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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と揺れるスカートのワルツ5




「海、行くぞ」

「えっ!?ほんとか!?」

ベッドの上でゴロゴロしていた幽霊にそう言ってやると、文字通り飛び上がって喜んだ。空中でギュルギュルと回転している。フィギュアスケートみたいだ。

「何で急に!?」

「風子が行きたいって」

「やったー!みんなで行こう!」

「悠葵ちゃんを連れ出すのもいい機会だしな。本人も行くって言ってた」

「悠葵に会ったのか」

「ああ。今日の帰りにな。安心しろ、お前にも会いたいって言ってたぞ」

「そうか、よかった!」

悠葵ちゃんの名前を出すとピタッと止まり、会いたがっていたと伝えると幽霊はニカッと笑った。

今日の帰りに約束通り神社に寄って悠葵ちゃんに会ってきた。古びた小さな神社の拝殿の陰からひょっこり顔を出した悠葵ちゃんは、まるでホラー映画に出てくるオバケのようだった。

悠葵ちゃんは思っていたより元気そうだったが、一人でうろついている時に死神に出会ったらと思うと怖くて出歩けないと言っていた。まぁ、そりゃそうか。悠葵ちゃんからしたらまだ生きているんだ。「次会ったら殺す」って言われた奴に会いたくないしビビるのは当然だ。

俺は二時間弱神社で過ごした。最初は無難に世間話をしていたのだが、悠葵ちゃんも風子も話題の持ち合わせが少なすぎてすぐにネタ切れし、最終的には本当に坊主めくりをやっていた。俺も子供の頃正月に親戚の集まりでやったきりだったが、やっぱりそんな楽しいもんじゃなかった。悠葵ちゃんと風子が楽しんでたからやる意味はあったと思うが。

「海行くのに足りないものがあるだろ」

「えっ、何だ!?……あ!わかったぞ!浮き輪だ!そうだろ!」

「浮き輪より先に水着だよ。お前裸で泳ぐのか?」

「あっ、そっか。水着用意しないとな」

「来週の休みに買いに行くぞ。海は再来週だ」

「わかった!任せろ!空けておく!」

「お前いつでも空いてんだろ……」

「たしかに!」

幽霊は「天才かよ和輝〜」とか言いながらケラケラ笑った。海に行けるのがそんなに嬉しいか。そうかそうか、そりゃよかった。

リビングで夕飯を食べて来たところだった俺は、部屋に入って立ったままだったのを勉強机に備え付けられているイスに座った。今日のシフトはは昼前から夕方までのフルタイムだったらしく、俺が夕飯から戻ってくるとバイト帰りの幽霊がちょうど部屋にいたのである。

「あと、服も買うぞ、いい加減」

「えっ、服も買うのか!」

「俺の服なくなるし、週末になると一日二着洗濯に出してるのもおかしいだろ。ついでに買う」

「買い物か!楽しみだな!」

幽霊も今月末で三度目の給料日を迎える。服の一着や二着くらい買えるだろう。スマホ代も交通費も概念がないから、ほとんど食費にしか使われていないはずだ。

「失礼いたします」

うきうき気分の幽霊を横目に、出歩いて疲れたから今日はもうさっさと風呂に入ってしまおうかと考えていたところに、よすがの凛とした声が通った。スッと壁を抜けて、相変わらず真っ白な和服を着たよすがが部屋に入ってきた。

「おお、よすが、いらっしゃい」

「おい、海行くぞ。再来週の日曜日予定空けろ」

「えっ、海ですか?昨日話していた?」

よすがは慣れた動きで床に正座しながら俺に質問を返した。

「ああ、風子が行きたいってさ。再来週の日曜日バイト?」

「ええまぁバイトですが、先日急なシフト変更で余分に出勤したので休みは貰えますよ。一応」

「よしじゃあそれで」

「いやそれでじゃありませんよ、何故あなたの勝手な都合で決めているんですか」

「えー!一緒に行こうぜ〜」

「江戸川様がそうおっしゃるならもちろん同行させていただきます」

幽霊が拗ねてからよすがの最早反射のような返事に俺が「はいはい」と呟くと、よすがが「言っておきますが違いますからね」とすかさずこちらを睨む。俺は「わかってるよいつもの事だからな」と返す。よすがは不満そうな顔をした。

「楽しみだな〜海」

俺達のやり取りの意味はわからないが気にしてなさそうな幽霊は、能天気にニコニコ笑顔を振りまいた。

「よすがも服買いに行くぞ。水着買えとは言わないが服は買え。来週の土曜日」

「無理です。来週の土曜日はバイトです」

「えっ、ならいつが空いてんの?」

「火曜日と木曜日なら空いてますが」

「なら火曜日行くか。放課後だけど」

どうせ予定などないが、一応スマホでスケジュール帳を確認する。二十一日の火曜日の予定は真っ白だった。よすがはもぞもぞと小さく身体を揺らすと、急に恐縮して言った。

「そんな、いいですよ私に時間を割いていただかなくても」

「いや大名だって迷惑だろ普通に。女子がどんだけ服持ってんのか知らねーけど」

「大名は持ってる服少なそう!」

「ビミョーに悪口だなそれ」

「そ、そんなつもりはないぞっ」

「まぁ事実なんだろうな」

「全然嫌味なんかじゃないんだって!」

「よすがも気にすんなよ。別に俺忙しくねぇし」

気を遣っているわけでは本気でないのだが、よすがは申し訳なさそうに困った顔をした。

「そういえばよすが、腹痛はどうなったんだ?」

「……あ痛たたた」

「ど、どうしたんだ!?よすが!?」

よすがはやにわに腹を押さえ、幽霊はベッドの上で飛び上がった。俺はわちゃわちゃしている二人に目もくれず、風呂へ行くために立ち上がった。




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