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ミリレーラ=アレクシス

久しぶりの外気、久しぶりの日差し。


俺は肌で生を実感していた。サナリーの回復魔法が効いてきたおかげで、ようやく外出許可が下りたのだ。


「いい天気だな~」


舗装の甘い道を歩くたび、土と石が靴の裏に感触を伝える。町の喧騒、行き交う人々の声、屋台から漂う香ばしい匂い。


当たり前だったこの世界の景色が、異世界のように新鮮に映る。


日常なんて、失ってみないとその価値に気付けないもんだな。


「先輩、痛いところはないですか~?」


甘ったるい声が耳をくすぐる。


「ないない。だから、ミリーも離れてくれると嬉しいんだけど」


「もし、異常があったら、すぐに言ってくださいね?サナリー先輩に薬を持たされているからすぐに口移、じゃなくて、飲ませてあげますから♪」


「はは、俺の身体はダイヤモンドよりも丈夫なんだぜ?異常なんてあるかよ。それより、口移しって言った?」


「え~、言ってたらどう思うんですか?」


「相変わらずの悪戯娘め!って怒りながら口移しをしてもらうかもしれない」


「じゃあ言いました!さぁ、さぁ口を開いてください!」


「何で引かないんだよぉ……後、声抑えて……」


罵倒される予定だったのに、なぜかウェルカムだった悪戯娘に逆に勢いで負けてしまった……解せぬ。


案の定、周囲から冷たい視線が突き刺さる。勘弁してくれ。本当に。


ミリレーラ=アレクシス。長いから、俺は『ミリー』と呼んでいる。ウィズダム学院の一つ下の後輩で【星屑の集い】の一員だ。


俺たちと出会う前は不良娘だったのだが、俺とつるむようになってからは立派で真面目な学生に更生した。サナリーのスカートを捲ったり、戦士に『くっ殺』を言わせるために共謀したり、王女様に恥を欠かせるために悪戯して、お仕置きされたりと。


━━━うん、何も変わってないな。


ただ、魔法の力を覚醒したのが俺たちとつるむようになってからだった。元々授業にすら出ない不良娘だったのだが、【星屑の集い】に加わったことで意識が変わった……なんて綺麗な話ではない。


悪戯のためには魔法が必要だった。それだけだった。それでも、才能はピカイチで【賢者】と呼ばれるまでに至った。


癖になりそうなほどあざとい後輩ムーブを決め込むくせに、容姿は黒いローブを羽織って周囲から見られないような装いをしていた。


この格好にも意味があるのだが、今はどうでもいいか。


「頼むから少し離れてくれよ」


サナリーほどじゃないが、ミリーも十分過ぎるほどの武器を持っている。そのせいで、今、俺は見事に挟まれて身動きが取れない。


「……嫌です。離れたら、また遠くに行っちゃうじゃないですかぁ」


逆効果だったのかミリーが余計に俺の腕を取った。


━━━まぁいいか。久しぶりの再会だしな


それよりも、今は久しぶりの市場を楽しむべきだ。


「おお、やっぱり賑わってるな!」


【炎の里】の市場には見渡す限りの露店が並び、香辛料の香り、焼き立てのパンの香り、そして、人々の活気が溢れていた。呼び込みの声と談笑が入り混じり、耳に心地良い喧騒が響く。まさに、生命力そのものが満ちた場所だった。


だが、現実は甘くない。


「たっか……」


サナリーたちに頼まれていた物資を購入しようと財布を確認すると、どう計算しても足りなかった。


「ありゃりゃ、先週よりも物価が爆上がりしてますね~」


ミリーが困ったように言う。


「仕方ない。飯だけ揃えるか」


後は必要最低限に絞って買うしかないなと考えていたその時だ。ミリーが俺の袖を引っ張ってきた。


「先輩、先輩。悪戯しちゃいましょうよ」


「ん?」


ミリーの意味深な笑みに首を掲げた瞬間、彼女はフードを勢いよく脱いだ。


長く艶やかな銀髪が風に踊り、その深蒼の瞳は見る者すべてを捉えて離さない。神々すら嫉妬するほど整った顔立ち、黄金比を超越した美貌。その存在は、奇跡そのものだった。


市場の男たちの視線が一点に集中する。


ミリーはそんな熱い視線を涼し気に受け流しながら、林檎を売る露店へと向かった。


「ねぇ、おじさん」


「な、何だいお嬢ちゃん」


完全に目を奪われ、声が裏返っている。ミリーがにこりと微笑み、首を掲げた。その仕草だけで、周囲の男たちの理性が溶けていくのが分かる。


「この林檎、安くしてもらうことって可能ですかぁ?」


脳を蕩けさせるような毒。聞くだけで思考が霞み、抗うことを忘れてしまう。


「あ、ああ、もちろんだとも……!」


おじさんは呆けたまま林檎を差し出した。それはもう、取引ですらなかった。ただ、差し出さずにはいられなかったのだろう。


ミリーは満面の笑みで林檎を受け取る。すると、それを皮切りに市場全体がざわつき始める。


「お嬢さん!これうちの蜂蜜です!」

「こちらのワインをぜひ!」

「俺の店のチーズどうぞ!」


男たちが次々とミリーに群がり、自慢の商品を競うように差し出していく。それは神に捧げる奉納の儀だった。


ミリーは微笑みながら、「そんな悪いですよぉ」と一応は遠慮をする素振りを見せるが、男たちはむしろ貰ってくださいと懇願していた。


やがて、ミリーの前には品々が積み上がった。ミリーはそれを選別すると、必要なものだけ収めて満足げにくるりと踵を返した。


「先輩やりましたよぉ~、親切な人たちが色々くれました」


呆れ半分、感心半分。相変わらず、凄い美人だ。


「流石だな」


「ふふん、褒めるなら、ほら。頭を撫でるべきですよ~」


そう言って、ミリーが俺に頭を差し出してきた。昔の癖が抜けず、ついその銀髪を撫でると、彼女は猫のように目を細め、喉をくつくつと鳴らした。


「今回は助かったけど、【魅了】は使いすぎるなよ?」


「当たり前ですよ。私は先輩と遊ぶ時しかこの力は使いませんから」


「なんだよ、それ」


苦笑いを浮かべるしかなかった。


ミリーは生まれながらにして、強力な固有魔法━━━【魅了魔法】を発現させていた。


ただ、異性を自分の虜にさせるだけの単純な力。しかし、その効果は絶大だった。なぜならミリーはこの世で最も美しい人間の女だからだ。これは俺の主観ではない。誰が見ても、認めざるを得ない絶対的な事実。


かつてのミリ―は、その美貌と魔法を駆使して男を手玉に取る悪女だった。けれど、魔法の楽しさにハマってからは、魅了をむやみに使わなくなり、今では全身をフードで隠すようになった。


ミリーの美貌は絶大な効果を持ち、魔人ですら抗えない。敵の注意を引きつけ、その隙に俺たちが仕留めるといった戦術や、ミリー自身が魅了した魔人にとどめを刺すことも珍しくなかった。


魔法使いというよりも、暗殺者の方が向いてそうが、彼女の真の才能はそこではない。


ミリーは【賢者】と呼ばれるほどの魔法の天才で、たった数年で、俺が習得した魔法の数を凌駕した。天は二物を与えずと言うがミリーに関しては甘やかしすぎだと思う。


「おい……」


「ん?」


声のした方を見るとミリーに魅了された男たちが俺を睨んでいた。物凄く嫌な予感がした。というか思い出した。


「逃げるぞ!」


「はい、先輩♪」


余談だが、ミリーが魅了を使った後に一緒にいると、こうして男共から嫉妬されるので、逃げなければならない。


俺、何にも悪いことしてないじゃん……



「やっぱり可笑しいよな……」


ミリーと市場を回っていると違和感を感じた。


賑わいを見せるこの市場にはどうにも追い詰められた者たちの焦燥が伝わってきた。そして、視界に入るのは不自然なほど多い怪我人たち。包帯を巻いた腕、血の滲む足取り、それでも買い物をする人々。


「なんか空気が重くない?」


隣のミリーが肩をすくめて答えた。


「そりゃあ、そうですよぉ。冒険者アライアンスが負けたんですから」


「ああ……そういうことね」


冒険者アライアンスが負けて、この【炎の里】もどうなるか分からない。というか国に見捨てられたのだろう。そして、魔人が攻めてきた時に、逃げられるように今のうちにお金を稼いでおこうという意図か。


だからこその異様な熱気。逃げるために金を稼ぎ、命を繋ぐ準備をしている。皮肉にも、その絶望が市場を最後の賑わいで満たしていた。


━━━可哀そうに……


「『ゆうしゃさま』が助けてくれるから逃げる必要なんてないのにな~」


呑気に言って見せたが、誰に届くわけでもない。ただ、俺は助けられたのだ。『ゆうしゃ』さまはきっとこの近くにいて、そして、この【炎の里】を救ってくれるだろう。


「━━━ねぇ、先輩」


「ん……?」


振り向いた先で、ミリーは何かを言いかけて、ふっと視線を逸らした。


「━━━いや、なんでもないですよ~」


ズキリ


無理に作った笑顔を浮かべると、俺から距離をとった。憂いを帯びたその表情を見て、胸が痛くなった。


━━━何だよ、その表情は


考えを巡らせた末、俺は適当なことを口にする。


「トイレか……」


「デリカシーのなさは変わってなくて嬉しいですよ~」


「中指立てながら笑顔を俺に向けるのはやめようか」


ミリーは呆れたように微笑みながら、俺に中指を立てる。その仕草を見て、少しだけ空気が和らいだ気がした。


そう言いながら、ミリーは人混みに紛れていった。


「やっぱりトイレじゃん……」


罵倒され損だ。ミリーのさっきの表情は多分、大きい方……なんて、考えはやめておくか。多分、デリカシーがないと怒られるやつだしな。うん。


それより、自分のことだ。昔の俺なら、こういう状況を見過ごせず、無謀にも【炎の里】を救おうと必死になっていただろう。


けれど、今の俺にはとてもそんな気が起きなかった。【炎の里】が崩壊する一歩手前だっていうのに、俺の心は凪のように静かだった。


自分の内側に渦巻く空虚さに、ふと足が止まる。


世界に白いモヤが見える。何だろうアレは。


手を突っ込めば、何かが━━━


「ねぇ、お兄さん」


「ん?」


死線を向けると、そこにはどこか軽薄そうな雰囲気を纏ったお姉さんが立っていた。胸元が緩すぎて、視線の置き場に困る。


「なんですか?」


「いえ、お兄さん、カッコいいなぁと思いまして?」


「当然です」


俺がモテるのは当然だ。だから、『聖なる日』にチョコをもらったこともないし、ラブレターじゃなくて脅迫状を両手では抱えきれないほど受け取ってきた。


「え?ああ、そ、そうなの」


「え?引いちゃうの?」


もっと攻めて来いよ!あんたが始めた物語だろ!?


急に引き気味なお姉さんは一度咳ばらいをすると、商魂たくましく、スマイルを浮かべた。そして、胸元から出されたある商品に俺の眼は釘付けになった。


「こ、これは!」


「流石、お兄さん。お目が高い」


聖剣に纏わりつく黒龍。童心をくすぐるデザインだ。家に飾っても、使い道がないのは百も承知。それでも無性に欲しくなってしまう格好良さがそこにはあった。


しかし━━━


「だ、ダメだ!こんな誘惑に屈するわけには……!」


「お二つでセットでどう?」


「白龍だとッ!?」


同じデザインの白龍版を提示される。この二つを部屋に飾ったら格好良さそう。お姉さんがぐっと距離を詰めてくるが、色仕掛け自体は正直、どうでもいい。けれど、二つ並んだドラゴンのストラップが脳裏に焼き付いて離れない。


━━━理性が、負けそうだ。


「私の先輩になんてことしてるんですか…」


突然、氷のような声が背後から降りかかった。振り向けば、いつの間にか戻ってきたミリーが、凍てつく瞳で俺たちを睨んでいた。


「いや、違うんだ、ミリー。俺は決して、ドラゴンなんかに屈しては……!」


「先輩は黙ってててください。後でパーティ会議です」


「あ、はい」


ミリーの一言で俺は借りてきた猫のように静かになる。そして、ミリーはフード越しにお姉さんを見た。


「それより、お姉さん。下を見たらどうですか?」


「え…?」


ミリーに促されて、お姉さんが自分の足元を見る。そこでようやう気付いたらしい。スカートが見事にめくれ上がっていることに。


「きゃああああ!な、なにこれ!?」


必死にスカートを抑えようとするも、何かの力で固定されているのか、布が動かない。まるで風魔法がずっと下から発動されているようだった。移動しようとしても、風が付いてくる。


まるで意志を持った魔法だった。


「私の先輩に手を出した罰ですよ。しばらく、そこで見世物にでもなっててくださいね?」


ミリーが冷たく告げた瞬間、周囲の人間たちが興味津々とばかりに集まり始めた。お姉さんは顔を真っ赤にしながら、必死に隠そうとするが、その努力は無駄に終わっている。


「今のうちに逃げますよ~」


気付けば、ミリーが俺の手を掴んでいた。既にフードを深く被り、すっかり逃走準備完了だ。俺たちは人ごみの中へと紛れ込み、軽快にその場を後にした。



「先輩、見ました?あの女性の顔……最高でしたね」


路地裏にまで逃げると、ミリーはフードを脱いで笑っていた。けれど、その顔はどこか影を落とした暗い笑みだった。


「ああ、流石ミリーだな」


「えへへ~、先輩に褒められちゃったぁ」


苦笑しながらも、俺は頷く。相変わらずの悪戯好きだ。


ふと、昔、サナリーのスカート捲りを手伝わせたことを思い出す。あの時は失敗して二人でサナリーに拳骨を喰らった。


基本魔法すら使えなかったミリーが今使ったのは風魔法の超応用。スカートの中に風を送り続ける”固定化”、そして”追尾”なんて一年前の俺よりも洗練されていて見事だった。


「本当に魔法が上手になった」


そんな言葉をかけようとした瞬間━━━


「━━━ねぇ、先輩。私、強くなったんですよ」


「ん?」


ミリーの声が震えた。冗談めいた空気が一瞬で張り詰めた。


「この一年……先輩がいない間に、強くなったんですよ……!」


顔を上げたミリーの瞳は潤んでいた。


「もう……もう逃げないように……!先輩を守れるようにッ……!」


俯きながら握りしめた拳がと声が震えていた。


「それは嬉しいな」


「━━━」


ミリーは一歩、俺に詰め寄ると俺の胸に抱き付いた。


「だったら。だったら、もう、逃げちゃいませんか……?」


「ん?どういう意味だ?」


問い返す俺に、ミリーは歯を食いしばる。眼の端から涙がこぼれ落ちた。


「こんな国から逃げるんですよ……!魔人なんて、戦争なんて、全部捨てて……誰にも見つからない最果ててまで……」


言葉が途切れ、ミリーは震える手で俺の袖を掴む。


「お願いだから……もう、自分を傷つけるようなことは、やめてよ……!」


その悲痛な声が耳に残る。


だが、俺は静かに首を振った。


「ダメだ。俺は『ゆうしゃさま』を探さないといけないんだ」


生きる意志のない人形に『いきて』と言ってくれた、『ゆうしゃ』さまのために、生きる以外に自分が生きる理由がない。


それ以外がちぐはぐで、もう何も残っていない。


かつて守りたかったもの、大事なもの。そのすべてが俺の中からこぼれ落ちた。


だから、俺は『ゆうしゃ』さまを追いかけるしかない。『いきて』と言ってくれたあの人を追いかけるのがただ一つ、この世界に生を保つ理由。


それに━━━


「ミリーが俺を守ると言ってくれたけどさ、俺の方が強いと思うよ」


「え?」


困惑するミリーの声が耳に届く。俺の意識は別のところに向いていた。


眼の前にいるミリー。その輪郭、白いモヤが揺らめいている。いや、ミリーだけじゃない。窓や、酒場の樽、そして、建物にもだ。


大きく堅固なものからは白いモヤが薄い。けれど、壊れやすい物は白いモヤが濃い。


先ほどから感じていた違和感の正体がようやく分かってきた気がする。


「先輩……?どうしたんですか?」


不安そうなミリーの声を背中に受けながら。俺は試すように目の前に置かれた樽の白いモヤに軽く手を触れる。すると、樽は俺が触れた瞬間、音も無く崩れ落ちた。


「え……?」


背後で息を呑むミリーの声を無視して、振り返る。そして、ミリーから感じられる白いモヤの淵に触れる寸前で手を止めた。


俺は先ほどから感じている違和感、人間には白いモヤが見える。建物にも、世界にも。ミリーにも。だから、俺はミリーの懐に入ると、その白いモヤの手前で止まる。


「先輩……?」


不安気に見上げてくるミリーの額には汗が滝のように流れていた。俺は静かに告げた。


「多分、今、死んでたよな?」


ミリーは声も出さずに、コクコクとオウムのように頷いた。


この白いモヤを言語化することはまだできない。


ただ、一つ確かなのは━━━この世界は、ただひたすらに脆い。それこそ俺が触れたら終わってしまうくらいに。


「せ、先輩、魔法が使えたんですね!」


「ん?」


突如として、ミリーの顔にぱっと花が咲く。恐怖に染まっていた表情は一変し、希望に満ちた笑顔を浮かべた。まるで光を見つけたように。


「サナリー先輩も酷いですよ~!先輩の魔術回路が消えたなんて冗談を言うなんて」


弾けるように笑いだすミリーの声が震えている。さっきまでの恐怖の名残か、それともこの希望に縋りつこうとする無意識の表れか。


━━━けれど、俺の心には一切、波風は立たなかった。


「今のは魔法じゃないよ。俺が魔法を使えなくなったのは事実だ」


静かに、けれど、突き放すように告げる。その瞬間、ミリーの笑顔が凍り付いた。


「え……?」


「それにもう……魔法なんて興味がない」


「ッ……!」


ミリーの眼に浮かぶのは動揺と絶望。


ミリーが悪戯で見せたあの魔法。それを見て懐かしいと感じた。けれど、それだけだった。


そんな無駄な技術に何の意味がある。


魔法なんて人殺しの道具だし、限界がある。


俺が滅ぼせなかった魔人たちには、意味をなさない力。


「ありがとうミリー」


俺は淡々と告げる。ミリーの揺れる瞳とは対照的に、俺の心は凪いでいた。


「ミリーのおかげで俺の力は魔法じゃないってわかった。もし万が一、魔法だったら……まだ、こいつに希望を持てたんだろうけど、やっぱり必要ないみたいだな」


俺の視線はもうミリーを見ていない。


聞くべきことは終わった。


興味は、覚醒したこの”力”だけ。僅かに胸の奥で、その答えが輪郭を帯びて始めて来た。


「待って……待ってください……!」


背後から、掠れるような声が追いかけてくる。足を止めて、肩越しに振り返る。


「ん?」


ミリーの顔は必死に何かに縋ろうとしていた。


「先輩……?私との約束覚えていますか……?」


約束?約束……ああ、あれのことか。


「覚えてるよ」


ミリーの顔が一瞬だけ希望に染まる。


「俺のことを忘れて、幸せになれよ」


「……」


【白龍の森】で俺はそう告げたはずだ。


ミリーの口が何かを言おうとしても声にならない。その沈黙が俺にこれ以上聞くことはないということの意思表示に思えた。


俺に追いすがる気配も、声も━━━もう聞こえなかった。


俺は迷いなく背を向けて、この力のことを知っていそうなアイツ(・・・)の元へと歩を進める。


━━━そういえば、その前に何か大事な約束をした気がするな


俺がミリーに伝えたのは、【白龍の森】で伝えたことだ。その前に何か大事なものがあった気がする。


霞む記憶の中で何かが引っかかっていた。


けれど、今の俺にはそれを叶える資格なんてない。


実は思い出す価値すらない他愛のないものかもしれない。


けど、最後に見たミリーの顔は━━━サナリーの時と同じものだった。





「先輩の、噓つき……!」

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