表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷少年の天下取り  作者: 青山ハル
プロローグ
3/16

奴隷の少年の決意

 何が起きたのか理解できず、この場の誰もが動けないでいる中、(ユウ)(ジュン)の体を抱きしめ、その動きを制した。


「やめなさい(ジュン)! 頭を下げて、早く謝罪を!」


 大王(おおきみ)の使者はこの場にいる者たちだけではなく、屋敷の中に待機していた武人(ぶじん)たちが剣を抜いて騒ぎに駆けつけてきた。


 武人たちは、素人が見ても一般人とは違うことが分かるほどに体は鍛えられており、その上頑丈な鎧を纏っている。

 そして、何度も死線を超えてきたであろうその者たちの目は、並の人間が生涯かけても辿り着けない狂気に満ちていた。


「お許しください武人様! この者の無礼をお許しください……!」


 (ジュン)の首が()ねられる。

 そう直感した(ユウ)は、抱きしめていた(ジュン)の体を放し、額を地面に擦り付けるほどに命乞いをした。

 武人たちは、大王(おおきみ)の使者の護衛を任された者たちだった。


 目の前で、奴隷の少年が大王(おおきみ)の使者に襲いかかった――剣を振り下ろす理由は充分だ。

 権力と暴力が支配する世界に、綺麗事はない。

 屈強な武人の一人が、(ジュン)の顔面をめがけて剣を振る。


「……なんだよ。武人ってのはイカつい鎧を纏っただけの木偶の坊か?」


 武人が剣を振り下ろすよりも速く、(ジュン)が脚を振り回した。

 誰もが目を疑った。

 重い鎧を身に付けている巨漢の武人は、蹴り出された勢いのまま吹き飛んだ。

 コイツ、やらかしやがった――と、カシマの(かみ)(ユウ)、それに大王の使者たちこの場の全員が目を丸くした。


 奴隷が武人を襲撃した。前代未聞だ。内乱でも起こすつもりなのか――カシマの(かみ)が一気に青ざめる。

 この地を統治する者として、カシマの(かみ)は、今この状況下で何か第一声を発しなければならない義務感に襲われるが、混乱して頭の整理がつかず、言葉にならない。


 そんな彼を他所目に、武人たちは誰一人として混乱などしていなかった。

 そのうちの一人が口を開く。

 若く、活気のある武人だった。


「やあ少年、威勢がいいな」


 にんまりと笑みを浮かべ、余裕の表情で(ジュン)に近寄る。

 先程の武人は不意打ちの蹴りを入れられたに過ぎず、奴隷の少年を斬り殺すことなど、百戦錬磨の武人がその気になれば赤子の手を捻るようなものである。


「今の俺たちは大王の使者をお守りする要人警護を依頼されている。普段なら一般人の、しかもまだ少年のお前を殺すなんてことは有り得ない。でもな、ククク……悪く思うなよ。自業自得だ、クソガキ」


 若い武人は口角を上げ、狂った目つきで(ジュン)の瞳の奥を覗き込んだ。


「ぶ……武人殿……、剣をお納めくだされ。この者も明日、タラの地へ向かわせるうちの一人だ。わざわざここで兵の数を減らす意味もないだろう……」


 屋敷の中、それも娘である(ユウ)の目の前で人の血が流れることを拒んだカシマの(かみ)は、この場をなんとか収めようと口を挟むが、すぐにそれは無意味なことだと理解し、額に汗が滲んだ。


「勘違いしてもらっては困りますねぇ、カシマの(かみ)様。兵は各集落からきっちり20人連れて行く。カシマの地には15の集落がある。つまり300人。ククク………そういう約束だったでしょう? コイツが生きてようが死んでようが関係ない」


 嗚呼、無情にも(ジュン)はここで殺される――全身の力が抜けた(ユウ)の頬に涙が零れた。


「戦乱の世の常だ。死ね、少年」


 (ジュン)の頭上に剣を振り上げ、若い武人はさらに鋭く口角を上げる。


「最期に何か言い残すことはあるかぁ? 俺は優しいからなぁ。乱世に生きる名も知らぬ少年が、最期に吐く言葉を聞いておいてやろう」


「………ぇな」


「あ? 何か言ったか? 怖くて声も出ねぇかぁ?」


「ごちゃごちゃうるせぇなって言ってんだよ!」


 殴打。

 拳で相手を殴る行為は、最も単純な攻撃である。

 予備動作なし、初速度(ゼロ)から急加速する(ジュン)の殴打は、百戦錬磨の武人の目でも追うことができなかった。

 思いっきり振り抜いた拳は武人の鼻をへし折るに留まらず、そのままの勢いで顔面ごと地面を殴り付けた。


「ぐぎゃぁあああっ……!!」


 言葉にならない叫び声が屋敷に響き渡る。

 潰れた鼻、折れた前歯、ドクドクと溢れ出る汚い血に塗れ、武人は激痛に悶絶し転げ回る。


「けっ。弱い犬ほどよく吠えるつってな。殺る気ねぇのか、コイツ」


 誰もが予想だにしないことだった。

 奴隷の少年は、鍛え抜かれた武人、幾度の死線を超えてきた武人より、圧倒的に強かった。 


「なんと……これは、こちらの方が謝らなければならないようだな」


 武人の中でも落ち着いた雰囲気のある男がゆっくりと(ジュン)に近づき話し始めた。

 屈強な肉体にそぐわない綺麗な青年の顔をしているが、その黒い瞳は何度も人を斬ってきた者でないと到達できない領域にあることを、(ジュン)は感じ取っていた。

 明らかに、先ほど殴り倒した武人とは纏う気配が違う。


「俺の名は直朝(ナオトモ)。少年、名前を聞かせてくれないか?」


「……(ジュン)だ」


「そうか。すまない(ジュン)。俺の隊員が失礼なことをした」


 直朝(ナオトモ)と名乗る筋骨隆々の青年は深く頭を下げ、そのまま話を続ける。


「将と呼ぶには至らないところばかりであるが、こんな俺でも、300の歩兵と50の騎兵を任せてもらっている。そして(ジュン)、君もそのうちの一人だ。わかってくれるか? 今は仲間割れしている場合じゃない」


 直朝(ナオトモ)は下げていた頭をゆっくり元に戻し、偽りのない真っ直ぐな目で(ジュン)を見つめる。

 この男に対する得体の知れない恐れと、自分が置かれた状況を理解した怒りで(ジュン)はに震えていた。


「……なんとなくだけどわかってきた。タラの地でガサキ軍との戦争が始まろうとしている……。だが兵の数が足りねぇと考えたサーガ軍は、隣のカシマから300人連れて行く……俺もその一人。そして、お前が俺たちを率いる大将ってことか」


「そうだ。理解が早くて助かる」


「……ふざけんなッ! 戦争なら勝手にやりやがれ!」


 (ジュン)は殴りかかろうとするが、それより一瞬早く、直朝(ナオトモ)が一喝する。


「大人になれ! いつまでも我儘が許されるガキだと思うな!」


 鋭い眼光と直朝(ナオトモ)の気迫に、(ジュン)の体が強張る。

 齢十五を過ぎた程度の少年だが、戦乱の世では命を賭して戦う一兵力である。


 有力な豪族の子であるならまだしも、奴隷の身分である(ジュン)が、最前線で体を張るために利用されるのは全く不思議なことではない。


「お前が身を挺して守るんだ! カシマの地を! カシマの民を! これまで共に生きてきた仲間を!」


「……ッ!」


 (ジュン)(ユウ)に目を向ける。

 そこには、崩れ落ち、両手で顔を覆い、肩を震わせている姿があった。


「大切なものを守れ! 共に戦おう! カシマの地に、血と涙が流れないために! その力が、お前にはあるんだ!」


 戦争孤児の奴隷として生き、家族もない。

 何もないが、ただ一つの心の拠り所がある。

 それを守るために、できることは何か。

 気が付けば、(ジュン)の目に涙が浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ