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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と揺れるスカートのワルツ18




海岸沿いを歩くと確かに大きな岩が積み重なった場所があった。崖のようになっているわけでもなく海面への傾斜は緩やかで、おそらく意図的に置かれたものなのだろうと推測する。岩に腰掛けて海を眺めたり、少し陰になっているところでカップルがいちゃついたりする為にあるスポットなのだろう。

俺達が着いたときには誰もいなかったその場所は、海岸の賑やかさから切り離された別世界のようにしいんとしていた。

「蟹いないねー」

「蟹さんいない海なのかもしれないね」

悠葵ちゃんがふよふよと岩場を進み、そのすぐ後ろを風子が着いていく。俺はその更に後ろを、二、三歩離れて追いかけていた。

「貝殻もないねー」

「もっと水がある方に行ったらあるかも?」

「じゃああっちの方行こう!」

「あっ、待って待って〜」

岩の一番高い所に来ると、風子と悠葵ちゃんは青空を浮いているように見えた。二人の背景はとにかく全部青色で、風子の髪やパーカーや悠葵ちゃんのレモン色のワンピースは光っているようだった。

「走ると危ないぞ」

風子の背中に声をかけたが、彼女は悠葵ちゃんを追いかけることに一生懸命らしくその耳には届かなかったようだ。

悠葵ちゃんは水辺まで一気に駆け下りて、風子はわたわたとそれに着いていった。二人の姿がだんだん小さくなり、ついにニリットルのペットボトルと同じくらいのサイズになる。俺は急ぐ気にもなれず、すると二人に着いていく気にもなれず、その場で足を止めた。ゴツゴツした岩肌の感触と時折り髪をさらう爽やかな風が不思議と共鳴していた。海に来たんだな、という気分になった。

しばらく浜辺を立ったりしゃがんだりしながら進む二人の姿を見ていたが、それも十分もすると飽きて、気の向くままに歩を進めてみた。岩場を浜辺と平行にまっすぐ歩く。人工的に作られた岩場だろうから、すぐに終わりに出くわすだろう。端っこまで行ってみようと思った。

端っこまで来ると本当に静かで、風子の声も悠葵ちゃんの声も届かない。なるほど静寂ってこういうことを言うんだなとぼんやり考えた。

少し離れてしまったから二人が探しているかもしれない。戻ろうと振り返ると、俺の視界いっぱいにクリーム色の何かが広がり、サッと横切って行った。驚いてそちらを見ると、岩の上に麦わら帽子が落ちていた。

「すみません、風が」

振り返ると風で舞い上がる髪を片手で押さえながら、よすががこちらに歩いてくるところだった。俺はまた飛ばされる前に麦わら帽子を拾い上げる。

「何でお前がここにいるんだよ」

「あなた方を呼びに来たのですよ。江戸川様がスイカ割りをしたいと」

よすがは俺のすぐ側で立ち止まって、麦わら帽子を受け取った。先程までより風が出てきているので、彼女はそれを被り直さずに手に持ったままにした。

「お二人が探してましたよ」

「ちょっと離れすぎたか」

元いた方へ歩き出すと、よすがもそれに着いてきた。

「スイカ割りか。スイカなんて持ってきてねーぞ」

「海の家に売ってたんです。江戸川様がそれを見つけて、薄暗くなる前にみんなでしたいと」

「へー、いいんじゃね。風子も意外とそういうの好きそうだし」

海水浴場の施設ではバーベキューコンロだけさっさと借りて、他のものはほとんど見ていなかった。スイカ割りのセットの他にもビーチバレーや水鉄砲なんかも置いてありそうだ。

「お前スイカ割りとかしたことあんの?」

「久しくないですね。学生の時に友人達とした以来でしょうか」

「えっ、天国って学校あんの?」

「ありますよ。勉学は生前学んだ記憶を引き継ぎますから、もっと学びたいという者が自主的に赴きます。だから年齢もバラバラで、こちらで言うと大学が一番近いかもしれませんね」

なるほど、死んでから転生するまで時間もあるみたいだし、余計に何かを学びたくなりそうだ。それに、生前家庭の事情や経済的な理由で満足に勉強できなかった者も多いだろう。

「お前は何の勉強してたんだ?」

「私は神殿で仕事がしたかったので、官吏になる専門の学校に通っていました」

「へぇ、そんなもんもあるのか」

「ええ、わかりやすく言えば国家資格ですからね。警察や裁判所のような役割も担っていますし、学ぶことは多いです。有事の際は神をお守りできるように護身術や霊子での武器の作り方なんかも習いますよ」

「大変そうだな」

「そうですね。授業も詰まっていますし、本当にやる気のある人間しか続きません」

開けた目の前に相変わらずニリットルのペットボトルくらいの風子と悠葵ちゃんが見えた。こちらに気付いた風子が大きく手を振る。

「気になるなら、機会があればまた話を聞かせて差し上げますよ」

「そんなペラペラ喋ってもいいことなのか?」

「まぁ、あなたに話した所でどうこうなるわけでもありませんし」

そういえば、幽霊が栗生に天国の話をする時も、そんな事を言っていた気がする。俺達生きている人間に何を話そうが、そりゃあもちろん天国には何の影響もないのだろう。

俺達と合流してから戻るつもりか、風子と悠葵ちゃんはその場で俺達がやって来るのを待っていた。

「ずっと気になっていましたが」

あと二、三分もすれば二人のところに着くだろうというタイミングで、よすががポツリと切り出した。

「あなたやっぱり風子殿の方ばかり見ていますね」

「気のせいだろ」

俺の呆れた声を歯牙にもかけずよすがは続けた。

「自覚がなさそうですが、そうでもありませんよ。本当にずっと見ています。話をする時なんか、いちいち振り返って」

「なんだ、そんなことか」

「ああ、自覚がおありでしたか」

「別にたいした理由じゃねーけど」

風子と悠葵ちゃんの喋り声がかすかに聞こえる程度まで近付いていた。ゆっくり話して聞かせてやる時間もないし、それに本当にたいした理由ではない。

「視界に入れてなきゃ不安になるからだよ」

ただ一言そう説明すると、意味が理解できなかったよすがが不思議そうにほんの少し眉を寄せた。




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