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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と揺れるスカートのワルツ8




「これ!これがいい!これにしよう!」

「お前がそれでいいならそうしろよ」

幽霊が手にしたのは波やヤシの木などのカラフルな総柄プリントが特徴のハーフパンツタイプの水着だった。多少……いや、けっこう派手だが、ものすごく奇妙なデザインというわけでもないので、まぁいいだろう。俺の水着がシンプルで無難なものなので、逆にちょうどいいかもしれない。

「買ってくる!」

「買い方わかるか?」

「わかる!オレはレジ応援も熟してるんだぞ!」

幽霊はさっそくレジの方へ向かった。昼食を食べ終わって三軒目、さっさと決まってよかった。このあとは幽霊の私服を適当に何着か買って、風子を事務所に送り届ければ今日の予定は終了だ。

「文太郎君、気に入ったのが見つかってよかったね」

「そうだな」

「楽しみだね、来週」

レジで「会員登録しますと今回のお買い物から十パーセント引きせていただきます」と言われて戸惑う幽霊の後ろ姿を見て風子は微笑んだ。

その後の店で幽霊は、何にでも合わせられるデニムと、少しオーバーサイズ気味のTシャツ三枚、カジュアルなスニーカーを買った。夏物は値段も多少安いので、まとめ買いをしても財布へのダメージが少ない。人には好みというものがあるようで、結局何店舗も回らずに一つの店で私服は買い揃えた。値段も可愛げのあるものだったのでちょうどいい。

「すげー買っちまったな!」

「って言ってもTシャツ変えるコーディネートしかできないけどな、それ」

「十分だ!次はどうする?」

「次はビーチサンダルとか買いに行こう。風子も持ってないだろ」

「うん、どこに売ってるんだろ?」

「どこでも売ってそうたけど……別に一回しか使わないんだし、百均でいいんじゃねぇ?」

風子も幽霊も水着やら服やらたくさん買い込んだので、抑えられるところはケチった方がいいと思っての提案だったのだが、風子が「えっ」と小さく声を上げた。

「でももしかしたら来年も行くかもしれないよ……?」

風子は自信なさ気にそう口にした。普段の俺なら「じゃあちゃんとしたやつを買おう」と返していたところだが、俺は何も言えずに幽霊に目を向けた。それはつい先程、気付いてしまったからだ。そして結局幽霊が返事をくれなかったことを気にしているからだ。

今日だって、本当は幽霊の服をもっとたくさん買う予定だったのだ。ボトムスも洗い替え用にもう一本欲しいし、夜冷えた日用にパーカーがあってもよかっただろう。あとは財布やハンカチなどの小物類。……だが、俺が思っているより長居しないと気付いてしまったから、全部口に出すのをやめた。

「じゃあ来年も行こう」

幽霊がそう言ったのを俺は黙って聞いていた。風子が喜んでいるので今はこれでいいんだろう。それに、来年の夏はまだ悪霊化していないつもりなのかもしれない。こいつは、悪霊になる前に天国に帰るのだろうか。想い出を見つけるまで戻らないって言ったのに。

幽霊の一言で俺達三人は雑貨屋に向かった。季節物なだけあって、ビーチサンダルや浮き輪、レジャーシート等の商品は、雑貨屋に入ってすぐの場所にコーナーが作られていた。よく見えるように天井から吊るされている浮き輪を指差して幽霊が言う。

「あ!なぁ、あれ風子に似合うんじゃないか?」

「ほんと?どれどれ?」

「あの桃色のやつ!」

「ほんとだ、かわいい。わたし、泳げないし買おうかなぁ」

幽霊が指差しているのは薄紫がかったピンク色の浮き輪で、手書き風タッチのハートが散りばめられている。ヨンリオキャラのクティちゃんみたいなリボンがついているのが特徴だ。

「へー、お前の割にまともなセンスだな」

「何を言う和輝!オレはお洒落番長って呼ばれてたんだぞ!」

「そうか、毎日同じ服着ててもオシャレ番長名乗れるんだな」

俺達はビーチサンダル、浮き輪、水に強い素材のバッグ、バスタオルと一通り選んだ。商品をレジに持っていく前に、アクセサリー売り場が目に入る。

「風子、お前髪長いから何か纏めるやつ買っといたらどうだ?ヘアゴムとか」

俺の後ろを着いてきていた風子は、「そっか、そうだね」と頷いて売り場に並ぶヘアアクセサリーに目を向けた。

「いろんなのがあるね〜」

「長いからこういうのが無難なんじゃね?」

俺はキラキラとラメが入ったヘアクリップを、パチンパチンと開いたり閉じたりした。

「なぁこれどうだ?貝殻!」

「かわいい〜」

「確かにかわいいが、それでどうやって髪留めるんだ?」

幽霊が差し出したのは貝やヒトデがデザインされたヘアピンだった。アメピンの先端に飾りがついているタイプのものだ。これでは一摘み分の髪の毛しか留められない。

「そっか〜いいと思ったのになー」

残念そうな幽霊が指先でくるくると回すと、照明の光を受けてヘアピンはキラキラと輝いた。

「わたしも、それ、気に入ったから買うよ」

「えっ、そんな無理に買ってくれなくても大丈夫だ!風子はヘアゴム買おうぜ、ほら、これとか!」

幽霊が慌てて手に取ったヘアゴムは、ポップな柄のアイスクリームの飾りがついている、いかにも子供向けなものだった。

「そ、それは……いいかな……」

「そうだよな、これはないよな、こっちはどうだこっち、ほら、水色で海っぽいぞ」

「文太郎君、そのヘアピンわたしも気に入ったから買うよ」

「えっ、本当か!?」

「うん、海の日じゃなくてもお出かけの日につけれるし……」

「じゃあオレが買うよ!」

「えっ!い、いいよ!わたしが使うんだからわたしが買うよ!」

「いや、何か押し付けたみたいになって申し訳ない!オレが買ってくる!」

「あっ、文太郎君!」

風子が引き止める間もなく、幽霊はあっという間にレジの方へ駆け出してしまった。もう片方の手に持った買い物かごを通路の棚にガンガンぶつけている。

「まぁいいんじゃね。本人が買うって言ってるんだから」

色違いのヘアピンの値段を確認して、内心で「そんなに高いものでもないし」と付け加えた。

「でもなんか申し訳ないよ……」

「じゃあ海行った時に焼きそばでも奢ってやれよ。あいつたぶん何でも喜ぶぞ」

まだモヤモヤしている風子に、俺は二、三個のヘアゴムを見せる。どれもパールやシルバーが夏っぽいデザインだ。

「ヘアゴム、これとかこれはどうだ?」

「あ、これかわいいかも……」

「色違いもあるぞ。ゴールド」

「う〜ん……どっちがいいかなぁ」

「俺はゴールドの方がいいと思うけど」

「じゃあこっちにする」

俺と風子がレジに向かうと、すでに会計を終えた幽霊がレジの横で待っていた。服も買ったので両手にたくさんの荷物を持っていて、客観的にそれを見てそろそろ帰った方がいいなと思った。




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