俺と揺れるスカートのワルツ17
お腹がいっぱいになった後、バーベキューの片付けを軽く手伝ってから俺と風子と悠葵ちゃんは浜辺に向かった。「あとは私達がやっておきますよ」「行ってらっしゃ〜い!」とよすがと幽霊に見送られる。風子は結局片付けもろくろく参加できなかったと済まなさそうにしたが、そんな事を気にする二人ではなかった。
「あっ、見て見て風子ちゃん、この貝殻きれい!」
「ほんとだね。きれいなピンク色」
悠葵ちゃんが指差した先にしゃがんで、風子はその貝殻を拾い上げた。それから三歩後ろをついている俺を振り返って、親指と人差し指の間にある貝殻を見せてくれた。
「見て、和輝君。こんなにきれいな貝殻があるよ」
「ほんとだ。悠葵ちゃんは探すのが上手いな」
風子の指の間にある貝殻は、確かに欠けもなく色も鮮やかでキレイなものだった。普段大人びている悠葵ちゃんも褒められると嬉しいのか恥ずかしそうにはにかんだ。
「この貝殻、かわいいピンク色で悠葵ちゃんっぽいよね」
「えー?そうかなー?わたしピンクって感じするー?」
桜のような桃色は幼稚な色だと認識しているのか、悠葵ちゃんは少し不満そうに唇を尖らせた。だがまだ幼い悠葵ちゃんの雰囲気にこの桃色はぴったりだと思う。
「風子ちゃんは何色って感じするかなー?ピンクとはちょっと違う気がするし……」
「黄緑」
つい口をついて出た俺の一言に、悠葵ちゃんと風子が振り返った。俺はホッとして、そして弁解がましく言葉を続けた。
「黄緑っぽくないか?風子は」
「えー?黄緑ではないでしょー。うーん、もっとなんか……薄紫とか?」
悠葵ちゃんは首をひねりながら一生懸命考えている。この年齢で薄紫のような渋い色が出てくるとは、ポーズだけでなく中身も大人びているのだろう。
風子が立ち上がって、半身でこちらを振り返った。風子の背中と風になびいた髪の向こうに悠葵ちゃんの姿が隠れる。
「和輝君はわたしのこと黄緑っぽいと思う?」
そのままの動きで彼女は完全にこちらを向いた。そうだ、頼むからこっちを見ていてくれ。
「ごめん」
つい素直な気持ちを口にすると、風子はパチリと瞬きして「なんで謝るの?」と首を傾げた。それは俺の個人的な感情だから、何も答えられないでいるうちに、風子の後ろから悠葵ちゃんがパッと姿を現してこう言った。
「やっぱり風子ちゃんは薄紫色!それかモンブランみたいな茶色かな?和輝さんはどっちだと思う?」
どっちの色も想像できなかった俺は、悠葵ちゃんに曖昧に笑いかけただけだった。風子は「どっちもかわいい色だね」と言った。
「じゃあ薄紫の貝殻探すね!見つけたら風子ちゃんにプレゼントする!」
「ふふ、ありがとう。見つかるといいなぁ」
「こんなにあるんだから絶対見つかるよ!和輝さんの分も見つけてあげる!」
悠葵ちゃんが身体ごと振り返ると、ワンピースのスカートの裾やニつに結った髪の毛先がふわりと揺蕩った。いつも思う、霊体が回転する様子は末方がゆっくりと泳ぎ、まるで水の中にいるみたいだ。こんなに綺麗な一瞬を瞳に映すことができるのは、今この場で、俺と風子だけの特権だ。
「俺の分もあるのか」
「うん。和輝さんはねー、何色だろう」
悠葵ちゃんはまた「うーんうーん」と唸り始めた。隣の風子がちょっと迷ってから、でもやっぱり口を開く。自分の思う事があったが、悠葵ちゃんが答えを出す前に言ってしまうことを気にしたのだろう。
「わたし、和輝君は青色だと思うな」
「青?」
それを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、どこかの神様の瞳の色だった。
「うん、青色」
「青はあの幽霊じゃねーか?どっちかというと」
風子は静かに首を振った。高く結い上げた髪の毛先がふるふると揺れて、そのスピードに生きていることを実感する。
「ううん、文太郎君よりもっと綺麗な青色。水色……でもなくて……ええと……」
そう言って空を仰いで、こう続けた。
「あっ、この空みたいな色。セルリアンブルー。文太郎君は、海の色」
晴天。
「はは、それ逆じゃねーの」
その海の深さは確かにあいつと同じかもしれない。でも、海は沈んでしまいそうで怖い。
「わたし、青色の貝殻も探すね」
風子は俺が好きだったあの声で「今日の思い出」と口にした。




