奴隷の少年と奴隷の少女①
士気が上がったサーガ軍歩兵の突破力は凄まじかった。
ガサキの歩兵の中には恐怖から戦線を離脱するものさえ現れている。
「このまま押し切れるぞ潤坊!」
「ああ! いけるぜ遼兄!」
序盤、勢いそのままにサーガ優勢となったが、少しずつ兵の数が効いてくる。
6,000の敵歩兵の中、一騎の騎馬は最初こそ突破力があったとはいえ、囲まれてしまえば小回りが効かない分、身動きが取りづらい。
そんな中、歩兵隊第7班の一人が討たれて倒れ込んでしまう。
「……ッ!」
一瞬、潤は倒れた仲間に目を取られる。
「潤振り返るなッ! 前へ進むことだけを考えろッ!」
声の主は潤や遼と同郷の剛だった。
何度か戦を経験している初老の剛は、戦場で立ち止まることの無意味さを知っていた。
やられる前にやる、それが生き残るための鉄則である。
歯を食い縛り、潤は再び前を向く。
ガサキ6,000の歩兵の塊に、穴が開こうとしていた。
突破できる――そう思った瞬間、サーガの歩兵たちが次々と薙ぎ倒された。
「なんだ……こいつら。俺らと同じ農民歩兵じゃないのか……ッ」
その光景を見たサーガの歩兵たちは誰もがそう口にした。
ガサキ歩兵団の後衛には、農民歩兵とは言い難い屈強な肉体と桁外れの身体能力を持つ者たちが待ち構えていたのだ。
彼らはクジュウと呼ばれる海洋民族――農耕ではなく、漁を生業とする者たちだ。
腕や顔にクジュウ独特の刺青があり、一目でその異質さがわかる。
その数、およそ200。
「サーガの虫どもぉ! 俺たちクジュウが全員殴り殺してやる! 次はどいつだァ!?」
クジュウの迫力ある声にサーガの歩兵は筋肉が強張り動きが鈍くなる。
そんな彼らをクジュウたちは一方的に殴り付けた。
「ワハハ! 弱えぞこいつら!」
圧倒的な力の差、そして歩兵の数の差を前にして、クジュウたちから逃げるようにサーガの歩兵たちは後退りする。
じわじわとガサキ軍が前進し、押していたはずのサーガの歩兵は陣付近まで押し戻されるつつある。
「第7班ッ! 俺に着いてこいッ!」
「無茶だ潤坊! あいつらは異常だ!」
「いくぞ遼! 潤に続けッ!」
「剛爺さすがに無理だ! 敵が多すぎて進めねえ!」
殴り、殴られ、勢いがあった潤たち第7班も疲労から動きが鈍くなっている。
口では言うは容易いが、結果として第7班は前に進めないでいた。
歩兵の疲労、膠着状態から徐々に劣勢になるサーガの歩兵たち――この状況を一人騎馬する潤にはよく見えていた。
「くそ、このままじゃ前に進めねぇ! すまない遼兄! 少しの間、黒絢を頼むッ! すぐに班とは合流するから、ちょっと単独行動させてくれッ!」
「やめろ潤ッ! 個で動けば死しかないぞ!」
豪が潤を制しようとするが、それより早く黒絢から飛び降り走り出す。
走るというより、ものすごい速さで飛ぶように歩兵たちの合間を縫って進んでいく。
「なんて動きだ、あいつ猿かよ……って、俺馬なんか乗れねえぞ!? おい潤坊! 早く戻ってこいよ!」
ぶつかり合ったサーガ2,000、ガサキ6,000の男たちの中を潤は風の如く駆け進む。
そして、ガサキの海洋民族、クジュウ200人の前まで辿り着いた。
「ワハハ! ガキじゃねえか! 殴り殺し……ッ!?」
「うるせぇッ!」
クジュウの一人が言い切るより速く、潤の上段蹴りが顔面を貫いた。
前歯が抜け飛び、鼻柱が潰される。
ドサッ、と意識を失った大男が静かに倒れ込む。
「ワハハ! 少しは骨のあるガキだ! 全員で押し潰すぞ!」
これに動じることなく、クジュウたちは一斉に襲いかかってきた。
――が、ガサキの歩兵の後衛だった200のクジュウが動いたことで、混雑し合う歩兵たちの群れの中、僅かに道が開けたのだ。
これを見逃さない両軍の騎兵たちが動き出そうとしていた。
「加勢するぞ、少年ッ!」
ここを突破できればとてつもない追い風となる、そう感じ取ったサーガの歩兵たちは勇気を振り絞り潤と共にクジュウの群に飛び込んだ。
――が、大槌を振り回すクジュウの巨漢が、その一振りでサーガの歩兵10人以上を吹き飛ばす。
「う、うわぁっ……! バケモノか……ッ!」
「ワハハ! 次はお前だッ!」
振り上げられた大槌は、潤の頭上にあった。
間も無く、頭の骨ごと押し潰される――しかし、完全に動きを見切っているかのように潤は横っ飛びし、息を吐く暇もなくクジュウの巨漢の顎を膝蹴りで撃ち抜いた。
顎を砕かれ、失神して白眼状態となった巨漢が左右にふらつき、ゆっくりと横に倒れた。
「な、なんだこのガキ……!?」
次第に、圧倒的な身体能力を誇るはずのクジュウたちが、潤が放つ威圧感に押され始めていた。
「どうした。ビビってんのか?」
奴隷の少年の睨みに、大男たちが後退りする。
「ワハハ! わかったぞ、お前、変異能力者だな。だとしたらお前の相手は俺たちじゃない。おい、雲母を連れてこいッ! このガキの相手をさせろッ!」
後衛のクジュウたちの更に後方から、ひどく痩せた少女が強引に前へ押し出される。
背中をドンッと強く押され、潤の前に放り出された少女は、ぼろぼろの布切れを着て、武器となるような物は何も持っていない。
それ以前に、戦場に女――しかもまだ幼い少女がいること自体が不自然な光景だった。
クジュウたちは、標的を潤から他のサーガ歩兵に変え、その圧倒的な肉体の差、身体能力の差から一方的に殴り始めた。
「おい雲母、そのガキを殺せッ! そしたらまた腹一杯飯が食えるぞ! ワハハ!」
「ふざけるなッ! こんなところに女連れて来てんじゃねぇ! おい、逃げるなッ!」
潤は怒りのままに声を上げた。
「ワハハ! そんなこと言ってるとお前死ぬぞ!?」
気が付けば、潤と雲母と呼ばれた少女の周りにだけ他の兵がいない異様な空間ができ、サーガ2,000とガサキ6,000の歩兵が衝突し混み合う中、ぽつんと空いた空間に、少年と少女の二人だけが立っていた。