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アレスティ=ノーリッズ

【星屑の集い】の皆はこの【炎の里】に長期間滞在する気があったのか、温泉付きの一軒家を購入していたらしい。しかも、少しだけ人里から離れた良い場所に。なんとも贅沢な使い方だが、俺のいない一年間で死ぬほど稼いだとサナリーは言っていた。


拠点の裏庭からぶんぶんと空気を切り裂く鋭い音が耳に届く。


「お~い、アレスティ」


「マイス……か?」


エメラルドの瞳を大きく見開き、幽霊でも見るかのように俺を見て驚いていた。


アレスティ=ノーリッズ


【星屑の集い】の戦士にして、自他共に認めるストイックな努力家だ。鋼のように引き締まった体躯に白い肌。真紅の髪を三つ編みにしていて、鮮やかな赤は燃えるような輝きを放っている。


額には汗が滲み、首筋を伝って、細い顎へと滑り落ちる。


強さと美しさを兼ね備えた彼女の存在感は、ただそこに立つだけで空気を張り詰めさせる。


そんな彼女だからこそ、ミリーと一緒にあの言葉を言わせた時は感動した。


「……何か、用か?」


アレスティの言葉にはわずかに震えがあった。


「ああ、悪い悪い。実はアレスティに用があってな」


「……?マイスが、私に……?」


肩が強張り、アレスティの表情が一瞬にして引き締まった。


そういえば、アレスティとは目を覚ました時に一度、少し話したきりだった。それ以降、ずっとサナリーやミリーに看病を任せきりだった気がする。どこか、俺にだけ距離を取るような、そんな空気があった。


他の二人は、一年前と変わらず俺と接しようとしているが、一年というのは長い。他者との間に壁を作るのに十分すぎる時間だ。そんな一抹の寂しさを押し隠して、俺はふざけることにした。


「『くっ殺せ』って言ってくんない?」


わざとらしく懇願ポーズで頼んで見せた。


目くばせ付きで。


すると、アレスティの表情が一瞬、きょとんと見開かれたが、次の瞬間には真っ赤に染まった。


「……ッ」


その顔がみるみる赤くなっていく様は、怒りとも照れともとれる微妙なものだった。


そして━━━


「くたばれッ!」


反射的な怒声とともに、俺の視線が反転した。


「ぐへ!?」


気付いた時には豪快に地面に叩きつけられて、全身に痛みが走った。俺はどうやら背負い投げを喰らったらしい。


「痛ぇ……。ひでぇなぁ、減るもんじゃないだろ……?」


「黙れ!二度というものか……!その一言で、私が学院でどんな目に遭ったか知らんわけではあるまい……!」


純真無垢なアレスティにこの言葉を言わせたのは俺とミリーだ。仲間にする時に言わせた。確か、『くっ殺』は仲間を助けるときに、使う最新の流行語とか云々言って騙し……ゲフン、ゲフン、言ってもらった気がする。


あの時はとても感動した。


「その言葉は騎士に対する冒涜だ……!」


「馬鹿野郎!『くっ殺』は美人で気高くて高貴な女騎士に言わせるからいいんだよ!アレスティ以外に言われても、何も嬉しくねぇよ!」


「~~ッ、褒めながらわけわからんキレ方をするな、馬鹿マイス!」


売り言葉に買い言葉。久しぶりに昔のような会話ができて、俺もアレスティも少しだけ肩の力が抜けた。


「久しぶりだな、アレスティ。変わらなくて何よりだ」


「ふふ、お前もな……我が主」


「やめろ、それ。恥ずかしいわ」


「おかえしだ。馬鹿者」


目を覚ましてから、俺の言葉はサナリーとミリーに腫れものに触るような罪悪感を帯びさせていた。


けれど、アレスティは昔のように、気安く話してくれた。それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


「それで、私に何のようだ?先ほどの戯言を言うために、私の元に来たわけではないだろう?」


アレスティが汗ばんだ額を拭いながら、わずかに眉をひそめた。


「ああ、そうだったな」


俺は軽く頷き、冗談交じりだった空気を切り替える。アイスブレイクは終わりだ。


「昔、アレスティが言ってた、剣の奥義について教えて欲しくてな」


「ほぅ……それは構わんが、どういう風の吹き回しだ?」


「確認したいことがあるんだ」


アレスティは無言でタオルを首元にかけ直した。そして、姿勢を真っ直ぐに正し、その眼が鋭くなった。


「剣の達人は……万物の”死”を見るという」


静かに、けれど、不思議な重みをもって語り出した。


「万物にはそれぞれ、【死線】というものがある。それは生命が終わる不可視の線。その【死線】をなぞるように斬るだけで、どんな存在だろうと絶つことができる。それが、剣の奥義と言われている」


アレスティの眼がこちらを射抜くように見据えていた。


「こんなところだが、どうだ?」


「うん、助かった」


俺は小さく笑い、肩の力を抜いた。


━━━やっぱりそうだったのか


「多分、【死線】が見えるようになったわ」


「は?」


アレスティの瞳が見開かれる。心底、驚いている様子だった。


「いや、でもどうなんだろ。【死線】とは少し、違う気がするな。ただ、人にも物にも、白いモヤが浮かんで見える」


すぐ近くに置かれていたナイフを手に取り、視線を丸太に向けた。手ごろな試し斬り用のそれに、俺は一歩、二歩と近づく。


━━━集中


浮かび上がる、淡く揺らめく白いモヤ。ナイフの刃をそっと、その白いモヤに合わせると、縦にスーッと滑らせる。


次の瞬間、音も衝撃もなく、丸太は真っ二つに割れた。


あまりに静かで、あまりに綺麗な一刀。


「ふぅ……どう?」


数秒ほどの沈黙の後、アレスティが唇を震わせながら、かすれた声を漏らした。


「まさか……本当にこの眼で見れるなんて……」


「アレスティ?」


声をかけると、アレスティはわずかに肩を震わせて我に返った。


「凄いな。本当に……凄いな、マイスは。流石、私の、私たちの、【星屑の集い】のリーダーだよ、マイス」


「はは、光栄だ」


ただ、アレスティは大袈裟だ。だって━━━


「アレスティだって、このくらいはできるだろ?」


俺はアレスティに問いかける。


今のが仮に剣の奥義だったとしても、そもそもアレスティという見本がいたから再現しただけだ。彼女の剣はまさしく今俺がやった【死線】を斬るというものだった。


すると、アレスティは困ったように肩をすくめた。


「私のは似て非なる物だ」


アレスティは腰の剣を抜く。


魔剣【デヴォラー】。アレスティの愛剣だ。


黒く禍々しいその刀身は、空気に触れただけで、わずかに熱を奪うような冷気を帯びていた。


俺が斬った薪の残りに向き合い、彼女は静かに一太刀振るうと、剣が触れた箇所に白いモヤが起こる。刃が通った瞬間、腐った木材のように無抵抗に崩れ落ちた。


だが、アレスティの表情に達成感はない。ただ、微笑んだだけだった。


「斬るんじゃなくて、斬ろうとしたところが脆くなっていく。だから、私に斬れないものは━━━ない」


その笑みには少しだけ、どこか自嘲が混じっていた。


「つまり、マイス。お前がやったのは純粋な剣技。私がやったのは魔法を使った反則技だ」


「なるほどなぁ……」


そう言われて色々思い出してきた。


アレスティの魔法は正式名称は枯渇魔法。それを格好良く言っているのが【飢餓の呪い】。アレスティは触れたものから命を枯渇させる。それは無機物だろうと生き物だろうと変わらない。


だが、問題は、それが常時発動されてしまう点だ。彼女の意志とは無関係に、世界は彼女が触れるだけで死に絶える。


そのせいで幼少期は大変な思いをしたそうだ。


その暴走を防ぐために、アレスティは自身の愛剣であり、魔剣である【デヴォラー】に枯渇魔法を封じ込めている。


【デヴォラー】は所持者の魔力を吸収し、必要に応じて放出する性質を持つ。


扱いづらく、ほとんどの者にとっては無用の長物だったが、アレスティにとってはそれこそが唯一の希望だったのだろう。


彼女が薪を斬った一閃━━━あれは、デヴォラーに蓄積していた【飢餓の呪い】を一時的に解放して放ったものだった。


「━━━ただ、どうやってその域に達した?マイス、お前は、その」


アレスティはふと視線を落とし、言葉を選ぶように口を噤んだ。


別に、そんなに気を遣ってくれなくてもいいんだけどな……


「ああ、拷問しか受けてないな」


でも、それが肝要だった。


「けど、そのおかげで、白いモヤが見えるようになったんだと思う。俺は、死に過ぎた」


この世界にモヤが見える理由。


それはあまりにも死に触れすぎたからだ。


俺はいつしか生と死の境界線がぐちゃぐちゃになったのだろう。


もっと言えば、あちら側の世界を知ってしまったのだろう。


「━━━とはいえ、万能な力ではなさそうだけどな。死が遠い物、構造が安定しすぎているものからはモヤがほとんど見えない」


空を見ても、モヤが見えないのはそういうことだろう。


「なるほどな……死線をいくつもくぐった者にしか至れない領域。かつての達人たちもそうして辿り着いたわけか……」


剣に関する話題になると、アレスティは眼を輝かせる。どこまでも真摯で、どこまでも純粋だ。だからこそ、彼女の言葉には重みがある。


「……流石だ、マイス」


「ん?」


「お前は……どれだけ傷つけられ、心を壊され、魔術回路を潰されても……それでも、敗北を力に変える。本当に誇らしいよ、我が主」


「はは、だから、それはやめろって。俺たちの主は王女様だろ?」


「私の主はお前だけだ。断じて、あの王女ではない……ッ!」


苦悶の表情を浮かべて拒絶した。


俺たち【星屑の集い】は王女の直属部隊であり、形式上は彼女の”騎士”だ。だが、アレスティの言葉には嫌悪感があった。


そういえば、サナリーもミリーも王女様の名前を出さない。


いや、意図的に出さないようにしている気がした。




━━━まぁ、どうでもいいか




考えても仕方がない。何があったのか、知るべきかどうかも分からない。今の俺にとって、それは重要なことではない。


むしろ、もっと他に気にかかることがある。


心に渦巻くのは退屈と……諦め。


「━━━こんなもんなのか」


「どうかしたか……?」


俺は小さくため息をついた。


「剣の奥義がだよ。正直、失望した」


「何━━━?」


アレスティの勝ち誇った笑みがその瞬間、音を立てて崩れた。困惑する彼女に俺は淡々と続けた。


「だってさ。剣士の極致って、【死線】が見えたら、それで至れるんだろ?━━━だったら、何度も死ねばいい」


「━━━」


何度も何度も何度も死ねばいい。


いや、死ななくてもいい。


死ぬほど痛いを何千何万と味わえば、おそらく向こう側の世界に接続できるようになる。


それだけのことだ。


それで至れるのなら、剣の奥義なんて大したことがない。


「まぁ、これは他の武術にも言えるんだろうな。槍だろうが、弓だろうが、徒手空拳だろうが本質は変わらないはずだ。再現可能な手順であって、奇跡でも才能でもない。なのに、なぜ皆はやらない?」


魔法を超える何かを期待してみたが、所詮はこの程度。


「まぁ、それでも使える力だからな」


軽く拳を握る。サナリーの回復魔法のおかげで俺の身体の機能は一年前と同等くらいに回復し、この眼を手に入れた。


それでもかつての俺には到底及ばないだろうが、力は力だ。


ただ、冷静で空っぽで割り切った声音でそれを告げる。


「魔法も剣も所詮この程度だ━━━」


ただし、【星屑の集い】の皆は除く。


アレスティだけではなく、ミリーもサナリーも自分の固有魔法を鍛えるべきだ。ここにはまだ可能性を感じる。


ただし、強くなるには余計なものを捨てるべきだ。アレスティもだが、余計なものに執着しすぎだと思う。


「━━━”俺のために剣を振ってくれ”」


「ん?」


アレスティの口から、静かに漏れた。


「お前が、私を【星屑の集い】に誘ってくれた時の言葉だよ……」


「ああ、それか━━━そうだったっけ?」


「そうだよ……」


その瞬間、アレスティの瞳に灯っていた光が、ふっと揺らいだ。どこか諦めたような、けれど、悲し気な表情。


まるで過去を埋葬するかのような笑みだった。


ズキリ


胸を裂くような痛みが走る。けれど、理由が分からない。


━━━なぜ、こんなにも苦しい……?


そして、何よりも三人が三人とも同じ表情で俺を見てくることだ。


最初は困惑だった。


けれど、何度も何度も同じ表情で見られれば、苛立ちも募ってくる。


「くだらない……!どうして、そんな”くだらないもの”に執着するんだよ、お前らは……!」


思わず声を荒げた俺に、アレスティはただ、黙って耳を傾けていた。


「魔法も剣も確かに面白かったさ。ああ、確かに、かつての俺はそれに無限の可能性を感じていた。夢中で馬鹿みたいに追いかけてさ━━━だけどさ、それで失敗しただろ?」


俺の夢中の先にあったのは絶望すら抱けないほどの真っ暗な闇だった。


アレスティはただ、黙って聞いていた。


俺は怒りとともにあふれる言葉を、そのまま告げた。


「━━━アレスティの、みんなのおかげで俺がなぜ『ゆうしゃ』さまに会いたいのかやっとわかった……」


助けてくれたから。『いきて』と言ってくれたから。それは一つのファクターだ。


だけど、本当のところは━━━


「魔人を滅ぼしたいんだ」


静かに告げた言葉にアレスティの眉がわずかに動いた。


「それは復讐か……?」


「いや、そういうのじゃない」


俺は自分の胸に手を当てた。


「でも、あいつらに対する殺意は止まらない。消えないんだ。まるで、俺の中にもう一人の俺がいるみたいに、消えないんだ……」


憎しみではない。俺が弱かっただけの話だから。


だったら。俺の殺意の温床は何なのだろう。


ただ、そんなものを思い出す必要がないほど魔人への殺意が燃え広がり続ける。


「けどさ……俺じゃ無理だったんだ……偽物だから」


魔人を殺すことはできても、滅ぼすことはできない。


だから、負けた。


だから、こんな目に遭ったんだ。


自分は偽物だと自戒すべきだった。


「俺は『ゆうしゃ』さまの隣で、魔人が滅び、世界が変わる瞬間を、目に焼き付けたい」


その後のことは分からない。どうせ死ねないのなら、世界旅行とかありかもしれないな。


「俺が見えるようになった白いモヤが剣士の頂きなら、そこまでだ。俺が求めているのは、『ゆうしゃ』さまに仕えるにふさわしい力。それだけだ」


牢で見たもの。拷問で味わったもの。どれも夢や希望を一瞬で吹き飛ばす現実だった。


それをねじ伏せるには力がいる。圧倒的で絶望的な。


「お前は━━━変わってしまったんだな」


アレスティの声には痛みが混じっていた。


「……何かが壊れたのは俺もわかる」


一歩、彼女が近づく。視線がぶつかった瞬間、ふいに彼女の腕が俺の身体を強く抱きしめた。


「アレスティ?」


「すまない、マイス……。私が、私たちが弱かったせいで……お前は十分戦ってくれたよ……」


「はは、他の二人にも言われたよ、それ。だけど、俺は」


「『ゆうしゃ』を探しに行くと言うのだろう?」


何だよ、アレスティは話が早くて助かる。


けれど、次の瞬間だった。全身に浮遊感が襲う。抗いようもなく力が抜けていき、意識が霞んでいく。


かろうじて見えたのはアレスティが【デヴォラー】から手を離していたところだった。


「アレス……」


「━━━行かせるわけにはいかない」


最後に聞こえてきたのは、願い乞う、彼女の言葉だけだった。






どんよりと沈む空が、まるで心を映すように鈍く曇っていた。やがて、冷たい雨がぽつり、ぽつりと頬を叩き始めた。


「う……うう……ッ」


マイスが気絶したのを見て、その場に膝から崩れ落ちた。込み上げてくる嗚咽を抑えきれず、私は両手で顔を覆い、溢れ出す涙を必死に隠した。


かつて私の【飢餓の呪い】はマイスの【状態異常無効】には勝てなかった。


だからこそ、【飢餓の呪い】がマイスに効いてしまったのを見て、私は本当に現実を思い知った。


「お前は本当に、何もかもを失ったのだな……!」


信じたかった。マイスは戻ってきたのだと。あの地獄を乗り越え、もう一度剣を握れるほどに、心まで立ち直ったのだと。


今のマイスは、肉体も、魔力も、心までも失った━━━壊れた人形だった


「すまない。すまない……!」


『ゆうしゃ』なんてものに縋らないと自分を保てないほどに壊れているマイスはもう別物だ。


私が、私たちが弱かったから。


あの日、あの場所で力があったらこんなことにならなかったのではないかという後悔が止まらない。


降りしきる雨の中、私の心を悔恨の棘が容赦なく刺し続けていた。

『重要なお願い』

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