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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と過去の落とし物3




目を覚ますと、深夜三時半だった。目を覚ますという言い方はおかしかったかもしれない。何故なら俺はベッドに入ってから一睡もしていないのだから。

薄暗い部屋の中は、すっかり目が慣れてしまったせいでよく見える。家の中は静まり返っていたが、俺の隣からはガーガーといびきがうるさかった。このいびきを俺以外の人間は聞かなくていいのだと考えると、羨ましく思うのと同時に腹が立ってくる。

先程までうるさかったいびきがピタリと止んだ。幽霊がまた目を覚ましたらしい。こいつはさっきから、眠っては目を覚ますを繰り返している。昨日は気が付かなかったが、眠りが浅い体質なのか?

床の上で幽霊が寝返りを打ったのが感覚的にわかった。俺はすでに三回見送っていた言葉をついに口にする。

「なぁ、起きてるか?」

もぞりと布団がうごめき、一拍遅れて幽霊の返事が返ってきた。

「どうした和輝。目が覚めたのか?」

俺はベッドで寝ているし、幽霊は床で寝ている。お互いの表情はわからない。ただ薄暗い部屋の中から相手の声が聞こえるだけ。俺は幽霊の言葉に「ああ」と返した。

「一つ聞いてもいいか?」

「何だ?また飛び方の話か?」

「ちげーよ」

俺はゆっくりと息を吐いて、なるべく自然な声を装って尋ねた。その努力は虚しく声は少し震えていたが、こいつがそれに気付いたとは思えない。

「人間って死んだらどうなるんだ?」

幽霊がわずかに動いた。顔をこちらに向けたのかもしれない。

「人間に限らず、生き物はみんな天国に行くよ」

「天国に行ったらどうなるんだ?」

「地上と同じような町や習慣があって、そこで暮らす。学校に行ったり仕事をしたりもする」

「ずっと天国で暮せるのか?」

今度の答えはすぐには返ってこなかった。とても遅いわけではなかった。ただ、薄暗い空間で相手の次の言葉を待っている状況では、気になる程度の間があった。やがて幽霊は答えを口にした。

「時期がきたら、転生する」

今度は俺が間を作る番だった。幽霊がその間に気付いたかは、わからない。

「……転生ってことは、生まれ変わるのか?」

「簡単に言えばそうだな。天国で浄められた魂は、また現世に戻って新しい器が与えられる」

「その時期っていうのは、どれくらいなんだ?」

「人による。虫とか動物はいつもだいたい同じくらいだけど……人間の場合は生前の罪の重さで決まる。罪が重いとなるべく早く転生させる仕組みだ」

俺はしばらく答えを返さなかった。返事がないから幽霊は俺が寝てしまったかと思ったかもしれない。

「……なら、罪のない人間は長く天国にいられるのか」

「そうなるな。天国にいる最中に悪行を働かなければ」

「それって何年くらいいられるんだ?七十年とかいられるのか?」

「百、二百年はいるぞ。三百年くらいしたらさすがに転生しないやつはいないけど」

「はは、そうなのか」

瞼を閉じると完全な闇だった。その向こうから幽霊の声が聞こえてくる。

「安心したか?」

「そうかもな」

俺は眠ることに集中した。時計は見ていないが、もう四時を回ってしまったかもしれない。

「……あのな、和輝」

「何だよ」

聞き取れるかどうかという小さい声だったので、一瞬空耳かと思った。続きを待つが一向に幽霊の声は聞こえない。もしかして本当に空耳だったか?と不安になったその時、漸く幽霊が声を出した。

「やっぱ何でもない!オレ眠いからもう寝るな!おやすみ!」

「何でもないなら声かけんなよ……」

「和輝も明日また試験なんだろ?早く寝た方がいいぞ!」

「お前に言われなくてもそのつもりだよ」

俺は壁が正面に来るように寝返りを打った。幽霊が寝てしまう前に一言だけ言っておく。

「あとな、お前のいびきうるさいんだよ。何とかしろ」

「それはさすがにどうにもならないな。でも出来るだけ気をつける!」

幽霊はもう一度「おやすみ!」と言い、俺は「ああ」と短く返した。今度は朝までぐっすりと眠れた。





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