俺と揺れるスカートのワルツ14
コンロをセットして食材を取り出した頃には、もう会話が復活していた。お互い意地を張ったのもわずか二、三分程だった。
「風子殿はどれくらい食べると思います?野菜はこれで足りますかね」
「風子は意外と大食いだから多めに切っといてもいいんじゃね」
「そうなんですか……。少食そうに見えるんですけどね」
「あの幽霊もけっこう食うし、もう全部切っといたらどうだ?」
「まぁ確かに、野菜はそんなに買ってないので全部切っちゃいましょうか」
家事ができることを自称していただけあって、よすがは無駄な動き無く野菜の皮を向いてカットしていった。
「そういえば、何故朝波氏は江戸川様のことを名前で呼ばないのです?」
「え?そうだったか?」
「そうですよ。いつもあいつとかあの幽霊とか言うじゃないですか」
「あんまり気にしてなかったけど、言われてみればそうかも……」
思い返してみれば、よすがの言う通り、俺は江戸川文太郎のことを名前で呼んだことがなかったかもしれない。
「江戸川様は何もおっしゃらないですが、あいつなどと呼ぶよりは名前で呼ぶ方が良いのではありません?友人なら」
「何かそう言われると今更名前で呼ぶのが恥ずかしくなってくるな」
「そんなことを気にしていたらいつまで経っても呼べませんよ」
「まぁ確かに……。次は気にかけてみるよ」
「そうですね。喜ばれると思います。江戸川様はあなたのことを大切な友人だと思っているので」
「へぇ、そりゃよかった」
「いつか天界に帰る日が来ると思うと心苦しいです」
顔を上げてよすがの方を見てみると、彼女は先程までと同じペースで包丁を動かしていた。トン、トン、トンと野菜がカットされるリズムは変らない。覗き込むように体勢を変えてみたが切り揃えられた毛先の向こうにある表情は見えなかったので、俺はまな板を挟んだよすがの正面に移動した。そこでようやくよすがが手を止めて顔を上げる。
「どうしました?」
「お前はいつまでこっちに居れるんだ?」
「……そんなことまで考えてたんですか」
よすがはそれだけ言うと、また野菜を切り始めた。人参の欠片が一つできるごとに、俺の目の前でよすがのつむじが小刻みに揺れる。
「そんなこと考えなくてもいいですよ」
「気付いたらそりゃ考えるだろ」
「江戸川様は何とおっしゃいました?」
「五年はいるって」
「そうですか。ならそうなのでしょうね」
「お前はどうなんだ?」
「さぁ、はっきりした数字はわかりません。ですが、江戸川様より多少短いのではないでしょうか」
「多少ってどれくらい」
「わかりませんよそんなこと」
端っこまで切り終わった人参を端に寄せ、よすがは次に玉ねぎを手に取った。
「でもさ、もしお前が悪霊になったらどうするんだよ」
「その時は祓われるだけです」
「だからそんなに頑張って想い出探ししてたのか?タイムリミットがあるから?」
「そういうわけではありませんよ。私はただ早く江戸川様に戻ってきてほしいだけですから」
「……もし何年も経って想い出が見つからなくてさ、お前の期限が近づいて来たら、お前どうするんだ?」
「それはもちろん、時期を見て帰るでしょうね。私だって悪霊になりたいわけではありません。悪霊になって祓われたら、もう輪廻の輪には戻れないので」
「…………」
「ですが、悪霊化には予兆があるものではないので。体調が悪いくらいはあるとは思いますが」
まな板の上でストンストンと頭とお尻を切り離された玉ねぎは、今度は身ぐるみを剥がされて、横に寝転がされ、輪切りにされた。
「お前って淡白だな」
「あなたは意外と情に厚いですね」
よすがは輪切りにした玉ねぎを人参の隣に寄せ、顔を上げた。玉ねぎを切ったせいだろう、その瞳には薄く涙の膜が張っていて、やたらに人間臭いなぁと感じた。




