奴隷の少年、班長になる
海と山に囲まれたタラの地は、カシマの地ほど人は多くない。
カシマの地には15の集落があるのに対し、タラの地はわずか5つである。
連携し、支え合い、共同の田畑で農耕を営むことができる人口規模が100から150程度である。
つまり、カシマの人口はおよそ1,500百、タラの人口はおよそ500ということになる。
人の数としては少ないタラの地だが、それでも国境を接する隣国ガサキからの侵攻をこれまで防ぐことができているのは、その国境が深い山あいにあるためだった。
隣国ガサキにはクジュウと呼ばれる得体の知れない海洋民族がいて、高い身体能力と高度な航海技術を持っている。
しかし、タラの地を囲む海は潮汐が激しく、干満の差が大きいことから、海洋民族を率いるガサキ国とはいえ、陸路を強いられているのだった。
「隊列を整えろ! まもなく合流する!」
直朝の号令で軍に緊張が走る。
兵たちと同じく、直朝もまた、将としての初陣に緊張していた。
綺麗な青年の顔をしているが、身体中に不愉快な脂汗が滲んでいる。
個人としていかに武の実力があろうとも、兵の生き死にを与ることは全く違う才能が必要となることを、直朝はよく理解していた。
将にとっては、自軍が勝利することこそ最高の武勲であり、それは個人として敵を討つこととはまるで違う。
勝利とは、自軍の屍の上に成り立っているからだ。
「歩兵たちは前へ出ろ! これから10人一組の班を作る!」
開けた地で立ち止まり、直朝が歩兵たちに指示を出す。
一応、騎兵ということになっている潤を含めた農民300人は、10人一組、30の班に分けられた。
「お前たち10人は一心同体、戦地では常に班で行動しろ!」
ざわざわ、と歩兵たちは動揺が隠せない。
これは直朝なりの考えだった。
戦に慣れていない農民の寄せ集めである歩兵だが、どの戦場においても軍の大部分はこういった歩兵である。
そして、軍の大半を占める歩兵がいかに連携して動くことができるかによって戦況は大きく左右される。
だが、夜明けとともに徴兵されただけの300人の農民に、武人の考えなど分かるはずもない。
「配給だ! 10人の中から班長を決めろ、班長に飯と水を過払い! それぞれ班の者で分け合って食え!」
班を結束させるための直朝の考えだが、当然、自ら班長を買って出る者など現れるわけもない。
皆、口に出さないだけで死という恐怖を少なからず感じているからだ。
「腹減ったし、誰もいかねぇなら俺が行くぜ?」
30の班に分けられた中の第7班、潤や遼が属する班が一足先に動き出した。
声を発したのは潤だった。
「潤坊、お前すげぇな。さすが将軍から騎兵にしてもらっただけあるぜ……。よし、それじゃ俺たち第七班の班長は潤坊でいいよな」
後押しする遼の意見に反対する者もいるはずなく、自然な流れで潤が班長となった。
「ちょっくら飯もらってくるから待ってろ」
班の中で最年少――それどころか、集められた300人の中でも最年少と思われる奴隷の少年が、歩兵たちにはとても頼もしく目に映る。
「よーす。俺が第7班の班長だ。飯もらいに来たぜ」
図々しいというか怖いもの知らずというか、配給を受け取りに来た潤に、武人たちも僅かにざわついた。
一番に班長を名乗り出た潤の姿を見て将である直朝は一瞬笑みを浮かべ、そして声を張った。
「勇敢な少年、この状況、先陣を切って前に出たお前はサーガ国の、そしてカシマの地の誇りである!」
「びっくりした! いきなり目の前でデカい声出すんじゃねえ!」
「こらお前! 殿に向かってなんという口の利き方だ!」
武人の一人が潤を怒鳴り付けるが、直朝は目でそれを制し、歩兵たちに告げる。
「全員聞け、お前たちの力で故郷カシマを守るのだ! ここで奮起しないことは、ただ単にタラの地が敵国に犯されるというだけではない。次の戦地がお前たちの故郷カシマの地になるということだ! 故郷を守るため、家族を守るため、共に戦え!」
将の鼓舞に少しづつ歩兵たちが耳を傾け始め、徐々に士気が高まりつつあった。
戦は勢いだ、士気が高い方が勝つ。
「しかし! 腹が減っては戦はできぬ! 今は腹を満たし、戦地に赴くのだ!」
一人、また一人と、各班から配給を受けに立ち上がる。
家族を守るため、故郷を守るため、農民歩兵たちは自ら気持ちを鼓舞し始めていた。
「流石です殿。歩兵たちの目の色が変わりましたな」
「うむ。戦には、彼ら歩兵の力は不可欠だ」
「しかし……殿、よかったのですか? あの小僧のような存在は将への忠誠を乱し、ひいては歩兵の統率を欠く恐れがあるのでは?」
「好きにさせておけ。あの少年はいずれ大きな存在になる。そしてそれは、我がサーガ国にとって強大な力となる」
目の前で将の鼓舞を聞いたせいで、耳を押さえながら班の元に戻る潤には聞こえない程度に直朝は続けた。
「……この乱世を生き残ることができればの話だがな」
10人分の握り飯と水が入った竹筒を腕に抱えて班長たちは各々の班に戻る。
同じ班になった者同士、名前やどこの集落から徴兵されたのか等を話しながら歩き疲れた体と腹を満たした。