俺と揺れるスカートのワルツ22
「その……大名さんってどんな人なの?」
風子から出るのは当然の質問だ。俺が答えるよりよすがが答えた方がいいだろう。俺は右隣りに視線を向けた。
「朝波氏のご近所さんですよ。幼稚園から同じ所に通っていて、現在は高校の同じクラスです。その縁で私は居候させてもらっています」
「和輝君の幼馴染さん?」
その問いによすがは何も答えることができず、俺は「まぁ、そんな感じだ」とだけ言った。「幼馴染じゃない」と言い張る様を二度も目の当たりにしている幽霊は驚いたような吹き出しそうな何とも言い難い顔をした。
「家も駅から近いから。俺の家からも近いし何かあったら言ってくれれば」
風子は一度俺の家に来たことがあるから、だいたいの場所はわかるだろう。初めて会った日に、栗生と結界を張りに来たのだ。
「あんまり優しくされないかもしれないけど、たぶん他人に興味がないだけだから気にすんなよ」
「そうなんだ……なんか緊張しちゃうな……。よすがちゃんにも優しくないのかな?」
「気遣いが感じられない事がないこともありませんよ。同居する上では特に不満は感じていませんね」
「そっかぁ……じゃあ大丈夫かな?霊体は視えない方なんだよね?」
「そうですね。私との会話も私が具現化することで成り立っています」
「私は視えるって言った方がいいかな……?」
「それは少々、迷っております」
ハキハキととした物言いが印象的なよすがだが、この一言は声色から悩んでいる様子が伺えた。
「バイト先の知り合いという設定にしようかとも考えたのですが、もしそうでないと知られた時にいろいろ面倒が起きるのでは、と」
「大名なんて二度と会わないだろうし、言い訳なんて適当でいいと思うけどなぁ」
「そうとも限りません。瑞火様は私の職場をご存知ですし、バイト先の者でないという嘘は知ろうと思えばすぐに知れます。しかし私には他に人間関係がないので、後はもう行きずりの少女を拾ったとしか……」
「つまり俺やこいつの知り合いって言うのがマズいのか?」
俺は目の前の幽霊を指差した。幽霊は「オレ?」と言いたげに自分自身に人差し指を向けた。
「まぁ、端的に言えば、そうですね」
「どの辺がマズいんだ?よすが的に」
よすがは顔の表面を微動だにさせずに真っ直ぐこちらを見ている。その時間約十秒。何ガンつけてんだと言おうとしたところで、たぶん自分の考えを口にするかしまいか悩んでいるのだと気が付いた。そのまま大人しく待っていると、結局言うという結論に達したらしくよすがは口を開いた。
「……こう言っては何ですが、瑞火様は一つのものに執着しがちなタイプです。つまりですね、朝波氏の知り合いと言うと風子殿に優しくできなくなるのでは、と……」
「なるほどな、お前の言いたいことはわかった」
「オレもわかった!」
「わたしもわかった」
悠葵ちゃんまで理解の意を示す中、風子だけは首を傾げた。
「悠葵ちゃんわかったの……?わたしだけわからないや……」
「えー!風子ちゃん、それはわかるよー!ふつうに!」
「悠葵はおませさんだなぁ」
「文太郎さんこそ理解できたなんてびっくりだよ!」
「えっ?それどういう意味?」
風子は困ったような曖昧な表情で全員を見回した。自分だけ理解できていないのが不安なのだろう。
「風子殿は人間関係をご存知ないので伝わらないのも仕方がないことです。わかりやすく言いますと、朝波氏が他の女性と仲良くしていると瑞火様は面白くないのではということです」
「えっ、あっ?えっ、そうなんだ!」
その説明ならさすがの風子にも意味が通じたのか、彼女は両手を口に当てて驚いたり恥ずかしがったりした。
「じゃあ和輝君のこと喋らない方がいいのかな?」
「そうですが、そうなると私と風子殿が出会う理由がありませんよ」
全員同時に考え込んだ。が、真っ先に案を出したのは意外にも幽霊だった。
「あ!じゃあさ、よすがの店で花を買いに来る常連客とかどうだ?」
「お前にしてはいいアイディアじゃねーか」
「へへへ、そうだろ?」
幽霊は照れ臭そうに頭を掻き、よすがに「その発想は私にはありませんでした。さすがですね」と言われると、狭い座席で身をよじった。
「ならとりあえずその設定で行くか」
車体が失速を始め、アナウンスが野洲駅に到着することを伝える。俺達は各々荷物を手に立ち上がった。




