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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と揺れるスカートのワルツ12




七月二十六日、日曜日。午前十一時。最寄り駅から電車を乗り継いで二時間半。俺達五人は大阪府にある虹色の浜海水浴場にいた。

「海だー!」

「よかったな」

さっそくはしゃぎ出す幽霊に、普段クールな悠葵ちゃんもつられて飛び跳ねた。

「すげー!広い!」

「広いね!人もいっぱい!」

「悠葵、あそこまで競争しようぜ!」

「負けないよ!」

「おい待て、お前は荷物運べ」

今にも走り出しそうな幽霊にレジャーシートとクーラーボックスを持たせる。せっかく海に来たし、泳がない気の人間も多いので、お昼は浜辺でバーベキューをすることに決めたのだ。俺の左手には海水浴場の施設で借りたバーベキューコンロが握られている。

「とりあえず場所取りするぞ。人が少ない方行こう」

虹色の海水浴場はファミリー客の利用が多い。大阪でも比較的水が綺麗なところで、波も穏やかで潮風が心地良い。更衣室やシャワーも完備してあるし、砂浜には屋台も並んでいる。駅からは多少歩いたが、遊ぶのにはかなり良い場所だと思う。

俺達は敷地の端っこの方にレジャーシートを敷き、バーベキューコンロを組み立てた。よく晴れていて、太陽が眩しい。荷物の番をしながら交代で着替えに行くことになった。

「じゃあ先に行ってくる」

「すぐ戻るからな!」

「悠葵ちゃん、何かあったらすぐ飛んでこいよ」

おそらく着替えが早いであろう俺と幽霊が、風子とよすがと悠葵ちゃんの三人を残して更衣室へ向かう。かなり端の方を選んだので、更衣室まで片道十分弱ある。

「悠葵ちゃんも楽しそうでよかったな」

「ああ!天界のやつに見付かるのは怖いだろうけど、こもってばっかじゃ気が滅入ってくるもんな」

前方から歩いてきた家族連れが俺達の横をすれ違った。三十代半ば頃の若い夫婦に、悠葵ちゃんと同じ年くらいの女の子と、一回り小さい男の子。四人家族だ。悠葵ちゃんはどうして死んだのだろう。

「悠葵も泳げればよかったけど」

「やっぱ霊体じゃ泳げないのか?」

「海の水もこの世のものだからすり抜けちまうな。浮いてるから泳いでる気分にはなれると思うけど」

俺と幽霊は更衣室の狭い個室に入り、ほとんど同じタイミングで出てきた。男子更衣は回転が早い。幽霊の派手な柄の海パンも海辺で着ると様になって見える。

「ただいまー!」

「おかえりなさいませ、江戸川様」

「二人ともおかえりなさい」

幽霊の大きな声に風子達三人はこちらを向いてめいめいに挨拶を返した。三人は着替えを持って立ち上がって、俺達と入れ違いに更衣室へ向かう。俺は一歩遅れて着いていく悠葵ちゃんの背中に「何かあったら呼べよ」と再度警告した。

「女子の着替えは長いからな」

レジャーシートの上でどっかりとあぐらを組んだ幽霊は、クーラーボックスからペットボトルのオレンジジュースを取り出しながらそう言った。その一連の動きはどこからどう見ても生きている人間のそれだった。

「天国でも女子の着替えは長いのか?」

「そうだな。女子はお洒落するから」

「へぇ、そういうとこ変わらないの何か面白いな。まぁあの二人がおしゃれかどうかはわからねぇけど」

風子は小綺麗だが流行は追っておらず、着用に抵抗がない服だけを選んで着ている印象だ。よすがは普段から和服だと先日言っていたし、今日だって化粧の一つもしていない。悠葵ちゃんに至っては着替えることすら叶わない現状である。おしゃれをするから着替えが長引くという図式が成り立つなら、果たして彼女らの着替えは長いだろうか。

「早く海入りたいなぁ」

「そんなにいいもんか?海」

「海来るとみんな笑顔になるだろ」

「俺とよすがはそんなに表情変わってない気がするけど」

「和輝とよすがはテンション低すぎだな!」

「おお、カタカナ覚えたじゃねぇか」

「仕事仲間と喋ってると色々勉強になるぞ!そうだ、その仕事仲間に海行くって話したら良いもの勧められて、実は今日こっそり持ってきてるんだ!でもまだ秘密な!暗くなったら教えるから!」

「安心しろ、バレバレだよ」

「えっ!」

幽霊が本気で驚いたので、俺は思わず吹き出した。先日バイトから帰ってきた幽霊がこそこそと自分のカラーボックスにそれを詰め込んでいるところを見たし、今日の幽霊の荷物から明らかにそれが飛び出していたので風子達も気がついているだろう。つまり、こいつは暗くなってからみんなで花火をしようと企んでいるのだ。

「お前なー、最近は花火禁止のところも多いんだから、ちゃんと調べてから買えよな」

「え!そうなのか!?ちょっと施設の人に聞いてくる!」

「俺がもう調べといたよ。大丈夫だ」

「おお、さすが和輝、ありがとうな」

たまたまここが花火可の海水浴場だからよかったものの、禁止だったらどこでするつもりなんだ。家の近所の公園なんて花火どころかボール遊びも禁止なんだぞ。

「まぁでもいいと思うよ花火。みんな喜ぶんじゃないか?」

「それは買った甲斐があるな!オレも楽しみだ」

幽霊は心底楽しそうに、歯を見せてニカッと笑った。そういえば一昨年の夏に、近所の細い川の近くで水祈と二人で花火をしたなとぼんやり思い出す。だがその思い出も、ギラギラと眩しい太陽の光にすぐにかき消された。





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