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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と揺れるスカートのワルツ4




腹も満たされて、次は春川まなびあいステーションへ向かうことにした。再びバスに乗り、今度は十二駅。田舎の昼間に走るバスはガラガラで、ぽつりぽつりと乗客が座る車内を見渡し、後ろの方の席に二人並んで腰を下ろした。

「今日はここで終わりなんだっけ」

「そうだな。他であるとすれば、もう隣町とかになりそうだな」

「そっかぁ……」

風子は向かい側の窓に目を向けて、すぐにまたこちらに向き直った。

「和輝君は、明日は何をするの?」

「明日はバイト」

「バイト、大変だね」

「毎日仕事してるお前よりマシだろ」

「そんなことないよ。お仕事はほとんどお兄ちゃんがしてくれてるから……」

「でも、兄貴だけじゃあの事務所は回ってないよ、たぶん」

「……えへへ、ありがとう。そうだといいなぁ」

普段から褒めてくれる人がいないのだろうか。風子は照れ臭そうに微笑んで、しかし至極自信なさげな顔をしていた。

彼女の周りにいるのはあの兄貴と悠葵ちゃんだけな気がする。悠葵ちゃんは風子を褒めたり認めたりしてくれるだろう。だが兄貴はそれどころか理不尽に当たり散らしたり文句をぶつけてくる印象だ。それではせっかく悠葵ちゃんが褒めてくれた嬉しさも吹き飛び、自分は何も出来ない人間だと自信をなくすばかりである。

「事務所ではいつもどんな仕事してるんだ?」

「お兄ちゃんの仕事?」

「なんでだよ、お前の仕事だよ」

「わ、わたしは、ほんとにたいしたことしてないから……」

「接客は兄貴には出来ないことのような気がするけど」

「うん、お兄ちゃん接客は苦手だって。むかむかしてきたら言葉も荒くなるし……。でも、除霊はお兄ちゃんじゃないとできないから」

「除霊は兄貴にしか出来ないかもしれないけど、お客さんにお茶出したり事務所の掃除したりしてくれる風子がいるから客も満足できるんじゃねぇかな。もしお前がいなかったら、兄貴一人じゃ無理だったと思うぜ」

「わたし、お兄ちゃんの役に立ててるのかなぁ」

「立ててるよ。お前じゃなきゃ出来ない。兄貴はお前の役に立ってるか?」

「うん、もちろんっ」

「お互い様だな。よかったな、兄妹だもんな」

風子はコクンと頷いて、膝の上の拳をキュッと握った。ふわふわの白髪が俺すぐ隣で羽のように揺れる。

「あの事務所、いつからやってるんだ?」

「えっと……わたしが十三歳の頃からだから、今年で五年目かな」

「そんなに続けてんのか」

「うん、お兄ちゃんと二人で暮らし始めてすぐに事務所を開いたの。最初は全然お客さんが来なくて大変だったよ。お兄ちゃんがアルバイトしながら生活費を作ってくれて……。わたしはまだ中学生だったからバイトもできなくて、なんの力にもなれなかった」

「お前だって学校行きながら家のこともやってたんだろ」

「そうだけど……事務所のことしながら夜中にバイトしたりして、お兄ちゃんの方がずっと辛そうだった。あの頃はいつもイライラしてて、お兄ちゃん全然寝てなくて、お喋りする時間もなくて……」

その話を聞いていると、栗生も苦労してたんだなと、多少同情の念が湧いてきた。横柄なただのムカつく野郎かと思っていたが。自分一人だって食っていくのは大変だっただろうに、風子を見捨てないでいたのは、あいつが言った通りちゃんと「たった二人の兄妹」だという自覚があるからだろう。

「そういや、あの事務所はどうやって建てたんだ?開くのにだって金いるだろ?」

「あの事務所はね、お兄ちゃんのお友達にお願いして用意してもらったの」

「資金援助ってことか?」

「詳しいことはわからないけど、お兄ちゃんいつか絶対返済するっていつも言ってるから、お金借りてるんだと思う」

「へぇー。まぁその友達のおかげで事務所開けたんなら救いの神って感じだな」

「うん、わたしは二回しか会ったことないけど、すっごく美人さんなんだよ。お兄ちゃんは嫌いなやつだって言ってるけど、信頼してる人だと思う」

「その人もしかして兄貴の彼女なんじゃ?」

「ううん、違うよ、だって男の人だもん」

「あ、そう」

なら「美人」って表現するな、紛らわしい。

「あの兄ちゃん彼女とかいないの?」

「いないんじゃないかなぁ。事務所始めてからはずっといないと思うけど……」

「作った方がいいんじゃね?」

「なんで?」

「なんとなく、勘」

というよりは、あいつシスコンの気があるから何か別のものに目を向けた方がいい気がするのだ。それが彼女じゃなくてもいいけど、例えば趣味を作るとか。

「でももしお兄ちゃんに彼女さんができたら、わたしはどうしよう……」

「どうもしなくていいと思うけど」

「そうかなぁ……。わたし、邪魔者じゃないかなぁ」

「そんなことねーよ」

「ほんと?」

「そんなことない」

バスが大きく左右に揺れて、俺達の会話は途絶えた。そのままガタガタと道なりに進み、信号待ちで停車したタイミングで風子が口を開く。

「和輝君達はすごいね」

「何が?」

唐突に褒められ、さすがに多少驚く。

「わたし、和輝君達と出会ってから楽しいって思えることが増えたよ」

はにかみながら紡がれた言葉に、上手い返しが思いつかず、つい無言を返してしまった。

「みんなでいろんなところに出かけたり、お喋りしたり、すごく楽しい。ごめんね、わたしばっかり楽しくなって。いつも付き合ってくれてありがとう」

膝の上で指を絡めたり解いたりしながらそう言って、風子は俯いてしまった。彼女の言葉を脳内で噛み砕いて、俺は気付いたらこう言ってしまっていた。

「海行くか?」

風子は顔をパッと上げて、「海?」と呟いた。バスが目的の停留所名をアナウンスした。




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