俺と揺れるスカートのワルツ
「ああー、暑い……」
俺が思わずそう呟くと、隣でふよふよ浮いている幽霊がいちいち反応を返した。
「もう七月だもんな。暑いならセーター脱いだらどうだ?」
「明日からそうする……」
六月の半ば頃からだんだん暑くなってきて、俺の上着も長袖のセーターから袖のないベストへと衣替えが進んでいたのだが、今日の暑さはもう耐えられない。朝は若干涼しさも残っていたが、下校時刻の現在は一歩踏み出すごとに汗が吹き出しそうになるほど蒸し暑い。明日からはワイシャツのみがちょうど良いだろう。
「せっかく水泳の授業があったんだから入ればよかったのに」
「プールは嫌いだ……泳げないし、水着になりたくない」
七月十日金曜日。大名の告白から二週間だ。あの日は金曜日だったので、週明けの月曜日学校で会った時にどんな顔をするのがベストなのだろうかと思ったが、大名は告白前と変わらない態度で俺と接してきた。それとも、もともと淡白だから変化が乏しいだけなのだろうか。兎にも角にも、申し訳ないが俺はそれに甘えることにした。
「オレも海に行って泳ぎたいなぁ。なぁ、和輝海に行こうぜ」
「滋賀県に海はねーよ」
「他の県に行けばいいだろ。電車ならすぐだ」
「すぐじゃねーよ二時間とか三時間とかかかるんだろ、知らねーけど」
「知らねーなら一時間でつくかもしれないだろ!」
「つかねーしついても行きたくねーよ」
「ケチ!ケチケチケチ!」
「何を騒いでいるのですか。お二人で」
幽霊のケチコールを右から左に聞き流していた時、今度は頭上から別の声が降ってきた。空からやって来たよすがは、ふわりと俺達の前に着地する。
「騒いでんのこいつだけだったろ」
「あらそうでしたか、失礼」
「なぁ、よすがも海行きたいだろ?暑いし、夏だし!」
「海ですか……。江戸川様が行きたいとおっしゃるのならお付き合いいたしますが」
「ほら聞いたか、よすがも乗り気じゃないってよ。一人で行ってろ」
「えー!ケチケチケチー!」
よすがの登場で止めた足を再び動かし、さっさと自宅へ向かう。斜め後ろで着いてくるよすがに声をかけた。
「お前今日バイトは?」
「今日は休みです。それに、これからは出勤日数が少なくなりそうで」
「へぇ、何で?新人が入ったとか?」
「いえ、何か法律で決められているらしくて……。瑞火様がお父上の戸籍に入られているので、あまり所得が多すぎるといろいろと損をするから、まだ高校生なら決められた額を上回らないようにシフトを調整してくれると、店長殿が」
「ああ、そういやそうだな。……ってことは、それ俺も考えなきゃいけないやつだな」
「そうでしょうね」
俺は振り返ってふてくされている幽霊を見やった。まぁ、俺も幽霊もほとんど土日しか働いていないから、二人分合わせても所得が扶養範囲内を超えることはないだろう。よすがは平日ほとんど出勤しているから、いくら大名がニートだとしても、今までのペースで働き続けると扶養控除の金額がギリギリになるのかもな。
「じゃあこれからはもうちょっと暇になるのか」
「そうなりますね。木下様を探しにゆくのでもいいですが……空いた時間は何をしましょう」
「何か趣味とか見つければ?」
「趣味ですか」
「何かあんだろ、例えば……」
「海に行くとか!」
俺がいい感じのアイディアを出してやろうと顎に手を当てたところで、背後にいた幽霊が俺とよすがの間に突っ込んできた。
「だから海は行かねーって」
「そんなに行きたいのならお供しますよ。……私は泳ぎませんが」
「それじゃ意味ない〜!海に入らなかったら何の為に行くんだよ〜!」
幽霊はそのまま俺達の前に飛び出して、手足をバタバタと動かしながらゴロゴロ転がった。思わず白んだ目を誤魔化そうと隣に視線を移すと、同じ温度の瞳をしたよすがと目が合った。
下校時刻の日差しが眩しい。暑苦しい時間だった。




