俺と揺れるスカートのワルツ11
「やっぱお前洋服似合わないなぁ……」
深尾駅で待ち合わせていたよすがをまじまじと見て俺はそう言った。
「うるさいですね、私も似合っているとは思ってませんよ」
改札口の正面に立つよすがは、細身のデニムにぴったりめのTシャツ、足元にはヒールの低いサンダルを身に着けていた。完全に大名の服って感じだ。風子と違って目立った特徴もなく、しかも小柄。さすがに見つけるのに多少手間取った。
「まぁこの世にはお前にも似合う服だって探せばあるさ、気にすんなよ」
「気にしてませんよ別に。いつ帰るかもわからないんですから、適当でいいです」
きっぱりと言い切るよすがに「そうかよ」と返して、さっさとショッピング街の方へ向かった。土曜日に行った先週とは違い、今日は学校終わりの放課後だ。もたもたしていると日が暮れるだろう。
土曜日に来た時にどのような店があるかはだいたい把握した。俺はよすがの好みに合いそうな店を選んで店内に入った。
「ほとんど来たことがないのでどこから見たらいいかわからないのですが……」
俺について店内に足を踏み入れたよすがは、百八十度ぐるりと見回してそう言った。
「むしろ来たことあるのか?」
「地上視察の時だけです。どんな雰囲気なのか覗いた程度で」
「どこから見てもいいと思うぞ。好きな色見つけたら手にとってみるとかでもいいだろうし」
とりあえず自動ドアの前から目的もなく二、三歩前に進み、よすがはハンガーに掛かった落ち着いたブルーのブラウスを手に取った。
「青が好きなの?」
「好きか好きでないかと聞かれれば、好きだと思います」
彼女はそう答えてハンガーを棚に戻した。それから棚に沿って移動する。俺はよすがが手に取ったブラウスを眺めて、「あいつの目の色と同じだな」とぼんやり思った。
次の店で青色のロングスカートを目の前に掲げて見ていた。俺はそれを肩口から覗き込む。
「それいいじゃん」
「上に何を合わせたらいいのかわかりません」
「その辺にあるやつでいいんじゃね?」
俺は少し先でマネキンが身に着けているノースリーブのブラウスを視線で示した。
「お前、休みの日はどんな格好してたんだよ。いつも着てるの仕事の時の服なんだろ?」
「洋服を着ることもありますが。私は着物を好んで着ていましたね。洋服はお呼ばれする時だけです」
「あれ?お前着物の時代の人だっけ?」
「いえ、生きていた頃は私も周囲も洋服を着ていましたよ。ワンピースが主流でしたね。ハイヒールやコルセットなんかも普通にありました」
「へぇ、けっこう最近じゃん」
よすがは「そうですね。江戸川様よりこちらに馴染みやすかったのはそのせいかもしれませんね」と答えながら、手にしていたスカートをラックに戻した。
「これ、いいと思うけど。買えば?」
ロングスカートはサラサラした風通しのよさそうな素材で、この暑さでも心地が良さそうだし、明るすぎない青色は何より上品だ。
「こんな服は嫌だとかあんの?」
「そうですね……ずっと着物だったので、布が多い服の方が安心感があります」
「なるほど。まぁ日焼け対策にもなるし布で覆っておいた方がいいのかもな」
先程の店よりこちらの店の方がよすがの趣味に合ったのか、結局トップスからサンダルまでこの店で揃える結果となった。先程の青いロングスカートを中心に、マネキンが着ていた白いノースリーブのブラウスと、華奢なデザインのサンダル。一度着てみてから買いたいと言うから試着室に案内し、カーテンを開けて出てきたよすがの肩に薄手の夏用カーディガンを掛ける。ちゃんと自分に似合う服を纏ったよすがは、まるで生きているみたいにこちらの人間に見えた。
「どうでしょうか、変ではありませんか?」
着なれない服だからかおかしな所がないか不安に思っているよすがに、すかさず店員が近づいて来て甲高い声で賞賛した。彼女は俺達を試着室へ案内してくれた店員だ。
「よくお似合いです!お客様は細身なのでこちらのトップスがよくお似合いですよ!スカートも裾の方はふんわりと広がるのでバランスもいいですし!」
「そ、そうですか。ではこちらを購入させていただきます」
「ありがとうございます!こちらのサンダルはちょうど最後の一点だったんですよ〜!それではレジでお待ちしております!」
店員はニコニコ笑顔でレジへ向かった。自分の手腕で売上が上がったとホクホクしているのだろう。
「ほんとに変じゃありません?」
店員のおべっかは信用できなかったのか、よすがは再度俺に確認してきた。俺はすぐ近くの棚にあった麦わら帽子を手に取るとよすがの頭に被せる。
「その時代錯誤のオカッパ頭もこれでちょっとはおしゃれに見えるだろ」
よすがは振り返って試着室の鏡を見つめると、そのままカーテンの向こうに消えた。




