私に……?」


警戒心が一気に跳ね上がる。私に頼みなんて言う人間がいるはずがない。思わず、声を低くして問い返す。


「貴様、誰だ?」


「俺はマイス=ウォント。次代の【勇者】候補だ」


「マイス=ウォント、だと……?」


その名前に思わず眉をひそめる。


最近、学院内ではあるパーティの噂で持ち切りだった。たった三人で魔人を狩るという、型破りな集団。


名を【星屑の集い】と言う。そして、そのリーダーの名前がまさしく彼だった。


ただ━━━


「ええ……こんなのがぁ……?」


「ごめんね!こんなんが【勇者】でさ!こんちくしょう!」


地団駄を踏む姿からはむしろ子供にしか見えない。私は取り繕うように咳をした。


「……そんな大物が一体私に何の用だ」


すると、マイスは屈託のない笑みを浮かべて言った。


「俺のパーティに入らない?」


「は?」


「あ、冷やかしとかじゃなくて、マジのマジだからね?」


一瞬、脳がフリーズする。言葉の意味が理解できなかった。


私は今、あの【星屑の集い】に誘われたのか……?


「い、意味が分からない……」


彼はマジだと言ったが、とても信じられない。冗談か罠か、それとも憐れみか。警戒心が強まる中、彼は真剣な表情で言ってのけた。


「君を一か月間観察してたんだ」


「気持ち悪……」


「話を最後まで聞いてくれよぉ……」


即座に吐き捨てたが、マイスは少しだけ動じた後、咳払いを一つ。


「俺はさ、自分の眼で見たもの以外、信じない主義なんだ。仲間にするならなおさら、な」


そして、次の言葉が空気を変えた。


「あんたに惚れた」


「……は?」


その言葉は、思考の渦を一瞬で吹き飛ばすほどの、衝撃的だった。


「不覚にもあんたの剣に見惚れてしまったよ」


「あ、ああ。ありがとう」


やっとのことで、そう返すのが背一杯だった。唇が少しだけ震える。


安堵と、ほんの少しの苛立ちが胸をかき乱す。


私の”剣”に惚れたと言ってくれたのだ。


剣は私の人生のすべてと言っても過言ではない。とても嬉しい。


けれど、


━━━紛らわしいことを言うな……ッ!


そんな文句を心の中で叫びながら、なんとか冷静さを保とうとする。


「ん?どうかした?」


「いや、なんでもない……」


私の混乱も誤解も一切知らず、純粋に剣を称える彼にその顔を見ると、殴りたいという衝動が湧いてくる。


━━━ここで感情的になったら、負けな気がする。


自分に言い聞かせるようい呼吸を整える。マイスは、そんな私の葛藤を知る由もなく、嬉々とした様子で言葉を重ねた。


「あの技術、鍛練の果てにある一太刀、まるで意志を持つ刃だった。洗練されてて、無駄が一つもない。俺も剣士の端くれだから、あんたの剣が本物だというのは分かるんだ」


だから━━━


「俺のために剣を振って欲しい。俺たちを守ってくれ」


「ッ」


胸の奥が熱くなる。


その言葉がどれほど重いものか彼は知らないはずだ。


この力を恐れられ、拒絶され、どれほどの孤独を味わって来たか。


そんな私に「共に戦ってほしい」と真正面から言ってくれた人間は、誰一人いなかった。


けれど━━━だからこそ、私は首を振った。


「マイス=ウォント。貴方の言葉は、何よりも私を揺さぶった。本来なら、今すぐにでも膝をついて忠誠を誓うべきなのでしょう……でも、だからこそ、貴方のパーティには入れない」


「え……?何で?」


「【飢餓の呪い】だよ……」


私は本当に愚かだ。


ようやく巡ってきたチャンスを自分から不意にしようとしているのだから。


私は愛剣【デヴォラー】をそっと地に置く。次の瞬間、周囲の空気が震える。


私の周りだけ、石畳が白く乾いていく。眼に見えない何がが、周囲から確実に命を奪っていく。


けれど━━━


「へ~。こいつはすげぇや……!なるほど、こんな力を悪用されたら、みんなビビるわな……はは、すげぇ……!」


「は?え、な、何で……?」


私はただ、茫然と彼の顔を見つめるしかなかった。


普通なら、逃げ出すか、引きつった顔で後ずさる。プライドの高い者、体力に自信のある者はやせ我慢で強がりながら、最後には【飢餓の呪い】の餌食になる。


それなのに、マイスは違った。


ただ、普通に佇み、瞳を輝かせながら、まるで新しい玩具でも見つけたかのように、熱を込めて告げた。


「なぁ、【飢饉の呪い】と言ったか。この力は一体何なんだ?というかそれは魔剣か?全部教えてくれ!」


「え?そ、それは」


私は【飢饉の呪い】のことを話した。デヴォラーが呪いを吸収してくれているおかげで私は普通の日常生活を送ることができること。そして。私は【飢餓の呪い】を放出することによって、私は剣士としてほとんどのものを斬れるようになったこと。


気付けば、私の境遇から生き方まで必要のないことまで打ち明けていた。


ふと、外を見ると、もう月が見え始めていた。


「━━━す、すまない。話過ぎた」


「いやいや、すっげぇ面白かった……」


マイスは一言も漏らさぬように聞いていた。


呼吸すら忘れているかのように、純粋な好奇心に満ちたその瞳に促されて、ここまで話してしまったことが少しだけ恥ずかしかった。


「なぁ、アレスティ。俺はあんたの話を聞いて、ますます気に入った。ぜひ【星屑の集い】に入ってくれないか?」


「いや、だが」


「俺はアレスティが欲しい……」


「~~ッ!だから、そういうことは……「はいど~ん☆」は?」


突如として、横から飛来した影により、マイスの身体が吹き飛ばされた。彼は勢いよく地面を転がり、反対側の壁まで転がっていった。


あまりの展開に私は言葉を失った。


「な、何すんだ!ミリー!」


「はぁ、さっきから我慢してみれば、この阿呆先輩はぁ……」


フードを目深に被った小柄な少女。全身をすっぽりとローブに包みながら、やけに甘ったるい口調で憎まれ口を叩く。その声には少しだけ棘が含まれていた。


「ねぇねぇ、先輩?アレスティ先輩を仲間に誘うって話でしたよね~?」


「ふぁあ」


「じゃあ、何で『俺はアレスティが欲しい』なんて乙女心を弄ぶ誘い方をしているんですかぁ?馬鹿ですかぁ?馬鹿なんですかぁ?馬鹿ですよねぇ?」


「ちゅねらないで~(つねらないで~)!」


そして、ミリーと呼ばれた少女が振り返ると、そのフードの隙間から、深い蒼の輝きが私の心を射抜いた。


綺麗だ。


咄嗟に浮かんだ感想はそれだけだった。


「はぁ……その馬鹿を放しなさい、ミリー……こうなることは分かっていたでしょう?」


「は~い」


そう言って、黒髪の僧侶が私の方を見た。彼女のルビーの瞳には底知れぬ深みを感じた。


「初めまして、アレスティ=ノーリッズさん。私はサナリー=グリノール」


「私は、ミリレーラ=アレクシスで~す!これからはミリーちゃんって呼んでくださいねぇ。アレスティ先輩」


「ミリレーラ……サナリー……」


その名に聞き覚えがあった。【星屑の集い】のメンバーたちだ。


「何で、お前らが来るんだよぉ。俺に任せろって言ったじゃん!」


「そこの馬鹿は放っておいていいわ」


サナリーが無感情にバッサリと切り捨てる。そして、改めて私の方を真っ直ぐ見据えながら、彼女は告げた。


「アレスティ=ノーリッズ。王女様から正式な伝達よ」


「……え?」


王女様……?


思わず、漏れた間の抜けた声。理解が追い付かないが、サナリーは淡々と告げる。


「『【星屑の集い】に入りなさい。これは命令です』」


あまりにも断定的な物言いに私は絶句してしまう。


「【星屑の集い】は王女様の近衛騎士団も兼ねているんですよぉ」


「え……あ、いや」


「ちゃんと書類もあるわ」


サナリーが懐戸から一通の封書を差し出す。その封蝋には、確かに王家の紋性が刻まれていた。


ありえないことが立て続けに起こり続けて、軽くパニックを起こしていた。


一体、何が起こってるんだ?


「ごめんなさいね。うちのリーダーが迷惑をかけたようで……」


「あ、いや。それなりに楽しかったから……別に」


マイスのことは軽薄で調子の良い人間だと思っているが、それでも彼との会話は楽しかった。


何より、私を心から必要としてくれた。


それだけで、胸が熱くなり、頬が上気する。


「……はぁ、こうなるのね」


「いや、あの感じはまだですよ」


「”まだ”……ねぇ……」


「ええ。まぁ、時間の問題かと……」


サナリーとミリレーラから湿度の高い視線を受ける。


そして━━━


「あ~あ。また女性を不幸にしちゃいましたね。先輩♪」


「人聞きが悪いな!?」


一つため息をついた後、マイスは私に向き直った。


その表情はただ、真剣で真っすぐだった。


「何度も言うが、アレスティ。俺たちはあんたのことが必要なんだ。あんたが仲間になってくれれば、俺たちは前を向ける。背中を預けられるんだ」


「なぜ……」


全幅の信頼を寄せられる理由が分からなくて思わず問い返すが、マイスは当然のことように応える。






「そんなの決まってるだろ━━━俺が見て来た中で、一番の”騎士”だからだ」







瞬間、【星屑の集い】は一斉に話し始める。


「剣の腕は言わずもがな、【飢餓の呪い】もしっかり制御できて、実戦にも応用できる。何より、不幸な境遇にへこたれることなく努力ができるところも素晴らしい。アレスティを断ってきた連中は一体何を考えてるんだろうな」


「そうね。私は【僧侶】で近接戦に弱いから、守ってくれる騎士がいるのは心強いわ」


「私もですよぉ。魔法を使う時ってどうしても隙ができるから、怖いんですよね~。アレスティ先輩が入ってくれたら、安心して背中を任せられますぅ」


そのすべての言葉に、偽りは感じられなかった。


ただ、まっすぐに私を必要としてくれている。


純粋な思いが確かに伝わってきて、胸の奥がじんわりと濡れていく・


「何だぁ、アレスティ。泣くほど嬉しかったのか?」


マイスが茶化すように、ニヤニヤと笑う。


「~~ッ、泣いてなど、いないッ!」


慌てて袖で目元を拭う。


熱を持った瞼がこそばゆくて、恥ずかしいのに、どこか心地よい。


そして、マイスはふと微笑むと、右手を差し出した。


「━━━決まりだな。ようこそ【星屑の集い】へ」


私はその手をしっかりと握り返した。


「……ああ。任せてくれ。この命に代えても貴方たちを守る」


私の存在価値を証明しよう。


こんな私を拾い上げてくれた者たちのために。




「あ、そうそう。アレスティに【星屑の集い】に入るときに言って欲しい言葉あるんだ」


「構わん」


入団の誓いのようなものだろう。私は真面目に受け止めて返事をした。


ところが━━━


「『くっ殺せ』って言ってくんない?」


「は?」


━━━真面目な表情で何を言ってるんだ、この男は……


「最近、学院で流行っている言葉でですねぇ。自分を身代わりにして、仲間を助ける時に言うセリフなんですよぉ。カッコいいですよね~」


ミリレーラがニコニコとと無邪気に笑いながら捕捉する。すると、マイスもにこやかに頷いた。サナリーは額を抑えている。


「そうか。そうか……?」


わたしには理解しがたいものだが、たった、今、命を懸けて守ると誓った仲間からの要望だ。応えないわけにはいかない。





「くっ……!殺せッッ!」





「「「……」」」


気付けば、拳を握り締めて声を張り上げていた。


……あれ?思った以上に気合が入ってしまった。


軽いノリでクールに決める予定だったのに、女騎士の”(さが)”のようなものが出てしまった気がする。


すると、マイスとミリレーラが目を輝かせて拍手していた。


「流石だ、アレスティ!やっぱり君を誘って良かった!俺の眼に狂いはなかった」


「ええ、ええ!こんな見事な『くっころ』を観れるなんて!なんてチョロ、じゃなくて、高潔で真っすぐな騎士なんでしょう……ッ!」


「そ、そうか?」


褒められ慣れていない私は持ち上げられてまんざらでもない気分でいた。


「はぁ……後になって後悔しても知らないわよ」


サナリーの呆れた声が静かに響くが、その時の何もわかっていなかった。





翌日、私は”伝説の名言”を使う稀有な騎士として逆の意味で有名になった。


「くっ殺のアレスティ」

「伝説の名言を口にした女騎士」

「ゴブリンと戦わせたい女騎士NO.1」


あの忌まわしき【飢餓の呪い】の噂が一言のインパクトで完全にかき消されてしまうほどだった。


当然、マイスとミリレーラには丁寧に”お礼”をした。それはもう丁寧に。


でも、今にして思えば、アレは彼らなりの歓迎の仕方だっただと思う、


私に対するマイナスイメージを払拭しようとした結果なのだろう。


━━━悪化したけど




私の【飢餓の呪い】は【星屑の集い】で大いに役に立った。


この力は魔人を殺すのにうってつけだった。


【飢餓の呪い】の封を解き、魔力と生命を貪るデヴォラーをひたすらに振った。


マイスと共に、最前線を駆け抜け、敵陣を切り裂く。


接近戦の覇者として、私たちは戦場の牙となった、


けれど、そこに恐怖はなかった。


幼少の頃から培った剣術と仲間を守りたいという思いで、私は斬って斬って━━━斬りまくった。


どれだけ返り血を浴びようと、どれだけ殺意を浴びようと、私はただ、前に進み続けた。


いつしか、私は「最強の剣士」として、レティシンティア王国でその名を轟かせた。


名実共にマイスが【勇者】となると、周りの人間が面白いくらいに手の平を返した。


恥も外聞もなく、私を再び騎士にと誘いをかける者もいた。当然一蹴した。


後、私は【騎士】ではなく、【戦士】となった。


冒険において、騎士という職業はないらしい。


けれど、名称が変わっただけで特に何も意味がない。やることは変わらないのだから。


私が守りたいのは【星屑の集い】の仲間だけ。これから何があっても私は【星屑の集い】のために生きるだろう。









━━━そう誓ったのに、何だ、このザマは……!


【白剥の呪縛】(ホワイト・チェーン)━━━マイスは自分の力をすべて差し出して、私たちを守った。


魔力を封じる枷をかけられ、抵抗一つせず、魔人たちに連れ去られていく背中を、静かに、すべてを受け入れたように歩く姿が、私の胸を引き裂いた。


━━━冗談じゃないッ……!


死への覚悟はとうに済ました。同時にガブリエルを殺すチャンスでもあると感じていた。


【白剥の呪縛】は私たちに手を出した瞬間に発動される魔法と言っていた。


逆に言えば、私から攻撃をした時、反撃ができないということだ。


自分の魔法が封じられる恐怖は【灰燼】ガブリエルであったとしても、脳裏をかすめるはずだ。


マイスが自身の魔法を犠牲にして作り出した、たった一度きりの隙。今ここで動かなければ意味がない。


ただし、それは私の死を意味するのかもしれない。


【灰燼】ガブリエルに手を出せば、【白剥の呪縛】を無視して、千の魔人が集まってくるだろう。


そうなれば、私が生きて帰れない。


━━━それがどうした。


何もせずに見送ることこそ、騎士の名を穢す行為。


主に庇われながら、騎士たる私がのうのうとただ生き永らえるなど、恥辱以外の何物でもない。


今、この瞬間、鼓動が高まる。


恐怖ではない。


高揚だ。


もし、私の命でマイスが、【星屑の集い】が生き延びることができたのなら、この人生にも意味があったのだと思える。


【飢餓の呪い】の出力を最大まで上げる。


私はその一手にすべてを賭けて、【灰燼】ガブリエルへと駆けようとした。


その瞬間、




━━━マイスが私を見た





そして、わずかに顎を動かして、視線を逸らす。


その先にいたのは、ぶつぶつと何かを呟きながら茫然と立ち尽くす、サナリー。肩を震わせながら俯いているミリレーラの姿だった。





━━━任せた





「ッ」


言葉一つなくとも、マイスの意志は痛いほど伝わった。全幅の信頼と託す覚悟に、私の魔力は沈んでいき、霧散した。


震える手で柄を握り直し、殺意を、憎悪を、渇望を、すべて胸の奥に押し込める。


マイスはそれを見届けると、ニコリと笑った。


そして、出会った頃よりも上手になった目くばせを一つ残し、魔人と共に転移門へと歩を進めて、消えていった。




「信頼しきった目をしやがって……!」


込み上げる衝動に唇を噛み締めた。


痛みで感情を誤魔化すように。


けれど、どうしても涙は止まらない。止めようとすればするほど、どうしようもなく、溢れてくる。


なぜ、なぜ、私を楽にさせてくれないんだ!


どうして、騎士としてマイスに恩を返させてくれないんだ!



脳裏に嫌でも浮かぶのは、かつてマイスと交わした、何気ない、けれど、忘れられない会話だった。


「サナリーもミリーも意外と脆いところがあるからな」


「そうか?お前を信じて、魔人に戦いを挑んでいるところなど勇敢そのものだったが……」


「それだよそれ」


「……どういう意味だ?」


「俺がいるから、アイツらは頑張るんだ。逆に言うと、俺がいなくなったらどうするんだろうな」


「それは━━━」


マイスがいなくなることなんて考えたことがなかった。【状態異常無効】がある限り、マイスが負ける未来は想像できない。


けれど、本当にいなくなったら━━━


「そん時は、アレスティ。アイツらのために剣を振ってくれ」


「……ふっ、そんな時が来るとは思わないがな」


「当たり前だろ?俺は【勇者】だからな」




━━━ただの冗談だったのかもしれない。


けれど、あの言葉だけは脳裏にこびりついて、離れてくれなかった。そんな大事なことを今になって、思い出させるなんて。


「卑怯だ……!」


なぜ、あんな大事なことを、私だけに言った。


なぜ、マイスがいなくなったら崩れるのがサナリーとミリレーラだけだと思った。


私だって、その一人だ。


何も考えずに、マイスのために命を賭したかった。


でも、できなかった。


そんなことを思い出したら━━━逃げられないじゃないか。


「ぐ、ぐ……」


唇を噛み締めて、涙を押し殺す。


泣くわけにはいかない。誰かが前を向かねばならないのなら、それは私だ。


マイスのいない【星屑の集い】は私が守る。





━━━そう決意したはずだったのに。


「一年━━━最善を尽くしたつもりだ……だが、私には荷が重かったよ……マイス。お前の代わりになんてなれるわけがないんだ……」


雨は容赦なく降り注ぎ、世界そのものが沈黙しているようだった。


マイスの身体は地面に横たわったまま、ぐったりとしたその姿を、私はひたすら見つめていた。唇は青く、皮膚は冷たい。けれど、その顔は穏やかだった。


マイスが消えたあの日から、サナリーもミリレーラも、まるで自分を罰するように、狂ったように鍛練に打ち込んだ。


朝も夜も関係なく、倒れるまで、血を吐くまで、魔法を放ち、そして、立ち上がった。


無理するなと、止めることなんてできるわけがなかった。


痛いほど気持ちが分かってしまうから。


自分を傷つけてでも、忘れたかった。あの時、手を伸ばせなかった自分を。彼を救えなかった自分を。夜ごとに叫ぶ声を、振り払うしかなかった。


それでも、再会できた時、私たちは長い地獄を抜けたような気持ちになった。


けれど、それは残酷な現実の始まりだった。


目を覚ましたマイスは、かつての彼ではなかった。


笑っても、言葉を交わしても、その眼には何も宿っていなかった。


サナリーは崩れるように泣き叫び、ミリレーラはマイスに近寄り嗚咽した。


私たちは……救われたんじゃない。


再会によって、より深く壊された。


あの日、弱かった私たちを呪うように。


「必ず元に戻してやる。たとえ、この命のすべてを賭けても。そして━━━」


その言葉は雨にかき消されたかもしれない。けれど、心の奥底に灯ったその願いは、もう消えることはなかった。

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