俺と揺れるスカートのワルツ9
帰宅したのは午後六時過ぎだった。リビングから「おかえり」と声を飛ばしてきた母に挨拶を返し、階段を上がる。大量の荷物を抱えた幽霊がふよふよと着いてきた。
「疲れたな〜!」
部屋に入るなり実体化した幽霊は、荷物を床に放り投げて、すぐにまた霊体化した。
「でもいっぱい買えてよかった!」
「お前のもの置くスペース作らねーとな」
俺はクローゼットを開けて少し考え込んだ。それから机の横のカラーボックスの前に移動して、中に入っていた漫画やら本やらどうでもいいインテリア小物やらをクローゼットの空きスペースに詰め込む。俺の部屋は比較的物が少ないので、カラーボックスの中身を移し替えたところでクローゼットがパンパンになることはなかった。
一階に降りて洗濯機の近くにある余っていたカゴを持って自室に戻る。おそらく洗濯物カゴであろうそれをカラーボックスに入れるとサイズはぴったりだった。
「とりあえずここお前のスペースな」
三段のカラーボックスはあら不思議、たった十分で俺のスペースから幽霊のスペースに変身した。幽霊は喜びながらとりあえず買った服をかごの中に放り込んだ。……あとでタグを切っておこう。
「すげぇ!オレの部屋みたいだ!」
「そりゃよかった」
永遠に床には布団が転がっているし、元々半分こいつの部屋みたいなもんだったけどな。
「楽しみだな、海!久々に悠葵にも会えるし」
幽霊はそう言ってボフンとベッドの縁に腰を下ろした。俺が黙ったせいか、幽霊は若干表情を曇らせて俺を見上げる。
「心配か?和輝」
「何が」
「死神や他の天使に見つかるの」
「ああそういうことか。心配は心配だが、まぁ大丈夫だろ。周りに人も多いし、今までだって会ったことなかったんだし」
「そっか。うん、オレも大丈夫だと思う。くよくよするから不運が寄ってくるんだよ。前向きでいれば大丈夫だ!」
「まぁそれもあるんだけど、俺が気にしてるのはそれじゃなくて」
このまま立ちっぱなしも何なのでどこかに腰掛けようかと、足元の布団と机のイスを交互に見る。俺は結局イスを選択した。イスの方がベッドとの距離が遠い。
「それじゃなくてさ、……俺が昼に言ったこと覚えてるか?」
「昼?」
「ハンバーガー食い終わったあと」
「何だっけ」
首を傾げる幽霊に、それは本気か?演技か?と勘繰りながら先を進めた。
「お前も悪霊になるのか?って聞いた、あれだよ」
傾けた首をパッと直して、幽霊は「ああ、そのことか!」と声を上げた。
「和輝がオレのこと心配してくれて嬉しいぞ!」
「そんなんどうでもいいから、どうなんだよ。実際」
幽霊は足を組み替えて、ベッドの縁で器用にあぐらを組んだ。あぐら組んだままふよふよ浮いてる仙人みたいだ。
「う〜……ん、そりゃ悪霊になるかと言われればいつかはなる」
「やっぱり」
「でも、オレは一度成仏した身だし、天界での生活も長い。しばらくは大丈夫だと思う」
「しばらくってどれくらい」
「五年位は大丈夫じゃないかな」
それを聞いて若干ホッとしたのと同時に、初めて出会った日の会話を思い出した。そういえば、五年位観光する予定だとか何とか言っていた気がする。
「なんだ、お前も一、二年でああなるのかと思った。そうならそうとあの時言ってくれりゃよかったのに」
「風子が待ってたからな。大丈夫って言っても和輝は信じなさそうだ」
俺もその通りだと思ったので、幽霊の言葉は華麗にスルーした。
「でも、五年経ったらどうすんだよ」
「頃合い見て上に戻るしかないな。しばらく天界にいれば霊子が安定するから」
幽霊は口の中で「えーっと」と言うと、説明を始めた。
「下界に降りれば悪霊になることは、天界では口うるさく言われていて、下界に降りちゃいけないってことはみんなが知ってることなんだ。でも死神とか、たまには天使とか、下界に降りなきゃならない仕事もある。そういう仕事は神殿に所属してないと出来ない決まりで、神殿に参入するのに試験というか、審査があるんだ。霊力があまりに弱い人は参入出来ない。悪霊になりやすくなるからな」
「霊力があまりに弱いっていうのは……」
「例えるなら身体が弱いみたいな感じかな?持病とまでは言わないけど、すぐ貧血になるとか」
「なるほど。こっちの影響を受けて悪霊になりかける時って、なんか前兆とかあるのか?」
「気持ち悪くなったりするとは聞く。めまいみたいな。でも、そもそも悪霊になって戻ってきた人がいないから……。なりかけたって話はないこともないけど。下界の魂達は身体に起きた異変に不安になりながら自我を失っていくと思ったら、やるせないよな」
こういうたまに見せる物憂げな表情がとてつもなく神様っぽくて、そのたびに俺はそうだこいつ神様だったと思い出す。
「じゃあ気持ち悪くなるまでこっちにいるんだな?」
「そのつもりだ。天界に戻ったら、またこっちに降りてこれるかわからないからな」
「確かに、一度脱走してるし、周りにも警戒されそうだ」
「うん。それに、早く佳子に会いたい」
両手をギュッと握ってそう言った神様に、俺は「そうだな」と答えた。俺も祈ってやろうと思った。




