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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と揺れるスカートのワルツ7




「そういや風子、今日はなんて言って家出てきたんだ?」

早々にハンバーガーを食べ終わった幽霊は、フライドポテトを摘みながらそう尋ねた。たしかに、風子の家の最寄り駅である泉町駅からこの深尾駅まで九駅もある。何て説明したらあの兄貴は許可してくれたのだろう。

「なんて言おうかわたしも悩んでたんだけど、昨日の夜急に仕事が入って。お兄ちゃん、朝早くから出かけちゃったの」

「へぇ、そりゃラッキーだな」

「神の御加護だな!」

「自分で言うなよ」

「ふふ、そうかもね。もしかして文太郎君お祈りしててくれた?」

「したした!」

お花畑のような会話に若干うんざりしながら、それでも話を続ける。

「兄貴何時に帰ってくるんだ?」

「お夕飯の時間には戻ってこれないって言ってたから、もしかしたら日付が変わる直前くらいになるかも」

「えぇ……それどこまで行ってんだよ」

「長野県だって。しかもけっこう山の中らしくて。わたしは危ないからってお留守番することになったの」

「いっそもう泊まってこいよ……」

「恭也は風子が心配なんだな」

「うん、夜は危ないから一人にするのは不安って言ってた」

俺はハンバーガーの最後の一欠片を口に入れ、包装紙をくしゃくしゃに丸めた。俺が咀嚼している間にも目の前の会話は続く。

「長野県は遠いなぁ。どんな仕事なんだ?」

「登山用の道の途中に休憩するための小屋があって、そこで幽霊の噂が出てるんだって。実際に視た人が何人もいるらしくて」

「なるほど。悪霊じゃなければいいけど……」

「襲われたっていう話はないみたいだよ。でも噂が出だしたのは一年位前かららしいから、もしかしたらそろそろ危ないのかな……?」

「そうだな。早めに依頼が来てよかった。悪霊になってからじゃ恭也は勝てないかもしれない」

「そっか、やっぱりそうだよね……。文太郎君とよすがちゃんでも大変だったのに、人間のお兄ちゃんじゃ太刀打ちできないよね……」

「いや、そうでもないかもしれないぞ。悪霊になりたてならこっちの物に触れることが出来なかったりするし、年数に関係なく強さはまちまちだから。恭也は人間にしては霊力が強いし、勝てる相手もたぶんいるよ」

「ほんと?よかったぁ」

風子はそう言って安心したが、俺は幽霊の言葉は半分嘘のようなものだと思った。栗生が勝てる悪霊もたぶんいるが、おそらくほとんどいない。

「私最近考えたんだけど、お兄ちゃんってもしかしたら悪霊に会ったことがあるのかもしれない」

「えっ、そうなのか」

「へぇ、何で」

幽霊と俺の声が重なる。が、どちらも特に中身がある発言ではないのでたいした問題ではない。

「だってお兄ちゃんって霊に対してすごく厳しいでしょ。霊って基本的には人間を襲ったりしないのに、何でそんなに拒絶するんだろうって思ってたの」

「確かに、あの状態を視たことあるんなら栗生が霊を嫌うのも納得できるな」

「うん、きっとお兄ちゃんは悪霊を視たことがあるんだよ。普通の霊が悪霊になってしまうことを知ってたから、どんな霊でも祓おうとしたり、わたしに霊にと仲良くするなって口酸っぱく言ってたのかなって考えて」

「筋は通ってる」

俺は風子の推測に同意する。幽霊はちょっと考え込んで「そうなんだろうな」と呟いた。

確かに、思い返してみれば、初めてじっくり喋ったときに「放っておくと悪霊になる」とか何とか言っていた気がする。あの時はたいした事だとは思わなかった。霊があんな化け物になると知っていたから栗生は過剰にバッシングしていたのか。

「ん?」

「どうしたの?和輝君」

「ああ、いや、何でも」

思考の流れで俺はある事に気が付いてしまった。いや、逆によく今まで気づかなかったなと自分に呆れる。

「だとしたら、恭也はどうやって悪霊を追い払ったんだろうな」

「そうだよね……戦って勝ったのかな?」

「恭也だったら有り得るかもな。頭もいいし、多少実力差があっても機転で覆せるかも」

幽霊の言葉に風子は顔をほころばせた。悠葵ちゃんのことで心がぐらついた時は負の感情を口走ったこともあったが、兄貴を褒められるのは嬉しいらしい。

「お兄ちゃん、この辺で一番強い霊媒師だもんね」

「へぇ、そうなのか」

「うん、お客さんみんなそう言うよ。お兄ちゃんに頼んでお祓いが失敗したことないとか、一番腕がいいとか」

「人気なんだな」

「うん、えへへ」

風子は照れ臭そうな顔をして笑ったが、その後少し寂しそうな顔をした。その表情に気付いたのか気付いてないのか、幽霊は立ち上がってゴミの乗ったトレイを持ち上げた。

「よし、腹も膨れたし、そろそろ行くか」

「うんっ」

風子も立ち上がり、五メートル程離れたゴミ箱の方へ向かった。それに続こうとする幽霊に声をかける。

「なぁ、確か地上の霊子に触れ続けると悪霊になるんだったな」

俺はゆっくりと立ち上がって、幽霊の反応を待った。特に返事がないので先を続ける。

「それって、このままここにいればお前も悪霊になるってことか?」

幽霊はふっと顔を背けて風子の方を見た。ゴミを捨て終わった風子が、こちらを振り返って「こっちだよ 」と手を振っていた。

結局返事は返ってこなかった。




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