俺と揺れるスカートのワルツ15
高い声で「大変大変〜!」と叫びながら悠葵ちゃんが戻って来たのは、バーベキューの準備がちょうど終わった時だった。
「どうされました?悠葵殿」
俺とよすがはほとんど同時に振り返り、悠葵ちゃんはその目の前でキキーッと踵でブレーキをかけて立ち止まった。
「風子ちゃんが溺れちゃった!」
「はあ!?」
「なんですって!?」
サンダルも履かずに飛び出そうとした俺とよすがの視線の先に、肩を並べてこちらへ向かってくる風子と幽霊が見えた。俺達に気が付いた幽霊が呑気に大手を振っている。
「あ、大丈夫だよ。普通に浅瀬だったから」
「紛らわしいこと言うな!」
「まぁ、無事ならそれでよかったですが」
よすがは足の裏についた砂を払い落としながら、ため息混じりにそう言った。俺もレジャーシートに上がるために、よすが同様に砂を払う。指の隙間に入り込んだ砂が落ちきらなくてほんの少し不快だった。
「ただいまー!」
「お前ら頭からずぶ濡れじゃねぇか」
レジャーシートまで戻って来た二人は、首から下どころか髪の毛まで全身濡れ鼠のようだった。幽霊が濡れてへたった天然パーマを掻きながらヘラヘラ笑う。
「いやー、風子を助けようと思ったらドボンといっちゃって」
「わたしが足を吊っちゃって、文太郎君は助けようとしてくれて」
幽霊の隣で風子があわあわと説明をする。
「まさかあんな浅瀬で溺れるとは思わなかったからオレも驚いちゃって」
「ごめんね、巻き込んじゃって」
申し訳無さからしょんぼりする風子に、幽霊は本気で気にしていない調子で「大丈夫大丈夫」と言った。
「ちょうどいいからバーベキュー始めるか。風子も髪の毛拭いといたらどうだ?」
俺が自分のバッグから取り出したタオルを渡すと、風子は両手の平をブンブン振って遠慮した。一応持ってはきたが、俺はたぶん海には入らないだろうから使ってくれて構わないのに。
「俺たぶん使わないから全然いいぞ」
「ほんと?ごめんね、ありがとう」
おずおずとタオルを受け取ると、風子はまず額にぺったり貼り付いた短い前髪を拭いた。それからポニーテールにした長髪を手で絞り、タオルで水分を吸い取ってゆく。俺はよすがの側にいる幽霊に目を移した。
「おい、火つけてくれ。準備できてるから」
よすがが切った野菜をわくわくしながら見ていた幽霊は、「任せろ!」と元気な返事をするとコンロの中に無造作に積まれた炭の山を覗き込んだ。すかさずよすがが「これを使うみたいですよ」と着火ライターを手渡した。
「ん?なかなかつかないぞ、これ」
「奥の方につけてみてはいかがですか?」
「そっか、この辺の方がつきやすそうだな」
着火ライターをカチカチ鳴らしながら、幽霊とよすがが試行錯誤している。俺は二人の後ろ姿から目を逸らしてクーラーボックスから肉を取り出した。何種類か買ったが、とりあえず焼きやすそうな厚みの牛肉の包装を剥いだ。
「あ!和輝!火ついたぞ!」
「おー、よかったな」
「さっそく何か焼こう!」
「ではこの人参を先に焼いておきますか?火が通りにくいと思うので」
「それがいい!そうしよう!」
何でもいいから早く何か焼いてみたい幽霊が、菜箸で人参を焼き始めたのが気配でわかった。実際に振り返ってみると、想像していた通りの光景が広がっていて思わず苦笑する。網の上に人参だけを並べまくる幽霊と、それを微笑ましそうに眺めているよすがという光景だ。そんなに人参ばっか焼いてどうすんだよ。
「和輝君、タオルありがとう。ここに置いておくね」
その声に振り返ると、風子が俺のバッグの上に貸したタオルを置いたところだった。きちんと四角く畳まれている。
「おー、適当に置いといてくれ」
風子はタオルを置くとこちらへやって来て俺の手元を覗き込んだ。
「すごい、お肉いっぱいだね」
「ああ、昨日買ってきた。お前どれから焼きたい?」
「わたし何でも好きだよ。余ったら全然食べるから言ってね」
「はは、頼もしいな」
先日のカフェでの食べっぷりを思い出し、今日は食材が余らないかもしれないなと考えた。
「和輝君、たくさん準備してくれてありがとう。わたしほとんど何も用意できなくてごめんなさい」
「いや、張り切ってたのあいつだから」
「うん、でも場所調べたりバーベキューの貸し出しの予約したり、必要なもの買いに行ってくれたのも、全部和輝君だって聞いたよ」
「たいしたことじゃないから気にすんな。お前だって兄貴の目を盗みながら用意すんの厳しいだろ」
それは事実で、風子は申し訳無さそうに眉尻を下げて微笑んだ。一番やる気を出していたのは幽霊だったが、海に行ったりバーベキューの為の準備をうん十年前の人間がするのは難しいだろう。要領のいいよすがなら熟せるかもしれないが、けっこう無理矢理ついて来てもらっているし、用意までお願いするのは申し訳無い。それに、俺が一人でパパッと準備してしまった方が実際早いのだ。
「そういえば、今日は何て言って出てきたんだ?」
話題を変えようとそう尋ねると、風子は表情を曇らせた。
「えっと……今日は……」
言おうかどうか悩んでいるようで、風子が口ごもっているうちに幽霊のでっかい声が飛んできた。
「和輝ー!肉も焼こうぜ!持ってきてくれよ!」
俺は顔を上げて適当な返事をした。幽霊は菜箸片手にこちらを振り返ってニカッと笑い、反対によすがは網の上に視線を戻したところだった。
俺は風子に「後で聞く」とだけ伝えると、立ち上がってコンロの方に近付いた。風子も乾き始めた前髪を揺らしながらそれに続いた。




