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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と揺れるスカートのワルツ19




「右!右!もっと右!」

「右?こっち?」

「そうそう、あってるよ!」

「もうちょっと右!もう少し!」

悠葵ちゃんと風子の指示で、幽霊はじりじりと右に移動する。砂の上に置かれたスイカと真っ直ぐの位置に来たとき、今度は「前!もうちょっと前!」「あと一歩前だよ!」という指示に変わった。

「ストップ!そこで振って!」

悠葵ちゃんの声に従い、スイカの正面に立った幽霊は木の棒を大きく振りかぶって、地面に叩き落とした。

「あ〜!おしい!」

「あと少しだったね〜」

二人の反応と手応えで答えはわかりきっているが、幽霊は目隠しを外して自分の目でスイカの状態を確かめた。棒の先はスイカの左スレスレの砂を抉っている。

「うわ〜!すげーおしいじゃねーか!」

「ねー、おしかった!」

「でも今までで文太郎さんが一番上手いよ!」

お昼と夕方の間頃の時間。俺達の使用している場所は周囲に他の客もいないので、レジャーシートから三メートル程離れた場所を広々使ってスイカ割りをスタートした。風子、よすがと棒を振り、たった今三人目の幽霊も失敗したところだ。流れ的に、次は俺の番だろう。

「じゃあ次は和輝だな!」

幽霊は木の棒と目隠しを俺に差し出した。仕方なく立ち上がりそれらを受け取る。目隠し代わりのアイマスクを装着している間、「次は成功するかな〜」とか「早くスイカ食べたいね」とか聞こえてきた。

「じゃあ回すぞ!」

その合図と共に、幽霊が俺の肩を掴んでぐるぐると回す。けっこう雑に回されて、思わず口から文句が飛び出そうになった。

「和輝君、左だよ、左向いて!」

「左だ!和輝!」

「あー!もうちょっと右!和輝さん、右だってば!」

三人から飛ばされる声を頼りに少しずつ距離や方向を調整し、ついに「ストップ!そこで振って!」という悠葵ちゃんのお許しが出た。俺は棒を振り上げ、そしてそこそこの強さで振り下ろす。棒の先端部分に何か硬いものが当たった感触と共に、周囲から歓声が聞こえた。

「すげー!和輝!やったぞ!」

「すごーい!ついに割れた!」

「すごいね和輝君、上手!」

アイマスクを外して足元を見ると、そこそこの力で殴った為か、完全に割れてはいない中途半端な姿のスイカがあった。こんな不完全に手を叩いて盛り上がっていたのか。

「ようやくスイカ食えるな」

「確かに!そろそろ腹減ってきたところだ!」

スイカ割りの様子をしゃがんで見ていたよすがは、立ち上がると「なら切り分けますね、これ」とスイカを拾い上げた。

幽霊に言われて気付いたが、バーベキューから時間が経過していて確かに空腹を感じる。皆がよすがに続いてレジャーシートへ戻る中、俺は悠葵ちゃんに声をかけた。

「そういや、悠葵ちゃんって腹減ったりしないのか?」

ふと気になったことを聞いてみた。幽霊もよすがも物を食うし、昔夕飯を与えないと言ったら「餓死する!」と騒がれた気がする。悠葵ちゃんは亡くなってから一年以上物を食べていないはずだが、体調に異変はないのだろうか?

「うーん、今はしないかなあ」

「でもずっと何も食ってないんだろ?」

「そうだけど、オバケになってすぐにものすごくお腹が空いて、気持ち悪くなって死にそうに苦しかった時があって、しばらくそんな感じのが続いたら、だんだん体調も戻ってきて。今はもう大丈夫。その一回だけだったし、それからずっとお腹も空いてない」

「へぇ、今が大丈夫なんだったらいいけど」

「うん。でも、みんなが美味しそうにいろいろ食べてるの見ると、やっぱりわたしも食べれたらいいのになって思っちゃう」

そう言って悠葵ちゃんはスイカをカットするよすがの背中に目を向けた。よすがの手元を風子がわくわくした表情でのぞき込んでいる。

「じゃあ俺が天国に行ったら、悠葵ちゃんも着いてきてくれ。そしたら天国で好きなものたらふく食わしてやるよ」

「奢り?」

「ああ、奢りだ」

「やった〜!わたしスパゲッティとピザが食べたい!あとフレンチトースト!」

「好きなだけ全部食え」

悠葵ちゃんは「約束、わたしは忘れないからね!」と念を押すと、風子の方へ駆けていった。一人取り残された俺も、みんながいるレジャーシートの方へ向かう。

「出来ない約束などしない方がいいですよ。……って言うだろうな、よすがだったら」

突然の真横からの声にびっくりして振り向くと、幽霊がニヤッと口角を上げた。

「どういう意味だよ」

「どういう意味だろうな」

「成仏する可能性もあるだろ、これから」

「うん、それが一番いい」

俺と幽霊は、少し離れた所で立ち止まって、レジャーシートの上の団欒を眺めた。

「お前もそう思うか?出来ない約束はするなって」

「悲しむのは悠葵ちゃんだからな」

「最悪の場合は栗生に頼むよ。俺が頼む」

「そうだな」

幽霊は頷いて、「最悪の場合だと悲しむのが二人に増える」と付け足した。二人目とは風子のことだろう。

幽霊は一歩踏み出してから、一瞬悩んでこちらを振り返った。

「でも、和輝は結局約束を守れないよ」

もう一度「どういう意味だ」と問いただす前に、幽霊はさっさとみんなの方へ混じってしまった。俺はモヤモヤを抱えたまま、ゆっくりと足を前に動かした。





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